78.美容師~インクについて相談を受ける
祝pv10万突破記念投稿。
いつも読んでくださる皆様のおかげです。
今後とも宜しくお願い致します。
時間はちょうどお昼前。
食事中だったら悪いかな、なんて遠慮しながらノックすると、勢いよく開かれたドアから小さな塊が僕の胸に飛び込んできた。
慌てて受け止めると、
「お兄ちゃん、いらっしゃい!」
やっぱりメェちゃんか。
僕じゃなかったらどうするんだろう。
「こんにちは。お母さんはいるかな?」
「いるよ! 今ね、ご飯作ってる。お兄ちゃんも一緒に食べよ!」
リンダさんのご飯は確かに美味しかった。
食べられるものなら、僕だって食べたいが……。
「ソーヤかい? そんな所にいないで中に入っとくれ。もうすぐご飯ができるけどあんたも食べるだろ? 来ると思って3人分作ってるよ」
僕の分もあるのか。
ならば、遠慮する必要はないか。
「お言葉に甘えさせてください。リンダさんの作る物は、他で食べるよりも美味しいですから」
「嬉しいこと言うじゃないか。メイ、スプーンとフォークとコップを並べておくれ。それが終わったら料理を運ぶんだよ」
「うん、わかった! お兄ちゃんはここに座っててね」
メェちゃんが僕専用の椅子に連れて行ってくれたので、椅子に座ってリンダさんのお手伝いをする姿を眺める。
今日のメニューは、サラダと灰色パン、魚のスープに肉と野菜を炒めた物か。
冷えた果実水をメェちゃんがコップに注いでくれたので、半分飲んで、「ありがとう」と頭を撫でそうになり、手は膝の上で拳の状態に。
学習しない僕も悪いけれど、自然な感じで撫でてというかのように頭を軽く差し出してくるメェちゃんにも責任の一端はあると思う。
残念そうに僕の手を見つめられても困るのです。
せめて二人きりの時ならば……いやダメだって。
こんな小さな子供に対して、僕は何を考えているんだ。
『気をつけてくださいね』
マリーからの助言を思い出して、気を付けよう、と自分を窘める。
「さ、冷めないうちに食べておくれ」
リンダさんも席について、食事開始。
サラダもスープも宿で出されるものより美味しく感じるのは何故だろう?
食材は同じ市場で買っているはずなのに、調理方法に秘密がるのだろうか?
肉と野菜の炒め物は、香辛料が効いていて甘辛いので、パンと食べるとちょうどいい。
メェちゃんにはちょっと辛いようで、一口食べるたびに果実水を飲んでいる。
「いつもこんなに辛い味付けなんですか?」
思わず聞いてしまうと、
「ああ、それはね。今日はソーヤが来るからソーヤ好みにしてあるんだよ。メイがそうしてくれって言うからさ。メイの分だけ違う皿で作ろうかって言ったんだけど」
「だって……お兄ちゃんが美味しいって思ってくれるほうがいいから……それにメェも同じものを食べたいし」
唇を尖らせているメェちゃんが何割増しかに可愛く見えてしまう。
「ありがとうね。でも、メェちゃんは無理しなくていいんだよ。僕だってちょっと辛いし」
「平気だよ。メェ、もうすぐ大人だから今は辛いけど、大丈夫になるから」
大人でも辛いのが苦手な人はたくさんいるんだけど。
リンダさんが笑っているので、まぁいいか、と食事を再開する。
食事を終えると、メェちゃんが早速遊ぼうと誘ってくるがリンダさんに今日の分の勉強をしてからだと言われ、しぶしぶ羊皮紙に文字の書きとりを始めた。
「すぐに終わらせるから、待っててね」
リンダさんの描いたお手本を見て、1つの文字につき5回同じ文字を書く。
マリーからはちょこちょこ時間を見つけては文字を習っていたので、読むのに不自由はしなくなっていたが、書けるかと言われると、見本がないと心配なレベルだ。
書き取りの練習もしようかな、なんて思っていると、
「ちょっと」
ドアの外から顔だけ覗かせたリンダさんに呼ばれたので、メェちゃんの邪魔をしないように外に向かう。
「吸ってもいいかい?」
リンダさんの手にはキセルの様なものがあった。
「どうぞ」
この時代で言うタバコかな?
珍しくて眺めていると、着火の魔道具で火をつけて美味しそうに煙を吐き出した。
「ソーヤも吸うかい?」
物欲しそうに見えたのかキセルを差し出してくれたので、お言葉に甘えて一口貰った。
むっ……キツイけど、甘い味がする。
ハーブの様な香りもほのかに感じるな。
「ありがとう」
僕もシザーケースからタバコを一本抜きとって、ジッポライターで火をつけた。
やっぱり僕には吸いなれたこっちのほうがいいな。
「ソーヤも吸うのかい。それにしても変わったモクだね。着火の魔道具も見たことないし、どこで手に入れたんだい?」
「モク? ああタバコのことですか? これは僕の故郷から持ってきたものです。この魔道具も同じく」
この世界ではタバコのことをモクっていうのか。
モクモク煙が出るからモクなのかな?
