91.美容師~獲物を横取りされる
今日も午前中は冒険者ギルドで討伐依頼を受けて、午後からは魔法の修行予定だ。
一角兎の相手も飽きてきたので、何か別のお薦めはないものだろうか。
マリーに聞いてみよう。
ギルドについて寄り道せずに受付へ。
僕を見つけたマリーがにっこりと微笑み、朝の挨拶を交わしあう。
さっそく新しい魔物を紹介して貰おうと思ったが、この辺りに出没するFランク以下の魔物では特に目ぼしい相手はいないらしい。
諦めて一角兎の討伐に向かうことにした。
食事生活の改善の為には、自分の飽き等関係ないのだ。
師匠も一角兎は好きだと言っていたので、弟子として頑張ろう。
ニムル平原に着くと、《気配察知》で一角兎を探すが、この近くにはいないようだ。
このまま毎日僕が乱獲していくと、この辺りから一角兎が消える日が来るのだろうか?
僕一人で種の絶滅とはいかないだろうが、捕り過ぎには注意が必要かもしれない。
他にも一角兎を捕りたい人だっているはずだ。
迷惑になっていないか、今度マリー先生に聞いてみよう。
短剣を回しながら一角兎を探していると、3時方向に【気になります】が発動したので進路を右に。
5分程歩くと対象を発見。
《忍び足》で近づいて首元を1突き。
日中だからいいが、これが暗闇の中だったら完全に暗殺者だ。
キンバリーさんだけには見せられない。
魔核と討伐部位を剥ぎ取り、袋にしまう。
数分ですぐに2匹目を見つけ、同じように1突き。
討伐自体は楽だけど、戦闘技術がまったく身に着かないような気がする。
レベルも2から上がらないし、経験値はちゃんと入っているのだろうか?
考え込んでいると、
【気になります!】
急に背後から何かが近づいてくる気配を感じたのでとっさに飛び退くと、黒い影は地を這うように風を切り、一角兎を口で咥え僕から距離をとった。
マッドウルフ!?
ニムルの森がテリトリーじゃなかったか?
何故こんな場所に?
左右の手で一本ずつ短剣を構え、戦闘態勢に移ろうとして気が付いた。
毛の色が違う。
黒っぽく汚れてはいるが、ところどころ灰色の毛が覗いているし、目の色が赤くない。
普通種の狼か。
ということは……背後から新しい二つの気配。
体の位置をずらして確認すると、2匹の狼がいた。
こちらは灰色にところどころ黒の逆パターン。
子狼が母親に寄り添い、警戒するようにこちらをうかがっていた。
お前達か……なんだ、びっくりさせないでくれよ。
緊張を解き、戦闘態勢を一段階緩めた。
マッドウルフならいざ知らず、普通種の狼3匹ならば、今の僕ならそうそう負けることはないはずだ。
それに彼らだってだてに知能が高いわけではない。
僕に勝てないのはわかっていると思う。
ならば何故、僕の倒した一角兎をかすめ取るような真似をしたのだろうか?
とりあえず父狼はこちらを攻撃する意思がないように見える。
一角兎を口に咥えたままなのが、その証拠だろう。
母狼と子狼も、少し大回りして僕を避けながら父狼と合流した。
そして3匹並んで犬のように座り、こちらを見つめてくる。
なんだ?
一角兎が欲しかっただけなら、1匹くらい持って行ってくれてかまわないのだけど。
短剣を鞘に戻したので僕にも敵意のないことを感じ取ったのか、母狼の前に一角兎を置いた父狼がゆっくりと近づいてきた。
もし襲ってきたらいつでも動けるように体の重心を足のつま先に移動させて身構えていると、鼻をスンスンと鳴らし、足元に置いておいた袋を前足で叩いた。
「これも寄こせということか?」
話しかけると、そうだと言うかのように袋に顔を突っ込み一角兎を引きずり出して口に咥えた。
「2匹も持っていくのか?」
不満を交えて言うが、父狼は耳を貸そうとしないしない。
用事はすんだとばかりに、トットットと小走りに家族の元へ帰って行った。
白昼堂々、獲物を盗まれてしまったわけだけど、まぁいいかと諦めることにした。
こいつらにはメェちゃんの時の借りがある。
メェちゃんの命に比べたら、一角兎の2匹くらい安いもんだ。
10匹だって100匹だって安すぎて釣り合わない。
仕方がない、また探すとするか。
《気配察知》をオンにして歩き出すと、一定の距離を置いて狼たちがついてきた。
なんだ?
まだ僕に用があるのか?
立ち止って近くに来るのを待っていると、1メートル位手前で3匹が並んで止まったので、
「まだ何か用か?」
声をかけてみた。
父狼、母狼はそれぞれ僕から奪った一角兎を口に咥えているので、子狼が変わりに、「ガゥ」と鳴いた。
ただ、意味がわからない。
苦笑いを浮かべるしかない僕に、子狼が行動を起こした。
父狼の前で「ガゥ」、母狼の前で「ガゥ」、そして自分は元の位置に戻り「ガゥ」
……なんとなく言いたいことがわかってしまった。
わかりたくはないのだが、たぶん間違っていない自信がある。
子狼は自分の足元をタンタンと前足で叩いて僕を見上げた。
「自分の分がないって言いたいのか?」
「ガゥ」
子狼は両親の口元を見上げて一声鳴いた。
「2匹あるんだから分けてもらえばいいじゃないか?」
「ガゥゥン」
提案してみるが、悲しそうに見つめられてしまった。
「はぁ……わかったよ。もう一匹な」
「ガゥ!」
子狼がピョコピョコ跳ねまわり、クンクンと鼻先を天に向けると先頭に立って歩き出した。
両親も遅れてついていき、早く来いという目で僕を見る。
「はいはい、わかりましたよ。行けばいいんだろ、行けば」
やれやれ、狼に獲物を捕るように指図される日が来るなんて、思ってもみなかったよ。
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