81.美容師~マリーに言伝を頼まれる
半ば尋問に近い形で、リンダさんの家に行ってからギルドに来るまでの経緯を事細かに説明させられた。
時折横を通り過ぎる冒険者達は、羨ましそうに目を向ける者と、かわいそうな目を向ける者の2種類だ。
羨ましそうな目を向けた奴、遠慮しないで言ってほしい。
すぐに変わってあげるから。
「話の内容は理解できました。それで10万リムの報酬のかわりに魔法を教えてもらうことになったわけですね?」
「そう。だから授業料は無料だけど、実質10万リムを払うのと同じってわけ」
「それなら納得はできますね。ソーヤさんの説明の仕方が悪かったと」
確かに僕の説明の仕方は悪かったのかも。
僕の説明下手はリリエンデール様の加護の影響なのか。
いや、マリーが最後まで話を聞いてくれなかったのも悪いのではないか?
あの笑顔で迫られると、平常心ではいられなくなる。
「それでソーヤさんの師事する魔導師、いえ元魔導師という方ですが、お名前をお聞きしても? 一応、こちらでも問題がないか確認を行いますので」
「名前? えーと、イリスさん」
「イリス……イリス…………イリスっ!? その方のお歳は? 見た目はどんな感じですか?」
目を見開いてマリーが問いかけてくる。
「歳は聞いてないから正確にはわからないけど、たぶん50歳前後くらいかな。
見た目はにこにこしてて優しそうなおばあちゃんって感じ。ああ、あと足が悪いみたい。長く歩くと酷く痛むって言ってた」
「50歳前後のおばあちゃんということは年齢は合っている……にこにこしてて優しそう? もっと怖い人のイメージでしたが、歳をとって丸くなったのでしょうか?
確か足を悪くして現役を引退したという話しは聞いていましたが、まさか商家にいたとは。しかもこのニムルの街にいたなんて、全然情報が入ってこなかった」
マリーは一人ぶつぶつと呟き、考えモード。
イリスさんのこと知っているのかな?
もしかして割と有名人だったりする?
「いえ、でもまだ本人と決まったわけでは」
最終的にはマリーの知っているイリスさんの可能性はあるが確定ではない、との結論になったようだ。
「ソーヤさん、次にそのイリスさんとお会いする時、わたしもご一緒してもいいですか?」
「マリーも一緒に? 明日から修行をつけてもらう約束はしているけど、いいか悪いかはイリスさんに聞いてみないとなんとも」
「もちろんそうして下さい。ただわたしのことを説明する時は、ギルド職員とは言わないでほしいのです」
「それはどうして? 何か問題があるの?」
「もしソーヤさんのおっしゃるイリスさんがわたしの知るイリスさんだとしたら、たぶん冒険者ギルドとは積極的にかかわりあいになりたくないと考えるかもしれないからです」
「マリーはイリスさんにとって、都合が悪い事をする?」
これだけは尋ねておかなければならない。
この答えによっては、師匠の不利益に繋がるからだ。
職人の世界で過ごしてきた僕にはわかる。
師匠の機嫌を損ねることは、弟子として一番やってはいけないことだ。
先輩に嫌われた美容師の見習いは、仕事を回してもらえない。
ただそこにいるだけの存在になってしまう。
理不尽なように思えるが、職人の世界とはそういうものだ。
世の中の時代が変わっても、この世界だけはたいして変わらない。
そうして辞めて行ったアシスタントを何人も見てきた。
なので経験則からわかる。
「わたしに限って言えば、そのイリスさんという方に不都合をかけるつもりはありません。そうですね、下手に隠すよりいいかもしれません。先程の言葉は取り消します。
わたしのことはギルドの受付嬢と正直に言って下さい。けれど、『秘密は守ります』という言葉だけは必ず伝えて欲しいのです」
秘密は守る?
守らなければならない秘密があるということだ。
なんにせよ、マリーの頼みだ。
断れない。
イリスさんが会いたくないと言って、それでもマリーが無理やりに会うつもりならば、僕は止めるかもしれないが。
「わかった。イリスさんに聞いてみるよ。『秘密は守ります』と伝えればいいんだね?」
「はい、宜しくお願いします」
読んでいただきありがとうございます。




