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女神様の美容師  作者: 獅子花
美容師 異世界に行く
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7話.美容師~この世界の問題に絶望する

 

 変態と(ののし)られ、僕の言葉は無視され続け、解放されたのはつい数時間前にいた牢屋の中だった。


「……もう来るなって言ったよな」


 (あき)れたように、牢屋番が言った。


「違うんですよ、誤解なんですよ」


「わかったわかった。いいからとりあえずここにいろ。俺は話を聞いてくるから」 


 疲れたように肩を落とし、牢屋番は行ってしまった。


 僕は牢屋の中で座り込み、その背を見送った。

 

 またここに戻ってきてしまった。

 途方(とほう)に暮れていると、牢屋番が戻ってきた。


「お前、自分が何をしたか分かってるのか?」


 その声には、さっきまではなかった怒気が感じられる。


「何って、僕が何をしたって言うんですか? 

 あ、もしかして勝手に道で商売をするのって禁止とかですか? 

 だったらもうしませんので、どこか許可をとれる場所を教えてもらえませんか?」


「……あまり反省してないみたいだな。テッドさんを呼んでくるから、ここで反省してろ」


 また行ってしまった。

 僕が何をしたっていうんだ。

 

 一日に二度目の冤罪(えんざい)で牢屋入りは、さすがの温厚な僕だって腹が立つ。

 それもこれも、十分な準備もなしに送り出してくれた、あの女神様のせい……


 不意に目眩と暗闇が僕を襲った。



 

 まぶしさに目を細めた。


「お待たせ」


 正面に立つ女神が微笑みを浮かべるが、何も言葉を発しない僕の不機嫌オーラを感じとったのか、


「……したのかな」


 引きつった笑みに変える。


「ごめんなさいね、急にあのお方がいらしたから」


 言い訳がましく両手を合わせて謝罪してくる。


「はぁ、もういいですけどね。なんとなく時間がかかる気はしてたんで」


 怒っていても話が進まないので、不機嫌オーラを回収した。


「そう言ってくれて助かるわ。やっぱりあなたは優しいのね」


「優しいというかなんというか、女神様相手にただの人間一人が怒っても仕方がないと思いませんか?」


「そういうもの?」


「そういうものです」


「そう」


 女神様は、うんと頷き、


「まぁ、座って」


 テーブルを挟んで2脚ある椅子に手で(うなが)した。


 僕が椅子に座るのを待って、女神様も腰を下ろす。


 テーブルの上には、液体の入ったコップが二つ置いてあった。


「どうぞ」


「いただきます」


 ちょうど喉が乾いていたので、一口飲んでほんのりと酸味と甘味を感じた。


 冷たい水に果汁を絞ったようなものだろうか。


「じゃあ、仕切り直しね」


 女神様が話始める。


「ちょっとの間、過ごしてもらったと思うけど、(おおむ)ねこんな世界よ」


「……どんな世界なんですか?」


「あれっ、楽しんでたんじゃないの?」


「……今、二度目の牢屋にいるんですが」


「牢屋? どうしてまた。しかも二度目? ……牢屋が好きなの?」


「好きじゃないですよ! なんか訳のわからないうちに、気がついたら牢屋に入れられたんですよ。しかも二回も!」


 僕は、急に草原に放り出されて狼と戦ったこと。

 

 街に着いたら首狩り族と間違えられて牢屋に入れられたこと。


 道で髪の毛を結うことでお金を稼ごうとしていたら、捕まって牢屋に逆戻りしたこと。


 時系列に説明して、


「どうなってるんですか、この世界は」とぼやいた。


「それは災難だったわね」


「でしょう?」


「でも……二度目はあなたが悪いのよ」


 苦笑混じりに告げられる。


「やっぱり、勝手に商売するのは禁止とかですか? でもそれくらいで牢屋に入れなくても――」


「違うのよ」


 途中で僕の言葉を遮り、女神様が申し訳なさそうに言った。


「あなたを呼ぶのに時間がかかったのはね、あなたのいた世界のことを勉強していたのもあるのよ」


「僕のいた世界?」


「そうよ。あなたにこちらの世界、トリーティアについて説明するのに必要かと思って、いろいろ比較する為に見ていたの。

 だから遅くなってしまったの。ごめんなさいね」


「そうですか……そういうことなら」


「それでわかったのだけど……あなたのいた世界と決定的に違うことが一つあるのだけど…‥‥」


 女神様が言いづらそうに言葉を濁す。


「なんですか? はっきりと言ってもらった方が、助かりますよ。

 これからこの世界、トリーティアですっけ? 

