9話.美容師~女神様の名前を知る
「わたし、がんばるから!」
女神様が拳を握り、意気込みをあらわした。
すぐさま出かけてくれるのか、と思いきや、宙を見上げて瞳を閉じた。
どこからともなく、小鳥が二匹飛んできて、嘴にくわえていた紙とペンをそれぞれテーブルに置く。
「あの、女神様?」
「なに? わたし今、けっこう忙しいのだけど」
まだ、目は閉じられたままだ。
「出かけないのですか?」
「出かけるって、どこに?」
「僕の為に、序列一位の女神様の所に訪ねて行ってくれるんじゃ?」
「……ああ。無理よ、無理。
突然わたしが訪ねて行ったって、会ってもらえる保障なんてないじゃない。だからまずは、お手紙を書こうかと思って。わたしって、賢いでしょ?」
女神様の顔が褒めてほしそうに語っている。
「えーと、聞いてもいいですか?」
「いいわよ。遠慮しないで聞いてもちょうだい。
わたしに答えられることなら、答えるわ」
「女神様にとって、序列一位の女神様との関係は?」
「それはもう、雲の上の存在というか……ずっと上ね。
もちろん、あのお方とは比べることはできないけど」
「一応、括りの上では、同業者ですよね?」
「そういう言い方をすれば、そうなんだけどね」
苦笑混じりに呟く。
「ほらっ、わたしってば下っ端の方だし」
なんだって……そういえば、女神様自身については、聞いたことがなかった。
名前すら知らない。
「……よろしければ、女神様のことを教えてください」
「わたしのこと? そうね、自己紹介が必要ね。
これから長い付き合いになるかもしれないし」
女神様は姿勢を正し、右の手の平を胸に当てた。
「わたしの名は女神リリエンデール、好奇心と才能を司る女神よ」
凛とした空気が、この場を支配した。
鳥肌がたち、こっそりと腕をさする。
「以後よしなに」
ニッコリと笑うと、温かな風か吹き僕の髪の毛をサラサラと揺らした。
しばらく見つめ合っていたが、これで終わりのようだ。
意を決してとても聞きづらいことを聞かなくてはならない。
「あの……女神様の順位は……」
「……」
女神様の眉がピクッと動いた。
不自然に目を逸らし、口笛を吹く振りをするが音が出ていない。
僕がじっと見つめていると、こちらに向き直り、
「順位なんてどーでもいいじゃない。
大事なのは一人一人の個性を大切にするというかね……なんというか、みんな1番! みたいな」
なんとなくこれ以上聞かなくてもわかってしまったというか……ものすごい勢いで無駄な語りを続ける女神様が、だんだんかわいそうになってきた。
僕の浮かべる慈愛の表情に気がついたのだろうか、女神様は悔しそうに唇を噛み、消えそうな声で呟いた。
「……七位」
「えっ? 今、何か言いました? よく聞こえなかったんですが」
少しくらい意地悪したって許されるはずだ。
僕にはそれくらいの権利はある。
「七位! 七位よ! なーなーいー! 悪かったわね、ビリの七位で! 何か文句あるの!?」
目尻に涙が浮かんでいる。
なんだか、ちょっと、可愛く思えてしまう。
「いえ、何も悪くないですよ。別に文句もありません。ただ」
「ただ何よ?」
「リリエンデール様が序列一位の女神様だったら、こんなに悩む必要もなかったかなと」
「ぐっ……」
女神様は胸を両手で押さえて、恨めしそうに僕を見た。
「あなた……さっきからわたしに対する優しさが薄れていってない? なんだか意地悪だわ」
「少しくらい意地悪にもなりますよ。僕の夢が叶うかどうかの瀬戸際ですし」
思わず、笑みが漏れてしまった。
女神様は悔しそうに唇を尖らせたが、すぐに嬉しそうに笑った。
僕はその表情に見とれてしまう。
「よかった。やっと笑ってくれたわね」
「……いや、あの。調子にのりました。申し訳ありません」
「いいのよ。気にしないで」
女神様は、「さてっ」と自分に気合いを入れるように声を出し、
「序列七位のわたしには、手紙を書くくらいしかできないけど、できることは何でもするわ!」
握ったペンを忙しく動かしていく。
カリカリと鳴る音を聞きながら、僕も集中する。
この手紙を読んだ序列一位の女神様が、すぐにでも僕に会ってくれる、そして望む通りに神託を撤回してくれる。
そう信じたいのは山々だが、そこまで楽観的には考えられない。
書き終えた手紙は小鳥が嘴に加えて飛んで行った。
女神様がお願いね、と祈るように小鳥の羽を撫でていたので、僕も心の中で頼むぞとエールを送った。