69.美容師~職業を決める
「で、ではソーヤさんの就ける職業を見てみましょうか! きっと魔法使いもあるはずですよ!!」
空気を読んだかのように、ギルド職員の一人が、ギルドに登録した時に使用した青銀色の機械と、新しい緑色のカードを持ってきてくれテーブルに置いていった。
手を出してくださいね、と言われ機械に手をのせると、マリーが新しいギルドカードを機械に差し込み、手慣れたように操作をする。
指先にチクッとした痛みが一瞬。
ふわっとした緑色の光が手のひらを包み込んだ。
「はい、手をどけてもいいですよ」
機械から吐き出されたカードをマリーが眺め、
「やっぱり……異常なほど多いですね。この人はいったい何者なんでしょう」
小さく呟いた。
「魔法使いはあったかな?」
聞こえないふりをしつつ僕が尋ねると、
「魔法使いどころか、お好きなものを選び放題ですよ」
テーブルの上に置かれたカードいっぱいに職業の名前が並んでいた。
上から、戦士、格闘家、魔法使い、探索者、軽業師、薬師、細工師、錬金術師、商人……キンバリーさんオススメの暗殺者まである。
美容師は……やっぱりないか。
この世界での職業として認定されていないのが原因なのだろうか?
だとしたら、とりあえずこの中で無難なものを選んでおくべきか。
何度も眺め返していると、下から2つが読めないことに気が付いた。
どちらも『???』となっている。
これはなんだろう?
「ささっ、こんなにあるんですから、お好きなものをちゃちゃっと選んじゃいましょう」
どこか投げやりなマリーに促されて、上から簡単に職業の説明を受ける。
ひとつひとつメリットと、あるならデメリットを教えてもらい、残りは2つ。
けれど、
「これで全部ですね。どれにするか決まりましたか?」
『???』については何もない。
「マリー、この下2つの『???』は何?」
「どれですか? 下2つ? 『教育者』と『按摩師』ですか? 今説明したじゃないですか? 聞いてなかったんですか?」
唇を尖らせて不満顔。
皆に注目されながら大量の職業について説明を続けた疲れとストレスが溜まっているのか、ご機嫌ななめ気味だ。
「その2つについてはちゃんと聞いてたよ。僕が言っているのは、ココのことなんだけど」
ギルドカードの『???』部分を指さした。
なのに、
「どこですか? ココ? ……何もありませんけど?」
「何もない? ココだよ、本当に?」
「ええ、わたしには何もないように見えるのですが、何かあるんですか?」
どうやらマリーには見えていないようだ。
だとしたら、これ以上続けても意味はない。
「ごめんごめん、見間違いみたい。疲れているのかな」
手のひらで目をこすり、苦笑して謝る。
マリーはしばらく訝しげに僕を見ていたが、ため息をひとつ。
「では、ソーヤさん。どの職業に就きますか?」
「そうだな……魔法使いにしてみようかな。職業を魔法使いにすれば、すぐに魔法が使えるようになるの?」
「いえ、魔法を使うにはそれなりの修行が必要ですね。
王都なんかだと専門の学校があるんですが、学校に行かない場合は、師匠を見つけて教えてもらわなければいけません。
ソーヤさん、弟子を取れるレベルの魔法使いか魔導師の心当たりは?」
魔法について知ったのがつい昨日のことだ。
心当たりなんてあるわけない。
「ないよ。ギルドからの紹介制度とかはないの? もしくはマリーの知り合いとか」
「もちろんありますよ。冒険者ギルドに登録されていて魔法を教えることのできる魔法使いか魔導師の方をご紹介してもいいですし、個人的にわたしの知り合いにも魔法使いは何人かいますので」
魔法使いになったのに魔法が使えないんじゃ意味がない。
なんとかなりそうでよかった。
「なら、僕は魔法使いの職業に就きます」
「はい、承知致しました。ではソーヤさんの職業を魔法使いで登録します。
もう一度手のひらをここに……完了です。これで今からソーヤさんは魔法使いとなります。お疲れさまでした」