 とにかくこの世界で暮らしていかないといけないんだし」


 なかなか口を開こうとしない女神様を促して、教えてくださいと頼む。


「えーとね、とりあえず先に聞いておくんだけれど……あなたこの世界でやりたいこととかある? 就きたい職業とか」


「それはまぁ、できれば美容師の仕事をしようかと。

 僕には他にできることもないですし。ゆくゆくは自分のお店も持ちたいですし」


「ですよねー……」


「ええ、それが何か?」


「あのね、その仕事にも関係してくるんだけど……髪の毛のことなんだけど……」


「髪の毛ですか?」


「なんというか、この世界ではかなり大事にされていてね」


「大事に……いい世界ですね」


「そう、いい世界ね……じゃなくて、えーと、えーとね……ぶっちゃけ、他人の髪の毛に触れるのは禁止されています!!」


「…………はぁ………………えぇぇぇー!?」 


「だからあなたは美容師の仕事はできません! 以上、終わります!」


 言いきった、みたいな満足気な顔で女神様が流れてもいない汗を拭う仕種をするので、


「ちょっと待って! それどういうことですか? もっと詳しく説明を!」


 勢いよく立ち上がりすぎて、足がテーブルにぶつかってコップが倒れ中身がこぼれた。


「ちょっとちょっと、そんなに興奮しないで」


 どうどう、と女神様は手の平を僕に向けて、落ち着いてと立ち上がり、逃げるようにテーブルから一歩離れた。


「他人の髪の毛に触れるのが禁止って、どういうことなんですか!?

 それが本当なら、僕は髪の毛を切ることも、結うこともできないじゃないですか!!」


 テーブルを回り込み、少しずつ離れていく女神様に詰め寄る。


「待って待って、とにかく落ち着いて――」


「落ち着けるわけないでしょう! 何がいい世界だ! 

 こんな世界、僕にとっては地獄と変わらない。

 今すぐ、僕を元の世界に戻してください!」


「それは……できないわ」


「なら、せめて僕に他人の髪の毛に触れる許可をください! 

 女神としてそれくらいならできるでしょう! 

 仮にもあなたは女神様なんだから!」


 逃げ腰の女神様の肩を両手で掴み、懇願した。


「それも……できないわ……わたしには無理なの……」


「ならっ、なら……」


 それ以上言葉が出ずに、僕はその場に崩れ落ちた。

 女神様の体を滑り落ちた僕の手が地面に触れ、土を掻きむしってしまい、爪の間に鋭い痛みを感じた。

 

 両手を上げて、滲む視界で眺める。


 この手は指は、もう何も生み出せない。

 髪の毛を切ったり結ったり……嬉しそうにお礼を言って微笑む人を見ることはできない。

 

 終わった……僕の美容師人生は終わってしまった。

 

 例え地球での僕が死んでしまっても、こちらの世界で美容師として生きていこうと思っていた。

 人がいるのなら、何も変わらないと。

 

 どこか楽観的に考えていたのだろう。

 トリーティアと呼ばれる世界で自分の店を出せばいいだけだと。

 むしろ、自分の技術がどこまで異世界で通用するのか、楽しみにしているところもあった。

 

 子供の頃から美容師になるのが夢だった。

 自分のお店を出すのが夢だった。

 その為だけに努力してきた。生きてきた。

 

 やっと叶ったと思ったら、女神のミスで死んでしまった。

 お詫びに異世界に転移することになった。

 

 ここで生きていこうと思った。

 腐らずに生きていくつもりだった。

 

 それが……美容室をオープンするどころか、他人の髪の毛に触れるのが禁止だと――僕の生きがいは何もない。

 

 もうこの手は、指は必要ない。

 宙に浮いていた両手を力いっぱい地面に叩き付けた。




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