70.美容師~偽装工作をする
「……説明を」
もはやマリーと僕の定番スポットとなりつつある冒険者ギルド脇の袋小路になった場所に着くなり、地の底から響くような低い声が聞こえたので、僕は無職のままで、昨日無事にレベルが2に上がったことを伝えた。
だからレベルが上がらなかった原因は、職業を決めていなかったこととは関係がないと。
最後に締めくくる僕の言葉は、
「これでマリーも仲間だね」
それに対するマリーはといえば、
「……知らなければよかったです」
打ちひしがれたように、力なくその場に崩れ落ちた。
「だから『知らない方がいいよ』って言ったのに」
「ギルマスになんて言えば……いえ、この際ギルマスなんてどうでもいいです。
昨夜から徹夜して職業の資料を作っていた職員達の血走った眼を思い出してしまうと……わたしには言えない」
ぶつぶつと呟き、小さく震えるとますます落ち込んでいった。
こんな姿を目にすると、なんとか助けてあげたいとは思う。
思うけれども、見てしまったのだから仕方がない。
知ってしまったのだから仕方がない。
こうなったら一蓮托生だ。
最後まで付き合ってもらおう。
「マリー、なんとかこのまま伝えない方向でいけないかな?」
「このままって……どうするんですか?」
「幸い、この件を知っているのは、僕とマリーだけなわけだし、このまま適当な討伐依頼を受けて、ギルドカードを更新して、『レベルが上がった、やったー!』ってのはダメかな?」
マリーはしばらくぼーっと虚ろな表情で宙を眺め、「ふふふ」と笑った。
「そうです! 今ならまだなんとかなります! ささっ、ソーヤさん早く行って下さい!」
「早く行けって、まだなんの討伐依頼も受けてないんだけど」
「依頼を受けなくたって、魔物の討伐はできるじゃないですか! 誰かに見つかる前に早く行って下さい! さっ、早く! 風のように可及的速やかに!!」
立ち上がり、体全体でグイグイ押してくる。
その必死さと不敵な笑みが怖くて、言われるままに駆け出そうとしたが、前方には障害物が現れた。
その障害物とは、マリーの先輩シェミファさん。
「マリー、何かトラブルなの? よければ相談にのるわよ。
ほら、今回の件は、あなた達だけの問題ではないし。言わばギルド職員全体の臨時ボーナスがかかっているんだから!」
何かおかしいと感じ取ったのだろう。
職員を代表して、シェミファさんが様子を見に来たようだ。
このまま真実を打ち明けるべきか、それともなんとしても隠し通すべきか……その答えはマリーが決めた。
凄まじい勢いのタックルと共に。
「ソーヤさん! ここはわたしに任せて早く行って下さい!!」
シェミファさんと二人してもつれ込むように倒れながら、必死の形相で叫んでくる。
「わたしのことは心配いりません! ソーヤさんはソーヤさんがやるべきことを!!」
女神様……マリーのテンションがおかしいです。
あなたについで、キャラが崩壊しています。
僕は天を仰ぎ心の中で呟いてから、覚悟を決めて駆け出した。
「マリー、君のことは忘れないよ! あとのことは僕に任せてくれ!!」
決めたよ、マリーのテンションに乗っかる覚悟をさ。
だってそうするしかないじゃん。
他にどうしろと?
とりあえず何か魔物を倒して、最速で戻ってくる事にしよう。
というわけで、スキル全開放!!
……あれから時間にしてだいたい1時間くらいだろうか?
僕は今冒険者ギルドの前に着いたところだ。
一度も足を止めることなく一時間も走りっぱなしだったので、途中で《脚力強化》と《心肺強化》のレベルが1ずつ上がった。
《気配察知》で見つけた一角兎を背後から一撃急襲!
そのまま耳を手づかみし、Uターンしてきたので、左手には一角兎の死体がぶら下がっていて、走りながら魔核と討伐部位の剥ぎ取りをしたせいか、僕の手を含めて血だらけ。
深呼吸を繰り返していると、ようやく息が整ってきた。
それにしても静かだ。
普段のような、うるさいくらいの喧騒がない。
念の為に《聴覚拡張》と《気配察知》を意識してギルド内部を探ると、たくさんの人の気配を感じるのに物音一つしない。
……マリーはどうなった?
マリーは無事だろうか?
一瞬彼女の無残な姿が脳裏に浮かぶが、いやいやと打ち消した。
そんな大げさに考えることはない。
同じ職場の同僚に酷い事なんてするわけないじゃないか。
きっと皆で僕のレベルが上がったお祝いをする為に、息を殺して待ち構えているに違いない。
さながら誕生日のサプライズパーティーを祝う友人達のように。
そうだ、そうに違いない。
さて、では出迎えられる僕はどんな対応をするべきか。
大げさに驚きつつも照れたように笑顔を浮かべるべきか。
はたまた恥ずかしそうに俯いて、皆に肩を抱かれながら迎え入れられるまで立ちつくすべきか。
……この世界にはクラッカーのようなものはあるのかな?
なくても魔法があるのだから、もっと度派手な演出だってあるだろう。
大きな音は苦手なんだよな。
体がびくっとしちゃうし。
まぁ、出たとこ勝負ってことで、気付かないふりをして中に入る事にしよう。
いつも読んでいただきありがとうございます。




