73.美容師~穴掘りモグラを観察してみる
祝 1万ユニーク突破!!
いつも読んでくださる皆様のおかげです。
ありがとうございます。
「ソーヤさん、昨日はお疲れさまでした」
カウンターに立っていたマリーが、僕を見るなりそっと囁いた。
僕が苦笑して返すと、マリーも同じような種類の笑みを浮かべる。
僕達二人だけの秘密は、お互い早く忘れた方が心の平穏の為にも良いので、これについてはここまでとする。
「さて、本日はどうしますか?」
「そうだねぇ、今日も何か討伐系をお願い」
「はい、そうおっしゃると思って、すでに決めてあります」
予め準備しておいてくれたようだ。
カウンターの上を羊皮紙が滑ってくる。
なになに……今日の討伐相手はモグラ?
モグラって土の中に居て、めったに地上に出てこないやつ?
「不思議そうな顔をして、どうかしたんですか?」
「いや、モグラって魔物なの?」
「はい、立派な魔物ですよ。正式名称は『穴掘りモグラ』と言います」
穴掘りモグラって、穴を掘らないモグラはもうモグラではないような……。
ますます微妙な顔をする僕に、マリーが魔物の詳細を説明してくれる。
「この魔物はFランクの魔物です。
迷彩ミミズクと同じく、あまり向こうから攻撃をしかけてくるタイプの魔物ではありませんが違う点は、発見されても攻撃的にならないで常に逃げようとするので、討伐するのが難しいと言われています」
常に逃げ腰なのに魔物なのか。
魔物にカテゴライズされる理由はなんなのだろう。
見分け方は赤い目と魔核結晶があるかどうかだっけ?
僕が今まで出会ってきた魔物は好戦的な魔物が多かったけど、そうでない魔物を倒す必要はあるのかな?
わざわざ逃げようとする相手を殺すのは、ちょっと心理的にもくるものがあるな。
弱い者いじめはあまり好きじゃない。
でも、マリーがわざわざ僕に薦めてくるのだから、何か理由があるのだろう。
「この魔物の攻撃手段というか逃亡手段なんですが、逃げる際に魔法を使ってきます。
とは言っても攻撃的な魔法ではなく地面の下に逃げるついでに土属性の魔法で穴を埋めようとするんです」
「魔物なのに魔法を使うの?」
「使いますよ。高ランクの魔物程、魔法を使う相手が増えてきます」
「Fランクの魔物だと?」
「珍しいですね。穴掘りモグラの他には2~3種くらいでしょうか?
ただ、そこまで威力のある魔法は使えませんし目くらましとか脅かす程度なので、あまり気にすることはありません。
DランクやCランクの魔物になってくると、殺傷性の強い魔法を使ってくる相手が増えるので注意が必要ですが。
というわけで、魔法の知識がないソーヤさんに、魔法というものがどういうものなのか実際に体験してもらうのが今回の目的となります。
今、ソーヤさんの師匠になってくれる人を探していますが、魔法を見た事があるのとないのでは修行のスピードにも影響があると思いますので」
「そういうことなんだ。わかったよ。いつもありがとう」
「いえ、気になさらないで下さい。わたしが好きでやっていることですから」
魔物図鑑で穴掘りモグラの特徴を確認し、ギルドを出て街の門を潜る。
生息地は北西のニムル平原。
一角兎がいた場所だ。
草が疎らに生えた地面に拳大の穴を見つけたら、その周囲を歩きまわっていると穴からひょっこりと顔を出すらしい。
歩くのが面倒ならば、木の枝か適当な何かで穴の周囲を叩いても可。
つまり、自分の巣穴付近の振動を察知してやってくるのだ。
そして顔を出した穴掘りモグラをすばやく捕まえて地面の上に引っ張り出す必要があるのだが、これが難しいとのこと。
少しでも危険を察知すると、すぐに穴の中に引っ込み、しかも土属性の魔法で穴を塞ごうとするから簡単に逃げられてしまう。
一番ポピュラーなやり方だと、穴の周囲をパーティー数人で取り囲み、モグラ叩きの容量で顔を出した瞬間に、皆で一斉に手を伸ばして地上に引きずりだす方法がある。
でも相手だって警戒をしているので簡単には捕まらないし、仮に捕まったとしても鋭い爪で引っ掻いてきたり、土属性の魔法で土をばら撒き、眼潰しというか抵抗の限りを尽くすのであまり人気のない討伐対象なのだ。
殺傷能力が少ないのでルーキーの冒険者にはお手頃なのだが、小さな傷や装備が泥だらけになるので女性は特にやりたがらないし、毎日清潔にする習慣のない男性にも敬遠されがち。
しかも、捕まえるまでが大変という、利点の少なさ。
僕だってマリーの推薦がなければ手を出さなかっただろう。
マリーが言うには、滅多に捕獲することはできず、確かな生態もあまりわかっていないとのこと。
なので、
「討伐依頼として受けて頂きますが、たぶん一日頑張ったとしても、1匹も倒せないかもしれませんが落ち込まないでくださいね」
と言われている。
でも相手から攻撃してこないというのは安心できる。
物は試しと言うし、最初は手を出さないでじっくりと観察してみることにした。
なるべく近くで見たいので、穴のそばに中腰になり、ここまで来る途中で拾っておいた50センチ程の木の棒で地面をトントンと叩く。
しばらく待っても現れないので、またトントン。
10秒……20秒……30秒……トントン……出てこない。
どれくらいの頻度で叩くべきなのだろうか?