機械からカードが吐き出されたので、マリーより先に横からさっと手を伸ばして奪い取り、
「本当だ! 魔法使いになってるよ! ありがとう。マリーのお蔭で念願の魔法使いになったよ! 頑張って魔法を覚えるからね!」
満面の笑顔ではしゃいで見せる。
一瞬むっとしたマリーだが、
「そんなに喜んで頂けてわたしも嬉しいですよ」
仕方ないなぁ、なんて笑ってくれた。
ただ、
「一応、確認の為に見せていただいてもいいですか?」
チラッとカードを確認する。
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名前 ソーヤ・オリガミ
種族 人間 男
年齢 26歳
職業:魔法使い
レベル:2
==
うん、見せられないな。
「大丈夫、ちゃんと魔法使いになっているから。これは失くさないように大事にしまってと」
言葉に出しながら、革の小袋に入れた。
職員としての義務を果たす為なのか、マリーが食い下がってこようとしたが、階段の方に視線を向けて、小さくため息をついた。
横目でうかがうと、怖い顔をしたギルマスが人差し指をクルクルと回している。
こちらの世界でも、『急げ』または『巻いていけ』の意味なのだろうか?
とにかく助かった。
「そうですか。どこか不備があればいつでも言って下さいね。では古いギルドカードを破棄するのでお渡し下さい」
「……どうやって破棄するの?」
「真ん中からバッツリと切断して、焼却処分ですけど、どうしてそんなことを?」
「いや、ちょっと気になったというか、聞いてみただけだよ。
なら僕がカードを切断してもいいかな? 前からカードの耐久テストをしてみたかったんだよね。いやぁ、いい機会だし、楽しみだなぁ」
カードを取り出し、裏を向けてテーブルに置き、急いで抜いた短剣を叩きつけようとした。
けれど、
「ストップ!!」
条件反射的に、マリーの声で動きを止めてしまった。
「な、何かな? 急に大きな声を出してビックリしたよ」
「ビックリしたのはわたしの方ですよ。そんなに焦ってどうしたんですか?」
「焦ってなんかないよ。日頃からの探究心が満たされるのが嬉しくて、つい先走っちゃったのはあるけど。
もういいかな、早く耐久の確認をしたいんだよね。あっ、ここでやると邪魔になるのなら、ちょっと外ですませてくるから」
席を立ちテーブルに押さえつけていたカードを持ちあげようとしたが、一瞬のうちに僕の手の上にはマリーの手が。
「ソーヤさん……何か隠してますね? 素直に言った方が身の為ですよ」
「何も隠してないよ。マリーはそんなに僕の事が信じられないの?」
真剣な声音で言うが、僕の視線は重なった手からは離れない。
本来ならマリーの目を見つめて言うのが潔白の証になるのでそうするべきなのだが、きっと今のマリーの顔は笑顔だと思うから……もちろん例のヤツね。
「……ソーヤさん。怒らないから正直に」
「怒らない?」
「はい」
「本当に?」
「はい」
「後悔するよ?」
「後悔ですか? ソーヤさん、いい機会だからわたしの中の格言を一つご教授しましょう。『知らないで後悔するよりも、知って後悔すること』です」
「……わかったよ、マリー。なら僕からも格言を一つ。
『世の中にはね、知らないですむのなら、知らない方が良かった』ってことがるんだよ。あと、叫ぶのだけはやめてよね」
僕がマリーの手をそっとどけて、伏せていたカードをひっくり返すと、マリーは目を細めてカードに目を落とし、「えっ!?」と一言。
そして、
「ソーヤさんっ!!」
僕はあらかじめ準備していたので、焦らずマリーの口を手のひらでおおう。
ギルド職員から険しい視線が飛んでくるが、マリーが大人しくされるがままなので駆け寄ってくる者がいないのだけが救いだ。
「……ここじゃなんだし、外で話そうか?」
どういうことなんですか? と目で問いかけてくるマリーを促し、二人して足早にギルドをあとにした。
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