84.美容師~魔法を使ってみる
「さて、ではお勉強の続きと行こうかね」
師匠が小さなベルを取り出して、チリリーンと鳴らすと、店番に立っていた男が羊皮紙と羽ペンを持って部屋に入ってきた。
「魔法を使うにはどうすればいいかわかるかい?」
「わかりません」
「だろうね、いいかい? 魔法を使うには、体内の魔素を外に出す必要がある。それは今やってできただろ?」
「法玉に魔力を移動させることですか?」
「ああ、そうさ。それができればあとはそんなに難しいことじゃない。放出した魔素に命令をして魔法を起こす現象を呼び掛けるのさ」
魔法を起こす現象を呼び掛ける?
呪文のことか?
「呪文ですか?」
「呪文? ソーヤは変わった言葉を使うねぇ。わたし達は魔言と呼んでいるよ。
魔素を放出し、魔言で現象を起こす。それが魔法の仕組みだよ。わかるかい?」
呪文=魔言ということだな。
それならわかる。
「だからソーヤには、これから魔言を覚えてもらうよ。暗記力に自信はあるかい?
なければそこの羊皮紙に忘れないように書いておくといい。ただし、書いたものは失くすんじゃないよ。
完全に頭に叩きこんだら、燃やしてしまいな。この魔言というものは無暗矢鱈に人に教えてはいけないよ」
人差し指を立て、言い聞かせるように師匠が言った。
「それは何故でしょう? 人に知られると何か不味いことでも?」
「不味いというか保身だね。ほとんどの魔法使いが使う魔言は皆同じなんだが、わたしの使う魔言はちょっと違うからね。あまり人に知られたくないんだよ」
「僕がその魔言を使うのは問題ないんですか?」
「ソーヤが知る分にはかまわないよ。あんたはわたしの弟子なわけだしね。他の弟子達にも教えてきたことさ。
でもあまり出来の良くない弟子達には、皆が使う一般の魔言を教えたりはしたけどね」
ということは、僕は師匠に認められたと思っていいのか?
「特にソーヤ。あんたはわたしと同じ水属性の魔法使いだ。魔言の大事さは肝に銘じておきな。
一応、オリジナルの魔言を教える時には一声かけるようにするよ。初めの内は一般的な魔言ばかりだから、そんなに気を張らなくてもいい」
「わかりました。でもなるべく書かずに覚えます。文字にして残すと他人に知られる可能性が増えますから」
「ああ、そうしておくれ」
師匠がテーブルの上の羊皮紙とペンを脇によけ、空のコップをかわりに置いた。
「なら今からわたしがやってみせるよ? まずは魔言のことは気にしなくていいから、よーく見ておくんだよ」
手の平を上に向けて、師匠が姿勢を正した。
『大気に宿るマナよ、我が呼び声に答え、清き水を生み出せ。クリエイトウォーター』
一瞬だけ水色の光が輝き、師匠の手の平から水が零れ落ちる。
水はコップの中に落ちていき、8割くらいの位置で止まった。
「これが水を出す魔法だよ。飲み水にもなるので、冒険者達には必須の魔法だね。
これができるだけでもパーティーに勧誘される率は高くなるよ。なにせ飲み水を大量に運ぶ手間が省けるからね。さ、やってみな。魔言は覚えたかい?」
「大丈夫です。やってみます……『大気に宿るマナよ、我が呼び声に答え、清き水を生み出せ。クリエイトウォーター』」
空のコップの上に手をかざし、師匠の真似をして魔言を紡ぐ。
すると、手の平がじんわりと冷たくなり、ちょろちょろと水がにじみ出てきた。
ポーン、
【スキル 水属性魔法を獲得しました】
やった!
念願の魔法スキルを獲得できたぞ。
これで僕も魔法使いと名乗れるってもんだ。
ただ、コップに落ちる水の量は、師匠と比べるとささやかすぎるけれど。
「とりあえずは発動したね。合格だ。
あとは練習あるのみさ。魔素の放出の仕方を調節してやれば、もっと勢いよく水を出すこともできるよ。見ててみな」
師匠が人差し指を宙で伸ばして壁に向ける。
『大気に宿るマナよ、我が呼び声に答え、清き水を生み出せ。クリエイトウォーター』
細い水の線が真っ直ぐに壁に向けて飛んだ。
まるで水鉄砲のようだ。
「こんな風さね」
「師匠、質問があります」
「なんだい? いちいち断らなくていいよ。気になったことは聞きな」
「魔言の中で『マナ』という言葉を使っていますが、そこはどうして『魔素』ではなく『マナ』なのですか?」
細かいことなのはわかるが、気になるのだから仕方がない。
「うん、それがさっき『魔素はマナとも呼ばれる』と言った理由だね。
はるか昔に魔法を開発した魔導師が『魔素』を『マナ』と呼んだからというのが説と言われている。
わたしも『魔素』に言い換えて魔言を紡いだことはあるんだが、発動が悪くなるんだよ。
発動自体はするんだが、威力が弱まる。
だから皆、魔言を紡ぐ時にはこう呼び掛けるようになったのさ『大気に宿るマナよ』ってね」
定型文のようなものか?
