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女神様の美容師  作者: 獅子花
美容師 異世界に行く
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8話.美容師~この世界の神託を知る

文中の神託の内容を修正しました。(2017.6.7)


『例外として認められるのは、親族のいない者に対して触れていいのは教会上位職のみとする』

『親族がいない、もしくはいても散髪を行うことが困難な場合のみ、一部の教会上位職は触れてもいい』と。


 

「やめて!? やめなさい!」


  数度それを繰り返すと、女神様が僕の腕を掴んで止めた。

 土で汚れた指が奮え、


「どうして……」


 呟くと、女神様が悲しそうに目を背ける。


「どうして!」


 叫ぶと、ギュッと抱きしめられた。

 温かな温もりが、冷えた体を包み込む。


「そんなに……あなたにとっては大事なことだったのね」


「……」


「そんなに傷ついてしまうほど、あなたにとっては譲れないことなのね」


「死んだ両親との約束だったんです……美容師になって、自分のお店を出すって約束を……」


「そう、そうなのね」


 背中に回された腕に、より力がこもった。


「ごめんなさい……本当にごめんなさいね。

 いくら謝っても許してもらえないわよね。

 私はあなたの命だけではなく、かけがえのない夢まで奪ってしまったのね」



 僕は女神様の言葉をぼんやりと聞きながら、この先のことを考えた。

 頭は少しずつ冷静さを取り戻しつつある。


 女神様の温もりに癒されたのか、体中に溢れていた激情は氷が溶けるように徐々に無くなっていく。

 怒りや憤り、悲しみ、抜け出していく流れに何かが引っ掛かった。


 ……なんだ? 僕は何かを見落としている。

 何かとても大切な欠片(かけら)を。

 それを逃がさないように思考の手を伸ばし……僕の指はソレ(・・)を掴んだ。


「わたしには無理……」


 泣く子をあやすように、ポンポンとリズムよく背中を叩く女神様に僕は言った。


「えっ?」


「……わたしには無理ってさっき言いましたよね? 

 僕が他人の髪の毛に触れるのは無理だと、女神様にはどうすることもできないと」


「ええ、そうね。申し訳ないけれど、わたしには無理だわ」


「なら――女神様ではない誰かなら、それが可能なのではないですか? 

 例えば、あなたが口にするあのお方(・・・・)とかなら!」


「それは……」


「どうなんです? 答えてください!」


 僕の目に、体に力が戻る。

 答えるまで逃がさない!


 ブラリと垂れ下がっていた腕を女神様の背に回し、逃げられないようにロックすると、一瞬身体を強張(こわば)らせるように動かしたが、諦めたように脱力した。


「そうね、確かにわたしには無理だと言ったわ。

 けれどあのお方のお力を借りることができれば可能かもしれないわね」


「だったら」


「待って、取り合えずわたしの話を最後まで聞いて」


 僕の胸をそっと押し、腕の中から抜け出す。

 逃げたりしないから心配しないで。小さく呟きながら。


「椅子に座って話しましょ」


 女神様が腰かけたので、僕も大人しく座った。

 暴れたり叫んだりはもう終わりだ。

 女神様の言葉を聞き逃すことなく、冷静に判断しなくては。


 深呼吸して、心を落ち着かせる。

 大丈夫、大丈夫だ、僕はまだ終わっていない。

 終わらせるわけにはいかない。

 自分を励まし、力をためる。

 負けられない、ここだけは引くわけにはいかないのだから。


「取り乱してすみません。もう落ち着きました。話しの続きをお願いします」


「……強いのね、あなたは」


 驚いたように女神様が目を細める。


「強くなんてないですよ。

 でも……強くなくてはいけないなら、僕の夢が叶わないのなら、強くなりたいです」


「そうね……そう、わたしも覚悟を決めたわ」


 女神様の瞳にも力がこもったのがわかった。

 そして女神様は語り出す。


 何故、他人の髪の毛に触れるのが禁止なのか。

 どうして、わたしには無理だと言ったのか……。




「……そういうことだったんですね」


 女神様の話を聞いて、僕は呟いた。


「わたしが知っている限りでは、そういうことになっているわ。

 もちろん、それが真実かどうかは、わたしにはわからないけれど」


 緊張の為か、長く話して喉が乾いたのか、女神様がコップを手に取り果汁水を一息に飲み干した。

 

 僕は女神様のしてくれた説明を頭の中で整理し、これからの行動を組み立てる。

 

 何をするべきか、その為にはどう動くべきか。

 幸い、女神様は僕に全面的に協力してくれるようだ。


「できる限り力になるわ」と話しの最後にそう付け加えてくれた。


 けれど、「うまくいく保障はないわよ」と後ろ向きな言葉と共に。

 女神様の話しは要約するとこうだった。


 

 そもそも、この世界を作ったのは一人の神だった。

 女神様の言う、あのお方だ。

 とりあえず、主神(しゅしん)と呼ぶことにする。

 

 主神は世界を創造したが、その管理の為に他にも神が必要だと考えた。

 他の世界からスカウトしてきたり、自ら生み出したらしい。

 

 連れて来られたのが、彼女を含む7人の女神達だ。

 女神達は主神に恩を感じ、愛情を覚え、寵愛(ちょうあい)を競うようになった。

 

 そうしていつしか、女神達には順位が付けられた。

 主神の愛情度に比例して、暗黙の了解の内に力関係が生まれた。

 

 その力関係はこの世界で暮らす民達の信仰の強さへと繋がり、順位が上の女神程、多くの信者を得ることになった。


 主神はこの世界以外にもたくさんの世界を創造し、他の者に任せたりして、自分はあまり手を出さずに基本的には見守る方針らしい。

 

 この世界の管理も7人の女神達に任されていて、余程の問題でも起きなければ口を出すことはないと。

 

 ここで問題となったのが、主神からぶっちぎりで1番の愛情と信用を得ることになった女神だ。

 

 一位の女神は主神から多くの力を分け与えられ、一つのルールを信託として民に告げた。


『家族以外の者が他人の髪の毛に触れることを禁ずる』と。


ただし例外として、


『親族がいない、もしくはいても散髪を行うことが困難な場合のみ、一部の教会上位職は触れてもいい』と。


 この信託のせいで、僕は他人の髪の毛に触れることができない。

 なら、どうするか。

 

 この神託を撤回してもらえばいい。

 序列一位(じょれついちい)の女神様に頭を下げて、頼み込むんだ。

 

 どんな理由があってそんな神託をしたのかはわからないが、まずはお願いしてみる。

 僕にできることなら、なんだってする。

 わずかだが、希望の光が見えた気がした。


 まずは女神様にアポイントを取ってもらうように頼むことにした。

 

 本来ならば、ただの人間の一人が女神様に会いたいからといって、安々と会えるはずはない。

 けれど会ってもらわなくては、話を聞いてもらわなければ進めない。

 

 僕には目の前の女神様に頼んで(すが)るしかないのだ。




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