85.美容師~師匠にマリーを紹介する
昨夜一角兎を宿の女将さんにあげたので、今朝は一角兎を焼いたものがパンに挟んであった。
それだけで、いつもの灰色パンが数倍美味しく感じるから不思議だ。
テッドがあれだけ喜ぶのもわかる気がする。
定期的に一角兎を女将さんに提供すれば、味気ない食事も改善するかもしれない。
他にも美味しい食材があれば探してみよう。
食生活を豊かにする為にもそう決意した。
冒険者ギルドに向かい、一角兎の討伐依頼を受けた。
グラリスさんに支払いをしたので所持金が心許ないのと、女将さんに渡す食材の為だ。
師匠にも1匹プレゼントしよう。
ニムル平原で3匹の一角兎を捕まえ、ギルドで換金しているとマリーがやってきたので一緒に昼食をとることに。
マリーお薦めのお店では、串焼きのような物を食べた。
宿の食事よりも美味しい。
やっぱりあの宿の食事事情は改善の余地があると改めてわかる。
別の宿に変わればいいのかもしれないが、なんだか愛着の様なものが湧いてしまって離れがたい。
それに宿を移して、もっと悪くなる可能性だってあるのだ。
判断が難しい。
師匠の店にはリンダさんが立っていた。
メェちゃんも商品を並べてお手伝い中みたい。
一生懸命お仕事中なので、僕には気づかないようだ。
唇の前に人差し指を立て、リンダさんに目配せをするとニヤニヤと面白そうな笑みを浮かべたので、こちらのやりたいことを察した様子。
僕は《忍び足》を発動し、そっとメェちゃんの背後に移動する。
そして、「わっ!」掛け声と共に、背中をポンと叩く。
「ひゃっ!?」
メェちゃんはびくっと体を震わせて、手に持っていた布を取り落とした。
しばらくそのまま固まり、おっかなびっくり振り返ろうとしたが、途中でリンダさんの顔を見て悟ったのだろう。
確認することなく頭から飛び込んできた。
「お兄ちゃん、メェ、びっくりしたよ!!」
「ごめんごめん」
謝る僕の鳩尾に、頭をおでこをグリグリと押しつけてくる。
「いらっしゃい、ソーヤ。あと、マリーだっけ? あんたはなんの用だい? うちの店に来るのは珍しいと思うけど買い物かい?」
僕に笑顔を向けたリンダさんは、マリーには一転、笑顔の質を変える。
「いえ、今日はソーヤさんの付き添いです。ソーヤさんの師匠になると聞いたので、お話をうかがいにきました」
メェちゃんを微笑ましく眺めていたマリーも、徐々に例の笑顔に変化する。
二人の視線が絡み合い、空中で火花が散りそうな感じだ。
どうしたの? と見上げてくるメェちゃんに癒され、今回はマリーの援護をすることに。
「リンダさん、師匠から許可は貰ってますので」
「そうかい。なら問題ないね」
悔しそうにだが、リンダさんが店の奥への道を開けてくれた。
「メェちゃん、またあとでね」
「うん、メェお仕事してるから、お兄ちゃんもお勉強がんばってね」
裏表のない笑顔に送り出されて、僕とマリーは細い通路を奥へ。
師匠はいつものようにソファーに座り、僕らを迎えてくれた。
「ソーヤ、お客人、いらっしゃい。狭い所だが座っておくれ」
師匠の顔には優しそうな笑み。
笑顔ひとつとっても、いろんな種類があるものだ。
とにかく座る前にマリーの紹介をしなくては。
「師匠、彼女が昨日話した人です」
「初めまして。冒険者ギルドで受付嬢をしているマリーと申します。この度は無理なお願いを聞いて頂き、ありがとうございます」
背筋をピンと伸ばしたマリーは、仕事用のものとも違い、顔が強張っていて緊張しているようだ。
どこかで聞いたセリフだな、なんて感じていると、師匠も同じように感じたみたい。
「無理なお願いはお互い様だね。ソーヤの頼みだから今回は気にしなくていいよ。さ、座りなさい」
手で座るように促されて、師匠と向かい合う形でマリーと並んで座ると、リンダさんが冷たいお茶を2つ、僕とマリーの前に置いてくれた。
「さて、わたしに会いたいということだったが……それは冒険者ギルドとしてのことかい? それとも個人的なことかい?」
「それは……冒険者ギルドの人間としてここに来ました」
「そうかい、なら――」
帰っておくれ、たぶん師匠はそう言おうとしたのだろう。
ただそれよりも早くマリーが続けた。
「でも、ソーヤさんの担当をしている冒険者ギルドの職員としてです」
「……どういう意味だい?」
「わたしは確かに冒険者ギルドの職員です。それだけは否定することはできません。
けれど冒険者ギルドの一職員というよりも、ソーヤさんを担当しているからこそ、今わたしはここにいるんです!」
師匠から視線を逸らすことなく、きっぱりとマリーが言い切った。
すると師匠は、「ふむ」と一言漏らし、瞼を閉じてソファーに身を沈める。
そしてそのまま、
「あくまでも、ソーヤの担当としてここにいるというわけかい? なら冒険者ギルドにとって有益な情報でも、それがソーヤにとって不利益に繋がるとしたらどうする?」
「ソーヤさんの不利益に繋がるならば、わたしは口を噤みます。わたしは冒険者ギルドの受付嬢ではありますが、ソーヤさんの担当としてあなたに会いに来たのですから」
「よろしい、それならあなたを信用することにしましょう。ただし、わたしの信用を裏切った時は、ソーヤに魔法を教えるのをやめる。ソーヤもそれでいいかい?」
「わかりました。それで結構です」
マリーが口を開く前に僕が答えた。
マリーを信用して連れてきたのは僕だ。
そのマリーが師匠に対して裏切るようなことがあれば、責任を取るのは僕であるべきだから。
「ソーヤさん……」
マリーは何か言いたげに僕を見ていたが、黙って頭を下げるだけでおさめた。
師匠はそんな僕らを黙って眺め、やがてポツリと一言漏らしたのを《聴覚拡張》が拾って届けてくれた。
『若いってもんはいいねぇ』
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