何故だろう、すごく気になる。
気にはなるが、師匠がわからないものを魔法を習い始めたばかりの僕にわかるはずがない。
とりあえずスルーしておくとしよう。
「基本的には昔から一般的に出回っていて皆が使用する魔言があるんだがね、力のある魔導師なんかになると、それを研究して言葉を変えたり、言い回しを変えたり自分に使いやすいように変化させるのさ。
そしてそれは外部には漏らしたがらない。死ぬまで自分だけで使い墓まで持っていく奴もいれば、自分の弟子だけに伝えたりする奴もいる。
わたしにもオリジナルの魔言はあるけど、おいそれと人には教える気はないよ。愛弟子には教えるがね。
誰にも教えず死んでしまったら、わたしの研究は無駄になるだけだし」
「わかりました。もし教えて頂けるのであれば、僕もそれを守りたいと思います」
「ああ、そうしておくれ。ただ命をかける必要はないよ。自分や誰か大事な人の命と天秤にかける時がきたら、わたしのことは気にしなくていい。
魔言くらいばらしちまいな。弟子達にも同じように伝えてある。命より大事なものなんてないしね」
過去にそんな選択を迫られる場面があったのだろうか。
少し物悲しそうに師匠が言った。
「では『大気に宿るマナよ』という呼びかけは一般的なものだと言うことですか? 変えようとしても変えられない?」
「そうだね。そこの部分だけは昔からたくさんの人が弄ろうとしたけれど無理だった。
まぁ、わたしが知らないだけで違う言葉を用いている奴がいるかもしれないがね」
「この言葉がないと魔法は発動しないのですか?」
「発動しないわけではないね。言葉でいろいろ説明するよりも、ソーヤが自分で試して見るといいよ。
あんたなりに研究してごらん。それも魔法使いの楽しみの1つさ。自分だけのオリジナル魔法だって、いつかは作れるかもしれないよ」
自分だけのオリジナル魔法か……それは楽しみだ。
日本にいた頃、漫画やアニメで見た魔法を再現できるかもしれない。
「ただ、まずは初級の魔法をそれなりに使いこなせるようになってからの話だがね。
とりあえずは水を満足に扱えるようになるまで練習するんだね。それができるようになったら、次の魔法を教えてあげるよ。
今日の授業はここまで。また明日、昼過ぎにここにおいで。客人も連れてきてかまわないよ」
「わかりました。ではまた明日。師匠、今日はいろいろとありがとうございました」
冒険者ギルドに戻り、マリーに師匠が会ってくれると報告した。
同行者は『冒険者ギルドの人間』だと伝えたのかとくどいくらいに聞かれたので、伝えたと答えると、マリーはまた一人で難しい顔をして考え込んでいた。
明日のお昼にギルドで待ち合わせをする約束をし、僕はシャワーを受け取りにグラリスさんの工房へ向かった。
シャワーを受け取り宿に帰ると、夕飯を食べ、お湯を沸かして湯船につかりシャワーを浴びた。
動作の原理はわからないが、湯船のお湯を吸い上げてシャワーの穴からはきちんとお湯が噴き出してきた。
勢いが弱く物足りないが、今はこれで我慢するとしよう。
バージョン2では調節機能を付けてもらうつもりだ。
また騒ぎになると困るので、今日はアンジェリーナと一緒には入らない。
湯船に足を伸ばして寝ころんだ態勢で、師匠に教えてもらった水の魔法を練習した。
10回目を越えたあたりから、水量が増えてきたが調子にのって繰り返していたらお湯がすっかりぬるくなってしまったので、後悔している。
明日はお昼からマリーと師匠の店に行くので、それまでは簡単な討伐依頼でも受けることにしよう。
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