92.美容師~幼女の魅了から逃れる
結局、お昼までの時間では一角兎は3匹しか捕れず、その全てを狼達に献上することになってしまった。
討伐部位と魔核だけは剥ぎ取りさせてもらったので、完全なタダ働きにならなかったのだけが救いだ。
狼達はそれぞれ1匹ずつを口に咥え、ご機嫌で帰って行った。
これで借りは全て返したと思いたい。
これから毎日集られるのだけは勘弁だ。
ニムルの街に戻り、昼食を取って師匠の家へ。
店にいたメェちゃんが、怖い顔で僕を睨んでいるのは何故だろう?
そんな娘の頭を撫でているリンダさんは苦笑い。
「こんにちは、メェちゃん、怖い顔をしてどうしたんだい?」
話しかけてみるが、プイっと顔を背けられてしまった。
どうやら、僕が怒らせたみたいだ。
でも、思い当たる節は何もない。
謝る理由がないというやつだ。
経験上、女の子に謝るのは難しいと僕は思っている。
原因がわからずに謝罪の言葉だけ述べると、そこを追及される恐れがあるからだ。
『何に対して謝っているの? わたしがなんで怒っているか、ちゃんとわかってる?』
過去に何度も、そんな質問をされたことがある。
なので、そんな時には僕は素直に聞くことにしている。
その時は怒られるけれど、そのあとじわじわと苦しめられるよりはいいのだ。
それに相手はまだ小さな子供なわけだし、いつもの手段でいくとしよう。
「メェちゃん、僕が何か怒らせるようなことをしたかな?」
「……」
「もしそうならごめんね。でも怒っている理由がわからないと次に気を付けることができないから、教えてくれないかな? メェちゃんが許してくれないと、僕はどうしたらいいのか」
手の平で顔を覆い、悲しみをアピールする。
これくらいの演技は許してほしい。
嘘泣きをするのはやり過ぎなので、そのまましばらく待機。
そうすれば子供は勝手に想像して勘違いしてくれるものだ。
「お兄ちゃん、泣いてるの!? メェ、そんなに怒ってないよ! もう大丈夫だから泣かないで!」
ほらね。
小さな子供の扱いは慣れっこなんだ。
小学生以下の子供からの指名ナンバーワンをもらっていたのは伊達ではない。
「本当に? もう怒ってないの?」
指先の間からそっと覗いてみると、焦った表情のメェちゃんが背伸びして僕の頭を撫でようとしていたので逆にこちらが慌ててしまう。
個人的には幼女に頭を撫でて慰めてもらうのはアリなのだが、メェちゃんが禁忌に触れて牢屋に入れられてしまったら大変だ。
後ろに一歩下がり笑顔を見せると、メェちゃんが安心したように息をついた。
「よかった。許してくれてありがとう。嬉しいよ」
「いいの。怒った振りをしていただけなの。お兄ちゃんがメェと遊ぶ約束を忘れて帰っちゃったから、寂しかっただけなの」
あー、確かに昨日、修行が終わったら遊ぶ約束をしていたっけ。
僕も遊びたかったのは山々だが、出かけていていなかったから帰ってしまったのだが……子供にそんな言い訳をしても仕方ないか。
それに、僕の予定に合わせてリンダさんの仕事の邪魔になっても困るし。
「ごめんね。昨日は急に用事ができちゃって、すぐに帰らなくちゃいけなかったんだ。
別にメェちゃんと遊ぶ約束を忘れていたわけじゃないよ? 今日は昨日の分もたくさん遊ぼうね」
「うん! メェ、お兄ちゃんのお勉強が終わるまでお仕事して待ってるから、お兄ちゃんもお勉強、頑張ってね!」
思い切り腰に抱きつかれて頬ずりされてしまった。
相変わらず愛らしさが半端ない。
もう我が子認定してしまってもいいような気がしてくる。
「えへへ、メェね。お兄ちゃんだーいすき」
下から見上げてのこの攻撃。
頭がくらくらとしてきた。
この子は魅了スキルでも持っているのだろうか?
僕はもう駄目かもしれない。
そんな時、《聴覚拡張》がある呟きを耳に運んできた。
「メイがんばれ! その調子、あと少しで落ちるよ」
リンダさんが握り拳で我が子を応援していた。
リンダさん、あなたの入れ知恵なのか?
ギリギリで踏みとどまり、
「じゃあ、またあとでね」
脱兎のごとく店の奥に逃げ込む。
「ちっ、耐えきったか」
背中越しに悔しそうな声が聞こえて、今後は気をつけようと心に刻んだ。
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