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女神様の美容師  作者: 獅子花
美容師 異世界に行く
93/321

93.美容師~師匠の企みを知る


「いらっしゃい、ソーヤ」


 師匠はいつもの定位置で、お茶を片手に微笑んでいる。


 昨日は微妙な空気の中でお暇してしまったので少し不安だったが、さすが人生の先輩だ。

 そんなことは微塵も気にした様子がない。


 ここに来ると安心できる。

 まだ出会って数日なのに、ここまで心を許してしまうのは何故だろう?


 師匠と弟子という関係であるからなのか、それとは別に人間として好きなのもあるのかも。

 

 良い師匠にめぐり会えてよかった。

 自然とそう思える出会いだった。


「師匠、今日も宜しくお願いします」

 

 ソファに座る前に、お辞儀をして挨拶。

 堅苦しいと師匠からは言われているが、これだけはものを教わる礼儀として譲れないと許してもらっている。


「まぁ、座ってお茶でも飲みなさい。リンダ、ソーヤのお茶はまだかい?」


「いま持って行きますよ。イリス様、最近はお昼前になるとそわそわして、まるで孫を待ちわびるお婆ちゃんみたいですね」


 さらりとリンダさんが毒を吐くが、師匠はまったく気にしていなそう。


「そうかい? まぁ、ソーヤは私の弟子でもあり、孫のようなものかもね。」


 なんて、笑顔で飲みなさいと促される。


「リンダさん、いただきますね」


 テーブルに置かれたコップを手に取り、一口飲んだ。

 少し渋みがあるが、よく冷えていて美味しい。


 冷蔵庫のようなもので冷やしているのだろうか?

 この世界に来てからは見たことがない。


 泊っている宿や食事をする店で出る水や果実水は常温に近いので、あったとしても冷蔵庫は高級品だと予想されるが。


「どうしたんだね? そんなにお茶を見つめて。口に合わなかったかい? 

 もしそうなら遠慮なんてするんじゃないよ。正直に言っておくれ」


「いえ、そうじゃないです。とても美味しいですよ。ただ、お茶が冷たいのが気になって。どうやって冷やしているのかなと」


「ああ、そんなことかい。リンダ、見せてやりな」


「ソーヤ、こっちだよ」


 リンダさんに案内されてついていくと、違う部屋の隅に木で出来た縦長の箱が。


「開けてごらんよ」


 取っ手を掴み上に持ち上げると、ひんやりとした冷気を感じた。

 

 箱の中には肉や魚等の食材と瓶に入った液体が数本、大きな氷を囲むように置かれていた。


「これがお茶が冷たい理由だよ。夏の暑い時期には冷たい物が飲めるからね。これからの季節には嬉しい限りさ」


「この氷はどこから手に入れたのですか?」


「さてね。あたしは知らないけど、イリス様なら知っているんじゃないかい?」


「わかりました。聞いてみます」


 部屋に戻り、


「謎が解けました。でもあの氷は――」


「リンダ、もういいよ。店番に戻りな」


「はい、ソーヤ、ごゆっくり」


 ウィンクひとつ残して、リンダさんが退室する。


 僕の言葉をさえぎるようにしてリンダさんをわざわざ部屋の外に出したということは、やっぱり師匠の魔法か。


「師匠、リンダさんは師匠が魔法使いだということは知っているんですよね?」


「ああ、リンダもカリムも知っているよ」


 カリムというのは、よく店に立っている男のことだろう。


「では師匠が大魔導師だということは?」


「リンダは知らないね。カリムは一部だが知っている。だからソーヤもリンダには言わないでおくれよ。

 リンダにはメイもいるし、余計なことに巻き込みたくないからね」


 メェちゃんが巻き込まれる?

 それはいけない。

 断固死守だ。


「リンダには昔、ほんのちょっと魔法をかじったことがあるとしか言ってない。

 だから氷があることは知っていても、どこから手に入れたかは知らなかっただろう? 

 カリムが独自のルートで仕入れていることにでもしておくかね」


「でも本当は師匠が魔法で?」


「ああ、そうだよ。ただでさえ水属性の魔法使いは少ないのに、氷を出すことができる魔法使いや魔導師なんてもっと少ないからね。

 この街ではわたし以外にはいないだろうよ。そんなわたしのことが周りに知られたら……わかるだろ?」


「飲食店や高級宿から氷を売ってくれと依頼が殺到する?」


「ああ、それならまだいい方さ。それより面倒なのは、『氷の魔法が使えるってことは力のある魔導師だ』って連想される方だがね。

 雇いたい、弟子にしてくれ、そんな勧誘を断るだけでもうんざりだよ。

 搦め手で店や従業員を利用しようなんて馬鹿な連中が出てきたら、もうこの街にもいられなくなるしね」

 

 確かに、リンダさんやメイちゃんを誘拐されて、命が惜しければ言うことを聞けなんて僕が言われたら……このうえなくめんどくさい。


「師匠、秘密厳守でいきましょう」


「ああ、あたりまえだよ。ただ今後はわたしの心配ごとも減ると思うと、ちょっとは気が楽になるけどね」


「減るのですか? それはどうして?」


「あんただよ、ソーヤ」


「僕ですか?」


「ああ、そうさ。あんたがわたしの弟子として、水属性の魔法使いになり名が売れれば、万が一氷の事がばれたとしても、わたしのことを探られる危険性が減るってもんさ」


「もしその時は僕が表に立てばいいと?」


「そうさ。こんなお婆ちゃんよりもあんたの方が注目を浴びやすいだろうし、その時は任せたよ」


 えー、なんか大変な役目を任されたような。

 嫌そうにしている僕に、師匠がダメ押しの一言を浴びせる。


「それとも何かい? こんなお婆ちゃんやリンダやメイに、面倒事を押しつけてとんずらするつもりかい? 

 わたしの目も曇ったということかねぇ。まさかソーヤがそんな人間味の欠片もないような奴だったなんて」


「あー、もう! わかりましたよ。もしもの時は、僕が皆を守る為に面倒事は引き受けますから」


「ソーヤならそう言ってくれると思っていたよ。これで万が一ばれたとしても安心だね。よかったよかった」


 なんだかばれるのを前提に話が進んでいるような気がする。

 もしかして、時期を見て氷を売り出すつもりなのか?


 そりゃこれから暑い夏が来るわけだし、氷なんて売り出したら文字通り飛ぶように売れるだろう。

 

 いつもなら師匠の優しい微笑みも、悪だくみを考える商人に見えてくるから不思議だ。

 このままでは店の売り上げの為の生贄にされるような気がする。


「でも師匠、僕は氷を生み出す魔法は使えませんし」


「そうだね、今は使えないね」


「なら僕が氷を作れる魔法使いだと宣言するのは無理ではないですか?」


 残念、せっかく矢面に立つ覚悟ができたのに僕では無理じゃないか。

 いやー、残念だ。


 師匠達の為に、粉骨砕身の覚悟で臨もうと思っていたというのに。


「なに言ってんだい、ソーヤ。あんたわたしの『青』を継ぐんだろ? 氷くらいすぐに生み出せるようになってもらわないと困るねぇ。

 そうと決まったら、さっそく修行を開始するよ。真夏の到来まであまり時間がないからね。

 早く鼻歌交じりに氷を量産できるようになってもらわないと、予定が狂うよ」


 ……この人、絶対氷を売り出すつもりだ。

 予定が狂うとか言っちゃってるし。


 いつのまにそんな予定をたてたのだろうか。

 できれば僕の予定も聞いてくれたら、ありがたかったのだけど。




お読みいただきありがとうございます。


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