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女神様の美容師  作者: 獅子花
美容師 異世界に行く
75/321

75.美容師~浴槽を受けとる


「グラリスさーん。ソーヤですー。浴槽はできましたかー?」

 

 今回は、店の前から呼びかけてみることにした。

 前回、「遠慮しないで声をかけろ」と怒られたので、僕だって学習するのだ。


 一度で出てこないので、続けてみる。


「グラリスさーん、ソーヤでーす。いないんですかー? 浴槽とシャワーを受け取りに来ましたよー」


 数秒待機するが、返事がない。

 いないのかな? なんて、そんなわけはない。


 ≪気配察知≫が店の奥に人の気配を教えてくれているからだ。

 

 となると……居留守か?

 浴槽はまだできていない?

 僕がこんなに汚れているのに?

 浴槽を求めているのに?


 許すまじ……なんて思うことはなく、僕は怒ってなんてないよ。

 

 でもせめてどこまでできているのかくらいは聞いておきたい。

 なので、グラリスさんを呼び続けることに。


「グラリスさーん。グラリスさーーん。グラリスさーーーん……留守ですかー? いるのはわかってるんですよー。おとなしく出てきてくださーい!」



【気になります!】

 

 前方から風を切る音とともに鉄の棒が飛んできたので、短剣を抜いて≪回転≫で弾いた。

 

 クィンッ、クルクルと宙で鉄の棒が漂い、地面に落ちて転がった。


「うるせーぞ! そんなに叫ばなくても聴こえてんだよ。ちょっとは黙って待ってられねーのか!!」

 

 怒鳴りながらグラリスさんが登場。

 こめかみに血管が浮き出ていて、かなりご立腹の様子だ。

 

 呼ばなくても怒るし、呼んでも怒るし、理不尽な人だなぁ。

 なんて思いつつも、


「浴槽とシャワーを受け取りに来ました」

 

 ここに来た目的を告げる。

 

 鉄の棒を投げつけられたこと?

 

 そんなことどうだっていいのです。

 浴槽とシャワーが手に入るならば。

 

 じゃあ手に入らないならば?

 そんなこと、考えません。

 考えたくないし。


 笑顔を浮かべていると、グラリスさんの表情が引き攣ったのがわかった。


「まぁ、返事をしなかった俺も悪かったとは思うけどよぉ……鉄の棒を投げつけたのはやりすぎた、すまん」

 

 何故かグラリスさんが謝罪をしてきたので、気にしてないと返す。


「やだなぁ。そんなことどうだっていいんですよ。|そんなこと≪・・・・・≫はね」


 グラリスさんが、ちらっと工房の奥に目を向けた。

 僕の浴槽とシャワーは、きっとそこにあるのだろう。


「あっ、頼んでいた物は中ですか? どれどれ、では見せていただきましょうか」


 ウキウキして、自分でも足取りが軽くなるのがわかった。


 早く持ち帰って、熱い湯船に浸かりたい。

 石鹸モドキとシャンプーモドキもできているはずだから、たくさんの泡で思う存分体と頭を洗うんだ。

 

 想像するだけで頬が緩んでしまう。


「いや、ソーヤ。あのな……」

 

 グラリスさんが声をかけて手を伸ばしてくるが、さっと躱して奥へ進む。


【気になります!!】


 ≪聴覚拡張≫が土を蹴る音を聴き取り、≪気配察知≫がグラリスさんの逃亡を知らせてくれた。

 

 なので、僕は瞬時に追いかけて背後から拘束する。


「グラリスさん、そんなに急いでどこに行くんですか?」


「放せっ! 放してくれ! 話せばわかる。俺だって頑張ったんだよ!」

 

 どこに行くのかと尋ねているのに、口から出てくる言葉は回答ではなく別の物。

 

 とにかく、僕の浴槽とシャワーにご対面といこうじゃないか。

 

 暴れるグラリスさんを引きずり、工房の奥へ。

 

 そこには……作りかけの浴槽とまだ部品だけのシャワーらしきものが、地面に散らばっていた。


「グラリスさん……浴槽とシャワーは?」


「お前の目の前にあるだろ」

 

 力を抜いた一瞬の隙に僕の拘束から抜け出し、開き直った態度でグラリスさんが言う。


「……2~3日でできるって……」


「まだ2日目だろ? 明日にはできるぞ」


「今日は3日目ですよ?」


「何言ってんだよ。一昨日頼まれただろ? もう忘れたのかよ?」

 

 グラリスさんが馬鹿にしたような目を向けてくるが、僕は間違ってなんかない。


「一昨日頼んだから、昨日が2日目、今日が3日目じゃないですか?」


「おまえ……依頼を出した日を1日目にカウントすんなよ! きたねーぞ!」

 

 グラリスさんが怒鳴るが、僕は何も間違ってない。

 依頼を出した日が1日目、よって今日は3日目だ。

 

 2~3日と言われていたので、2日目の昨日は我慢した。

 よって3日目の今日はもう我慢しない。

 我慢する気はないのだ。


「……3日目……僕の浴槽とシャワー」


「いや、あのな。明日にはできるから。昼前には完成させておいてやるからよ」


「……」


「ちっ、こんなことなら昨日、朝まで飲むんじゃなかったぜ。二日酔いで調子が悪いっていうのによ」


 小声で呟いたつもりなのだろう。

 声に出したつもりもなく、ため息交じりに心の中で呟いたつもりだったのかも。

 

 でも、僕の優秀なスキル≪聴覚拡張≫はその呟きを僕の耳に届けてしまった。

 よって、知ってしまったのだ。

 

 僕の浴槽とシャワーを作るべき時間を、酒を飲んで無駄に過ごしていたということを。


「お酒、飲んでいたんですね」

 

 ボソッと囁くように呟くと、


「げっ、おまえ、なんでそれを!?」


 語るに落ちるとはこのことだ。

 僕は笑顔を浮かべ、グラリスさんに向かって一歩踏み出した。


「さ、グラリスさん。作りましょうか?」


「作るって言ってもよぉ。まだ半分もできてねーぞ?」


「半分できてるなら、残りもすぐにできますよね? 僕も手伝いますから」

 

 地面に落ちていた金槌を手に取り、クルクルと回転させる。


「さっ、グラリスさん。作りましょうか?」


「……」


「さぁ! グラリスさん! 作りましょうか!!」




 それから5時間後、僕は台車に浴槽を乗せて、宿までの道を歩いていた。

 

 シャワーは明日までに作ると約束してくれたので、とりあえず浴槽だけで今日は我慢だ。


 浴槽を作り終えたグラリスさんは、地面に倒れて動かなくなったので上から布をかけておいてあげた。

 

 風邪をひいたらかわいそうだ。

 僕のシャワーが作れなくなってしまう。




お読みいただきありがとうございます。


誤字脱字、ご指摘頂けると助かります。


ご意見ご感想、評価等頂けると更新の励みになるので嬉しいです。


今後とも宜しくお願い致します。



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