87.美容師~水はどこから来るのか考える
僕は師匠の期待に微量でも答える為に、水を出すことから次のステップへと移る。
「では復習といこうか。ソーヤ、この壺いっぱいに水を出してみな」
テーブルの上に置かれた壺は大体コップ10杯分といったところ。
魔言を唱えて水を生み出し壺の淵ギリギリで水を止めようと思っていたが、自分の狙いとはタイムラグがあったのか、溢れてテーブルを濡らしてしまった。
「ふむ、水の量はいいがまだ制御が甘いみたいだね」
褒めてもらえると思っていたので、手厳しい言葉が身に沁みる。
「でもとりあえずはいいとしよう。先に進むよ。ソーヤ、今あんたが生み出した水はどこから来たかわかるかい?」
「どこから……大気に含まれている水分が集まってですか?」
「大気に含まれる水分? 雨のことかい? 今日は晴れだし、部屋の中だし……なんのことを言ってるんだい?」
不思議そうに師匠が僕を見る。
やはりこの世界では、科学的な考え方はあまり一般的ではないのだろうか?
回転についても、グラリスさんは知識がゼロのようだったし。
「すみません。今の発言は忘れて下さい。僕の答えは『わかりません』です」
「そうかい? なら答えを言うよ。というよりもソーヤの答えが正解なんだがね」
僕の答えが正解?
今度は僕が首を捻る番だった。
「正解は『わからない』なんだよ。術者が魔素を放出し魔言を唱えると水があらわれるだろ?
もちろん体内の魔素が途切れれば水の出現は止まるので、無限に魔素を放出できれば水も無限に生み出す事が可能だと一般的には思われていて、わたしもそうだと思っていた時期がある。
でもね、わたしは試したことがあるんだ。周りに水気がない場所で体内の魔素が続く限りに水を生み出し続けてみた。するとね、まだ体内に魔素があるのを感じるのに、突然水が生み出せなくなったんだ。
だから術者は水の量や勢いを調節することはできるが、水を無限に生み出し続けることはできないんだと気が付いた。
ただ、わたしやわたしの弟子以外はこの答えを知らない。だからわたしの弟子としての答えは『わからない』が正解なんだよ。ただし一般的には『水は魔素から生み出される』そう答えるのが正解だね」
「火も土も風も魔素から生み出されると言われているのですか? その一般的には」
「そうだね。それが模範解答さ。ただ、本当の答えは違うとわたしは睨んでいる。でもそれを声高に言うのは一応禁止しておくよ。いらぬ騒ぎを起こすことになりそうだ」
「わかりました。誰かに聞かれることがあったら、一般的な模範解答を答えることにします」
「それが無難だね。わざわざ無知な奴らに馬鹿にされてまで教えてあげる必要はないよ」
そうだな。
せっかく師匠が苦労して見つけたことを簡単に教えてやるのは馬鹿らしい。
それにしても……この世界の魔法は漫画やゲームの世界の魔法とは少し違うようだ。
整理する為にも置き換えてみるとしよう。
まず魔素を放出して魔言を唱える。
これはMPを消費して呪文を唱えるのと同じだな。
魔素=MP
魔言=呪文
これでいいと思う。
次に師匠の言っていた、魔素がまだあるのに魔法が途切れたということだが……MPがあるのに魔法が途切れたということだけど……。
僕の知識では説明がつかないか。
ゲームなんかだと、魔法の使えない場所なんて出てくることはあるのだけど、使えていたのが途切れるのだから、これは違うだろう。
ならMP全てを魔法で使用することができないとしたら?
つまりMPを使いきることができなとしたら? だ。
使用出来る分のMPを使い果たした為、師匠の水魔法が途切れた可能性はないか?
そもそも師匠のMPはいくつなのだろうか?
聞いてみることにしよう。
「師匠のMPはいくつですか?」
「そうさね、そういえばソーヤはいくつだい?」
「30です」
「それのざっと50倍くらいだと言っておこうかね」
正確な数字は教えてもらえなかった。
にしても50倍とはまた凄い。
さすがは大魔導師といったところだ。
ただ量が多すぎて想像が難しい。
自分で置き換えてみるか。
僕のMPが30あって、コップ1杯分くらいの水を生み出すのに2必要とするから、合計でコップ15杯分の水を無から発生させられるはずだ。
さっき10杯分のMPを使用したので、あと5杯分はできるはず。
魔言を唱えて、水を出そうとした。
けれど、
「待ちな」
師匠に止められてしまった。
「ソーヤ、それ以上水をどこに出すつもりだい?」
問いかけられて気が付いた。
すでに壺の中は水が満杯でテーブルの上に溢れた状態だということに。
「あんたは夢中になると周りが見えなくなるタイプだね」
苦笑交じりに師匠が告げる。
昔から同じようなことを言われた経験があるので、何も言い返せない。
僕も苦笑いを返すだけだ。
読んでいただきありがとうございます。