情報がないので、自分で試行錯誤を繰り返し、探るしかないのだ。
でも、僕はそういう作業は嫌いではない。
割と好きな方の部類に入る。
こういう時は、相手の立場になってみるといい。
穴掘りモグラになりきって、自分だったらと考えてみるのだ。
まず、周囲の物音や振動に反応して地面から顔を出すのは何故か?
好奇心旺盛な魔物なのだろうか?
自分の巣の周囲が気になる?
何が起きているのか確かめたい?
一人の女神様が思い浮かび、まさか魔物なのにリリエンデール様の加護持ち?
まさかそんなわけないよね、と打ち消した。
でも、地面の下にいれば安全なのに、わざわざ危険を冒してまで知りたいものなのか?
僕だったら、その場を動かずじっとしていると思う。
外に出なければならないとしたら、音や振動が離れていくまで地上には上がってこないはずだ。
だとすると……確認しにこないといけない理由があるのかも?
危険があるのを承知で、それでも何かを確かめたい、確かめなくてはいけないのではないか?
それが僕の出した結論というか推測。
《気配察知》と《聴覚拡張》のスキルを意識して、地面の下を探ってみる。
……何も感じない。
傍にいないのか、もしくは地中はスキルで調べられないのか。
まぁ、このままスキルを使いつつ再開してみるか。
木の棒を手に、穴の周りを叩いていく。
トントントン、トントントン、トントントン。
まだ《気配察知》には引っかからない。
トントン、トトン……トントン、トトン……トントン、トトン。
ただ叩くだけだと飽きてきたので、リズムを刻んでみた。
叩く場所も、時計回りにしたり反時計回りにしたり、ランダムにしてみたりと工夫する。
しばらくそうしていると、《聴覚拡張》が地中から小さな音を拾った。
カサコソカサコソ……《気配察知》も何かが近づいてくるのを教えてくれた。
ポーン、ポーン、
【スキル 聴覚拡張のレベルが上がりました】
【スキル 気配察知のレベルが上がりました】
よし、スキルも上がったし、そろそろ顔を覗かせるかもしれない。
中腰のまま移動し、叩く間隔を長くする。
用は穴から離れていく足音をイメージして木の棒を操る。
すると、ピョコっと穴から顔を出す存在が。
……モグラ?
モグラというよりもネズミ?
モグラとネズミを足して2で割った感じか。
昔テレビで見た穴を掘って地中に住むネズミを思い出す。
僕は木の棒で叩くのをやめて、こちらを見つめてくる穴掘りモグラを見つめ返した。
距離にして2メートルくらい。
スキル《観察》発動。
顔だけなので全体はわからないが、顔の大きさは中型の犬くらいだ。
長い鼻の顔はモグラかな……目は小さく赤い。
口は……よく見えないな。
頭頂部に二つネズミのような耳がある。
魔物図鑑にはこの耳は描かれていなかった。
マリーに教えてあげよう。
穴掘りモグラも僕が動かないので敵意がないとみなしたのか、たまに僕から視線を外し、鼻をヒクヒクさせ、周囲をを探るように耳を動かしている。
何かを探しているのか?
そのまま1分程、穴掘りモグラは地中に戻って行った。
一応とっさに動けるようにと中腰のままでいたが、地面に座り込んで煙草を一本取り出した。
火をつけて一服。
《気配察知》で周囲に魔物がいないことは確認し、穴掘りモグラの行動を思い出しながら考えることに集中する。
あいつは何かを探しているようだった。
問題は何を探しているか? だ。
……わからない。
もう少し続けてみるか。
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※短編連載、『五千円ぽっきりの探偵』はじめました。
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