「一口吸います?」
お返しに薦めてみると、
「いいかい。悪いね」
すっと近づき、僕の腕を取るとそのまま自分の口元に運ぶので、なんだかドキドキしてしまう。
大きく息を吸い込み、リンダさんが細く煙を吐き出した。
「まろやかな味だねぇ。美味いよ」
嬉しそうに目を細める。
「よかったら1本あげましょうか?」
「たくさんあるのかい?」
「持ってこれたのはこれだけですよ」
大事に吸っていたのでボックスには残り5本。
本当は誰にもあげたくはないが、リンダさんには2度も美味しい食事をご馳走になっているので1本くらいなら。
「やめとくよ。少ししかないじゃないか。この辺りでは手に入らないと思うし故郷の味だろ、大事にしな」
「そうします」
二人して家の壁に背中を預けてモクを楽しんだ。
僕が先に吸い終わり、リンダさんがキセルの中身をポンと地面に落して踏みつける。
「ソーヤに紹介したい人がいるんだ」
「僕に紹介したい人ですか?」
マリーが言っていた話だろう。
両親らしき人は家の中にはいなかったし、僕の予感は外れたことになる。
「ソーヤを紹介したい人って言った方が正しいね」
「僕を紹介したい人?」
一文字違うだけで意味合いが変わってくる。
「あたしの職場の主なんだけどね、会ってくれるかい?」
「会うのは別に構いませんが、要件を聞いてもいいですか?」
「そりゃそうだ。あたしの働いている店はね、道具屋というか雑貨屋というか、色々な物を仕入れて売る仕事なんだけど、早い話、ソーヤがこの前作ったインクを店で売りたいんだよ」
「インクと言うと、椅子に名前を書いた時の?」
思い浮かぶのはそれしかない。
「あの時、ソーヤはインクを混ぜて違う色にしただろ? あの色を店で売りたいんだよ」
「売ればいいんじゃないですか?」
「いいのかい?」
「いいも悪いも、僕の許可なんていります?」
許可なんて取らずに勝手に売ればいいのに。
どうしてわざわざこんな話を僕に?
この世界では、インクの色に特許のようなものがあるのだろうか?
「なら、この後一緒に店に行ってくれるかい?」
「行くのはいいですけど、行く必要ありますか?」
正直面倒なのだ。
メェちゃんと遊ぶ約束もあることだし。
「あの色の作り方を教えて欲しいんだよ。店の人間で何度か試してみたんだけど、うまくいかないんだ。何か混ぜる時の秘密があるんだろ?」
ああ、そういうことね。
あの色が再現できないということか。
ただ混ぜるだけだと、練りが硬すぎて綺麗に仕上がらなかったのだろう。
僕はシザーの手入れに使うオイルを入れたんだっけ。
でもオイルの手持ちは少ないのであげられないし、商品にするのなら大量のオイルが必要だろうし。
「教えるのは構いませんよ。ならリンダさんに作り方を教えるのでインクの用意をして下さい。それなら僕が行かなくてもいいですよね?」
「できれば店の主人には会ってほしい。報酬の話はあたしではできないし直接してもらえないかね」
「報酬?」
「ああ、もちろんタダで作り方を教えろなんて言ってないからねぇ。かなりの売れ行きが見込めそうだし、それなりに報酬を貰えるはずだよ」
うーん……オイルの代わりを見つけなくてはならなくなりそうだ。
作り方を教えて目の前で再現して見せて、さようならのつもりだったんだけどな。
そこに報酬が発生するのなら、やりっぱなしではすまなくなる。
「わかりました。一緒に行きますよ」
「本当かい? 助かる、恩にきるよ」
僕を連れてくるようにかなり強く言われていたのだろうか?
リンダさんは安心したように表情を緩め、ぎゅっと抱きしめてきた。
僕の方が少しだけ背が高いので、自然とリンダさんの頭が目の前に。
茶色い髪の毛が頬に触れて、柑橘系の香りが鼻をくすぐる。
誰かの髪の毛をこんなに近くに感じたのは久しぶりだ。
触りたい!
一瞬手が伸びそうになったが、精一杯の自制心でなんとか我慢する。
けれどリンダさんが頭を擦りつけてくるので、そろそろ決壊しそうだ。
「あー! お母さん、ずるいよ!」
ドアの隙間からぴょこっと顔を出したメェちゃんが、横から抱きついてきた。
体の横で握りしめていた拳に、さらっとした感触が加わる。
やっぱりココは、魔性の巣窟かもしれない……。
いつも読んでいただきありがとうございます。
誤字脱字、ご指摘頂けると助かります。
ご意見ご感想、評価、ブックマーク等頂けると、更新の励みになるので嬉しいです。
今後とも宜しくお願い致します。




