71.美容師~ギルド職員達を騙しきる
……なんて足を踏み入れてみたら……ギラギラとしたたくさんの目に出迎えられた。
床には縄でグルグル巻きにされ、横たわったマリーの姿が。
ご丁寧に猿ぐつわまでされているので、何かを伝えようとしてくるが、
「むーむー」
としか聞こえない。
いつからここは誘拐犯一味のネグラになったんでしたっけ?
マリーの傍らで椅子にふんぞり返って座っているギルマスが、盗賊の親分にしか見えない。
羽ペンの羽で嬲るようにマリーの顔を撫でているシェミファさんは、親分の情婦?
無言で佇み鋭い眼光で睨みを利かせているキンバリーさんは、用心棒的な?
いったいこの状況はなんですか?
今すぐ回れ右をしてこの場を立ち去りたい衝動にかられるが、人質であるマリーを見捨ててはいけないので足は固定。
「よぉソーヤ、待ってたぜ」
ギルマスがゆっくりと椅子から立ち上がり、悪役全開で笑った。
似合いすぎて違和感がないのが怖い。
「マリーとこそこそ内緒話をしていたみたいだけど、俺達にもきっちりと説明してほしいもんだなぁ」
「むー! むーー!!」
寝転がったままのマリーが激しく首を振るので、髪の毛が乱れて人質っぷりが増している。
この茶番を続けるもの個人的には面白くもあるが、一部本気モードの人達もいるようなので、そろそろ終わらせることにする。
あれはきっと徹夜で資料作りをした人達のグループだろう。
こっくりこっくりと、立ったまま居眠りしている人がいる。
自分達の一夜の苦労が無駄になると思えば、無理もないだろう。
「で、何を隠しているんだ? 大事なことなんだ、正直に言ってくれ」
ギルマスが言葉を発すると、威圧するようにキンバリーさんが剣の柄に手を置いた。
「ソーヤ君、頼むから言う通りにしてくれ。実はね……うちにはもうすぐ子供が生まれるんだよ。わかるだろ? 家族が増えるんだから、お金がいるんだ」
キンバリーさんが言うと、次々に言葉が続く。
「お母さんが病気なんだけど、治療薬が高価なもので……」
「子供を学校に行かせる入学金に……」
「妹が結婚するんだが、たくさんのお祝いを渡してあげたくて」
「長年連れ添ってくれた妻に、プレゼントをしたくて……」
「狙っているアクセサリーがあって……」
「行きつけの店のリリーちゃんが、新しいバッグが欲しいって……」
「飲み屋のツケが溜まりすぎていて……」
「賭場で負けた借金の返済が……」
お金が必要な理由がツラツラ並ぶ。
前半の人はいいが、後半の人は正直自分でどうにかするべきだと思う。
あとでギルマスに報告しようと僕はそれらの人の顔を確認し、両手を上げて降参ポーズ。
「皆さんが何を誤解しているのかは知りませんが、僕は何も隠してませんよ。もちろん、そこにいるマリーも同じく」
同意するように、マリーがシェミファさんに向けて必死に頷きアピールする。
「とはいってもなぁ、素直にはいそうですかってわけにもいかねーんだよ。もはやそんな簡単な問題じゃねーんだ。わかるだろ?」
「わかるだろって言われても、僕にはこの状況自体がわからないというか……皆さん何をそんなに気にしているんですか?
先程、マリーから話の|経緯≪いきさつ≫は聞きましたが、僕は言われたとうり職業を決めて魔物を倒し、レベルを上げて戻ってきたんですよ? それに何か問題が?」
極めて冷静さを装い、何気ないように話す。
僕の態度に感化されたのか、ギルマスの体から無駄な力が抜けた。
「問題は……ねーな」
シェミファさんに横から肘で突かれて、
「ただし、それが本当ならだが」
慌てて付け足す。
「本当も何も、このギルドカードを更新してみればいいだけじゃないですか?」
ポーチから出したカードを、皆に見えるように掲げる。
距離はあるが、視覚系のスキル持ちがいて表示を見られると困るので、彼らには裏側しか見えないように。
「そうだな。なら、そのカードをこちらに渡してもらおうか」
シェミファさんがゆっくりと近づいてきて、僕の手からカードを受け取ろうとする。
するが、僕はさっとその手をかわした。
とたんに、見守っていた面々に緊張が走る。
「どういうつもり?」
シェミファさんの鋭い視線に貫かれながら、「誤解しないでくださいね」と固まっている人達に向かって歩き出す。
「少なくとも、僕が一番に見る権利があると思いませんか? 念願のレベルが上がったギルドカードを」
ちょっと苦しいかな。
でも、今このカードを誰かに渡すわけにはいかない。
だって、更新する前からレベルは2と表示されているわけだし。
見られたら大騒ぎだ。
「……まぁ、いいだろう。なら、ソーヤが機械にセットしろ」
ギルマスがシェミファさんに機械を持ってくるように指示するが、
「あっ、操作はマリーにお願いします。僕の専属はマリーなので」
遠回しに縄を外すように、と要求した。
ぐるぐる巻きでは、操作ができない。
「チッ」
舌打ちしたギルマスがキンバリーさんに目配せすると、ナイフで縄を切られたマリーが体をさすりながら僕の元へ。
「うぅ、酷い目にあいました」
涙目で、乱れた髪の毛を指と手のひらで直している。
「大丈夫?」
「はい、なんとか身の純潔だけは守りとおしました」
なん……だって!?
