90.美容師~女神様の本気の片鱗を見る
「で、今日来てもらった要件なんだけど」
「手紙の返事が来ましたか?」
「来たわ、来たんだけどね……」
リリエンデール様の眉間に、徐々に皺が寄っていく。
きっとまた芳しくない内容なのだろうな。
「思い出したらまたムカムカしてきたわ。ソーヤ君、やっぱり一緒に嫌がらせの内容を考えない?」
不敵な笑みを浮かべて、不穏な勧誘をしかけられても困る。
まずは返事の内容を確認させてもらおう。
「向こうはなんて?」
「なんて? ええ、ソーヤ君もきっとこれを聞いたら怒りが込み上げてくるはずよ。いい? 言うわよ。
『あなたには関係のないことです。そんな暇があるのなら、ご自分のやるべきことをしたらどうですか?』
以上よ。どう思う? 酷いと思わない?」
リリエンデール様はかなり憤慨した様子だが、そもそもこちらから出した手紙の内容を聞いていなかったので、微妙に反応がしずらい。
「リリエンデール様が出した手紙の内容をお聞きしてもいいですか?」
「わたしが出した手紙? そうね、簡単に纏めると『髪の毛に触れることを禁止する理由を教えて欲しい』こうね」
ふむ、今回はわりとまともに纏めてくれたのでわかりやすい。
「禁忌を発動するくらいだから、何かしらの理由があるはずだとわたしは思ったのよ。だからまずはその理由を聞いてみようと思ったんだけど……あの※※※」
最後の方で、理解出来ない言葉が聞こえた。
リリエンデール様の背後からドス黒いオーラが一瞬見えたので、悪口の類なのだろうが仮にも女神様の口から出てはいけない単語のように思えた。
スキル≪言語翻訳≫が一瞬だけ機能しなくなったような感じを受けたので、一種の防衛本能が働いたのかもしれない。
「気になる…気になるわね……」
リリエンデール様が親指の爪を噛みながら、ぶつぶつ呟いてる。
「よくよく考えてみると、そもそも1通目の手紙も2通目の手紙も序列1位らしくないわ。ここまで頑なだと、この件には触れてほしくなさそうな気配を感じるわね。気になって仕方がないわ」
「普段の序列1位様とは反応が違うと?」
「そうね……別に普段が仲良しなわけではないんだけど、ここ最近は特に会うことや話すこともなかったし、それでも昔はこんな対応じゃなかったわ。やっぱり何か理由があるのかしら、気になるわね」
気になるわ、気になるわ。
リリエンデール様はしばらく一人で呟いていたと思ったら、急に顔を上げ、
「わたし、行ってくる!」
爛々と目を輝かせて宣言した。
「きっと秘密を暴いてみせるわ! わたしの探究心を甘く見たことを後悔させてやるんだから!
こうなったら長期交戦も辞さないわよ。いつ帰れるかわからないけれど、ソーヤ君も気をつけて暮しなさいね」
体中からやる気オーラを漲らせ、指先を向けてクルクルされた。
気が付けば、裏路地の壁に背中を預けて座り込んでいた。
いくら時間の流れが遅くこちらではほんの数秒だとしても、屋外で意識がなく無防備な状態で体が晒されていたのに対して、今更ながら危機感を覚えた。
次からはせめて屋内で呼びだしてもらおう。
携帯電話のようにアンジェリーナを使って声をかけてもらえるのだから、場所の指定だってできるはずだ。
そういえば、この機能を使ってこちらからリリエンデール様に話しかけることもできるのだろうか?
いろいろと聞きたいことがあったのに、何も聞けなかった。
次の機会に期待するとしよう。
宿までの道のりにタバコを一本楽しみながら僕は歩くのだった。
読んでいただきありがとうございます。




