75.美容師~浴槽を受けとる
「グラリスさーん。ソーヤですー。浴槽はできましたかー?」
今回は、店の前から呼びかけてみることにした。
前回、「遠慮しないで声をかけろ」と怒られたので、僕だって学習するのだ。
一度で出てこないので、続けてみる。
「グラリスさーん、ソーヤでーす。いないんですかー? 浴槽とシャワーを受け取りに来ましたよー」
数秒待機するが、返事がない。
いないのかな? なんて、そんなわけはない。
≪気配察知≫が店の奥に人の気配を教えてくれているからだ。
となると……居留守か?
浴槽はまだできていない?
僕がこんなに汚れているのに?
浴槽を求めているのに?
許すまじ……なんて思うことはなく、僕は怒ってなんてないよ。
でもせめてどこまでできているのかくらいは聞いておきたい。
なので、グラリスさんを呼び続けることに。
「グラリスさーん。グラリスさーーん。グラリスさーーーん……留守ですかー? いるのはわかってるんですよー。おとなしく出てきてくださーい!」
【気になります!】
前方から風を切る音とともに鉄の棒が飛んできたので、短剣を抜いて≪回転≫で弾いた。
クィンッ、クルクルと宙で鉄の棒が漂い、地面に落ちて転がった。
「うるせーぞ! そんなに叫ばなくても聴こえてんだよ。ちょっとは黙って待ってられねーのか!!」
怒鳴りながらグラリスさんが登場。
こめかみに血管が浮き出ていて、かなりご立腹の様子だ。
呼ばなくても怒るし、呼んでも怒るし、理不尽な人だなぁ。
なんて思いつつも、
「浴槽とシャワーを受け取りに来ました」
ここに来た目的を告げる。
鉄の棒を投げつけられたこと?
そんなことどうだっていいのです。
浴槽とシャワーが手に入るならば。
じゃあ手に入らないならば?
そんなこと、考えません。
考えたくないし。
笑顔を浮かべていると、グラリスさんの表情が引き攣ったのがわかった。
「まぁ、返事をしなかった俺も悪かったとは思うけどよぉ……鉄の棒を投げつけたのはやりすぎた、すまん」
何故かグラリスさんが謝罪をしてきたので、気にしてないと返す。
「やだなぁ。そんなことどうだっていいんですよ。|そんなこと≪・・・・・≫はね」
グラリスさんが、ちらっと工房の奥に目を向けた。
僕の浴槽とシャワーは、きっとそこにあるのだろう。
「あっ、頼んでいた物は中ですか? どれどれ、では見せていただきましょうか」
ウキウキして、自分でも足取りが軽くなるのがわかった。
早く持ち帰って、熱い湯船に浸かりたい。
石鹸モドキとシャンプーモドキもできているはずだから、たくさんの泡で思う存分体と頭を洗うんだ。
想像するだけで頬が緩んでしまう。
「いや、ソーヤ。あのな……」
グラリスさんが声をかけて手を伸ばしてくるが、さっと躱して奥へ進む。
【気になります!!】
≪聴覚拡張≫が土を蹴る音を聴き取り、≪気配察知≫がグラリスさんの逃亡を知らせてくれた。
なので、僕は瞬時に追いかけて背後から拘束する。
「グラリスさん、そんなに急いでどこに行くんですか?」
「放せっ! 放してくれ! 話せばわかる。俺だって頑張ったんだよ!」
どこに行くのかと尋ねているのに、口から出てくる言葉は回答ではなく別の物。
とにかく、僕の浴槽とシャワーにご対面といこうじゃないか。
暴れるグラリスさんを引きずり、工房の奥へ。
そこには……作りかけの浴槽とまだ部品だけのシャワーらしきものが、地面に散らばっていた。
「グラリスさん……浴槽とシャワーは?」
「お前の目の前にあるだろ」
力を抜いた一瞬の隙に僕の拘束から抜け出し、開き直った態度でグラリスさんが言う。
「……2~3日でできるって……」
「まだ2日目だろ? 明日にはできるぞ」
「今日は3日目ですよ?」
「何言ってんだよ。一昨日頼まれただろ? もう忘れたのかよ?」
グラリスさんが馬鹿にしたような目を向けてくるが、僕は間違ってなんかない。
「一昨日頼んだから、昨日が2日目、今日が3日目じゃないですか?」
「おまえ……依頼を出した日を1日目にカウントすんなよ! きたねーぞ!」
グラリスさんが怒鳴るが、僕は何も間違ってない。
依頼を出した日が1日目、よって今日は3日目だ。
2~3日と言われていたので、2日目の昨日は我慢した。
よって3日目の今日はもう我慢しない。
我慢する気はないのだ。
「……3日目……僕の浴槽とシャワー」
「いや、あのな。明日にはできるから。昼前には完成させておいてやるからよ」
「……」
「ちっ、こんなことなら昨日、朝まで飲むんじゃなかったぜ。二日酔いで調子が悪いっていうのによ」
小声で呟いたつもりなのだろう。
声に出したつもりもなく、ため息交じりに心の中で呟いたつもりだったのかも。
でも、僕の優秀なスキル≪聴覚拡張≫はその呟きを僕の耳に届けてしまった。
よって、知ってしまったのだ。
僕の浴槽とシャワーを作るべき時間を、酒を飲んで無駄に過ごしていたということを。
「お酒、飲んでいたんですね」
ボソッと囁くように呟くと、
「げっ、おまえ、なんでそれを!?」
語るに落ちるとはこのことだ。
僕は笑顔を浮かべ、グラリスさんに向かって一歩踏み出した。
「さ、グラリスさん。作りましょうか?」
「作るって言ってもよぉ。まだ半分もできてねーぞ?」
「半分できてるなら、残りもすぐにできますよね? 僕も手伝いますから」
地面に落ちていた金槌を手に取り、クルクルと回転させる。
「さっ、グラリスさん。作りましょうか?」
「……」
「さぁ! グラリスさん! 作りましょうか!!」
それから5時間後、僕は台車に浴槽を乗せて、宿までの道を歩いていた。
シャワーは明日までに作ると約束してくれたので、とりあえず浴槽だけで今日は我慢だ。
浴槽を作り終えたグラリスさんは、地面に倒れて動かなくなったので上から布をかけておいてあげた。
風邪をひいたらかわいそうだ。
僕のシャワーが作れなくなってしまう。
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