「……危なかったですけど」
目元を指で拭いながら、怯えるようにギルマスを見た。
「ゴルダさん、あなたまさか親友の娘に?」
ギルマスに視線を向けると、
「そんなことするわけねーだろっ!」
慌てて首を振られた。
「マリー、てめぇどういうつもりだ!」
「ソーヤさん、わたし怖いです」
僕の背中にマリーがさっと隠れる。
「ゴルダさん……見損ないましたよ」
「ふざけんな! マリーはずっとココにいたぞ!! 他の連中も同じようにココにいた。そんな状況で俺に何ができると?」
身の潔白を証明しようと、ギルマスが必死の形相で叫んだ。
キンバリーさんもシェミファさんも、証言を裏付けるように頷いている。
確かに、それが本当ならマリーの身の安全はなされている。
では、どういうことか?
背後に隠れているマリーが、ポツリと僕の耳元で、
「ギルマスがわたしの髪の毛に触りました」
うん……
「有罪です!」
僕だってまだ触っていないのに。
「なんでだよっ!?」
ギルマスがその場で足を踏み鳴らした。
職員達が一斉にギルマスから距離を取り離れていく。
「マリーがゴルダさんに髪の毛を触られたと言ってますが」
「触ってねーよ!」
「マリー? 触ってないって言ってるけど?」
「触りましたー。わたしが拘束されている時に、ギルマスの指がわたしの髪の毛の先に確かに触れましたー」
「それはお前が暴れるから、振り乱れた髪の毛の先が俺の指に当たっただけだろ? わざとじゃねーよ。事故だろ事故」
「そーゆうことですか」
僕はうんうんと納得したように笑い、
「わかっただろ? 俺はマリーに手を出してなんていねーよ。仮にも親友の娘だぞ。わかったら変な噂は立てるなよ? あいつの耳に入ったら何をされるか」
ぶつぶつと呟くゴルダさんに向けて、
「ゴルダさん、有罪です」
きっぱりと僕は告げた。
「なんでだよっ!!」
「奥さんに言いつけますから」
横からマリーが、べぇーと舌を出して付け加える。
「ふざけんな! 言うなよ! 絶対言うなよ!!」
ギルマスがマリーを捕まえようとするが、僕を壁にしてくるくると二人で追いかけっこ。
先程までの緊張した空気は、もうどこにもない。
今のうち、ということで僕はマリーにそっと目配せをし、機械にカードを差し込んだ。
すばやく機械に飛びついたマリーが操作を開始。
作業を始めてしまえばギルマスもおとなしくなり、周りの注目を浴びる中、更新終了。
マリーがカードを引き抜くと、僕に手渡したので確認する。
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名前 ソーヤ・オリガミ
種族 人間 男
年齢 26歳
職業:魔法使い
レベル:2
HP:30/30
MP:30/30
筋力:18
体力:18
魔力:20
器用:36
俊敏:20
スキル:採取《Lv4》、恐怖耐性《Lv2》、身軽《Lv2》、剣術《Lv3》、聴覚拡張《Lv3》、気配察知《Lv2》、投擲《Lv3》、集中《Lv4》、忍び足《LV1》、脚力強化《Lv3》、心肺強化《Lv2》、精神耐性《Lv1》
==
うん、これでよし。
あとは他の人にスキル構成を見られないように、スキルとステータスの表示が消えるまで待つこと1分。
「おい、どうだったんだ?」
待ちきれないようにギルマスが聞いてくるので、
「レベル2になってましたよ?」
当然のように返す。
「なら、早く見せろよ!」
僕の手から奪おうとするが、
「あと少し待ってください」
「なんでだよっ!?」
「だって、皆さん自分の目で確かめたいでしょ? まだステータスとスキルが消えていないんです。さすがに僕だって、こんなにたくさんの人に全てを知られるのは嫌ですからね」
「それは……確かにそうだけどよ」
僕の言葉が正論すぎて、ギルマスも我慢するのかと思えた。
だが、
「なら、先に俺だけに見せるならいいだろ?
マリーやキンバリーにも見せてるみたいだし、俺もギルマスとしてお前の今後の成長に対してアドバイスしてやることだってできるぜ?
俺ってば、元Bランクの冒険者だしな。もちろん、言いふらしたりなんかしねー。約束するぞ」
むむむ、今度はギルマスの言葉が正しいのかもしれない。
反論できない悔しさはあるが、彼ならいいだろう。
僕は背後に隠していたカードをギルマスに渡してあげた。
彼はそれを見つめること3秒。
「うおっしゃーっ!!」
両手を上げてガッツポーズだ。
「キンバリー! 確認しろ!」
いつの間にか真横に立っていたキンバリーさんがカードをのぞき込む。
「ああ……メアリー。生まれてくる子供の洋服を、好きなだけ買わせてあげるからね」
喜びに震えている。
「ちょっとちょっと、キンバリーさんに見せていいとは言ってないんですが」
「おまえらぁー! 臨時ボーナスの使い道を考えておけよー!」
形ばかりの文句を言ってはみたが、この言葉を聞いたギルド職員達全員が一斉に叫び声をあげたので、僕の文句なんて誰も聞いてはいない。
まぁ、いいか。
みんな嬉しそうだし。
これでマリーと僕の脅威は消え去った。
マリーも安心したのだろう。
微笑みを浮かべて、周りを見渡している。
ただ、小声で呟いてるマリーの言葉を≪聴覚拡張≫が拾ってくれたのだが、
「よかった……欲しい服があったんですよね」
……あれっ?
そこで僕は気が付いた。
ギルド職員には臨時ボーナス。
当然マリーも含まれるわけで……得してないのって僕だけなんじゃない?
僕には何もないわけ?
女神様……これってちょっと不公平では?
いつも読んでいただきありがとうございます。
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