59.閑話 リンダ~ソーヤについて考える
ソーヤが帰ってしまうと、メイは急に元気をなくしてしまった。
まだ昨夜の疲れが残っているのかもしれない。
今日は早めに寝るように告げると、軽い夕飯を食べてすぐにベッドに潜り込んでいった。
数分して見に行くと、すでに眠りについたようだ。
瞼を閉じて、規則正しい寝息。
髪の毛が顔にかかって邪魔そうなので、指でそっとどかしてやった。
ほんのりと赤みを帯びた茶色の髪の毛。
この髪の毛のせいで、あいつはこの子を攫っていこうとしたらしい。
いや、あんな男を信じて大事な我が子を預けたあたしが一番悪いんだ。
責任転嫁も甚だしい。
唇を噛み締めて、二度とこの子を危険な目にはあわせないと心に刻んだ。
一歩間違えば、会って抱きしめることができなかったのかもしれないのだ。
会えたとしても、冷たくなって話さないし笑わない我が子だったかもしれないのだから。
ソーヤには感謝してもしたりない。
彼が困ることがあったら、あたしはなんだってする覚悟がある。
あたしの体でも求めてくれれば話は簡単だったのだけど、いくら誘ってもなびかない。
いや、なびかないというよりも奥手なのかしら?
20歳そこそこかと思えばしょうがないとも思えるが、まさか26歳だったなんて。
童顔にも程がある。
あたしと2歳しか変わらないじゃないか。
でもこう考えれば逆に都合がいい。
2歳年上の女房なんて、ちょうどいいんじゃない?
さすがに8歳も年下を誘惑するよりかは、何倍もマシだ。
世間体だって気にしなくてすむ。
あたしに魅力があるって言ってくれたことだし、諦めずにに気長に誘惑するとしよう。
メイだって、あんなに懐いているし、本当の父親になれば喜ぶはずだ。
そう思うと、俄然やる気がでてきた。
女なんて捨てたつもりだったけれど、明日からは肌の手入れだって気にしなければ。
それにしても、ソーヤは不思議な男だ。
テッドに知っている限りの情報を教えてもらったが、彼もあまりソーヤについては知らないようだった。
この街に初めて来た時からの知り合い? らしいが。
見てくれだって悪くないし、冒険者になりたてでまだFランクのくせに、Eランクのマッドウルフをソロで討伐してしまう。
それにどうやら変わった知識の持ち主みたい。
あのインクの調合方法……明日、職場の主人に相談してみよう。
テッドの言う通り、かなりの優良物件だ。
冒険者ギルドの受付嬢のマリーだっけ……あんな小娘一人がライバルなのはラッキーともいえる。
本来なら競争率2倍で済むような相手ではないはずなのだ。
顔が良くて、強くて、稼ぎが良くて、優しい。
そう、優しすぎるくらいに底抜けに優しいのだ。
メイの為に、マッドウルフの縄張りに一人で走ってくれるような男なんだ。
欠点といえば……やたらとメイの髪の毛に触りたがること?
どういうことなのだろうか?
どこか遠くから来て、最初は知らなかったが、今はこの世界の禁忌は知っているようだった。
それでも禁忌を侵してまで髪の毛を触りたがる。
まさか、小さな子供好きの変態?
いや、でも時折あたしの胸や足をチラチラと恥ずかしそうに視線で追っているのは気がついていた。
見せる為にわざとやっていることなので、あたしはしめしめなんて思っていたが、大人の女の体に興味はちゃんとあるようだ。
そういえば、メイはなんて言っていたっけ?
どんな風に髪の毛を触られたんだい? って聞いたら、頭を撫で撫でしてもらった。
そう答えていた。
頭を撫でる?
髪の毛を触るのが好きなのではなく、頭を撫でるのが好きなのか?
あの男がメイの頭を触っていたのは、お金になる髪の毛を欲望に塗れた気持ちで触っていたのだろう。
では、ソーヤはなんの為に、メイの頭を触っていたのだろうか?
頭を撫でると、何があるのだろう?
わからない。
なら、試してみればいい。
自分の子供の頭に触れるのは、禁忌ではない。
思えば、メイの頭や髪の毛にあまり触れた覚えはない。
もっと小さな頃は、髪の毛を洗うのによく触っていたが、今では自分で洗えるのでその機会がないのだ。
手を伸ばしいざ触れようとすると、なんだか悪いことをしているような気がするから不思議だ。
そっと指先でおでこと前髪に触れる。
そのまま上に移動し、手の平で優しく撫でてみると、メイの顔が安心したように緩んだのがわかった。
微笑みを浮かべ、ふふっ、と小さく笑っている。
それを見て、味わったことのないような気持ちになった。
メイの頭は温かかった。
サラサラした髪の毛の手触りの下に、なんとも説明できない温源がある。
これが命ということ?
愛おしさが込み上げてきて、起こしても構わないと思い、メイの頭にほお擦りをしてみた。
少し身じろぎしたが、眠りは深いようで目覚めない。
頭のてっぺんに鼻をくっつけて匂いを嗅いでみた。
春の匂いを感じた。
意味もわからず、涙が出そうになった。
土の中から出てきたばかりの草木の新緑のような……太陽に光を浴びた洗濯物の匂いのような……そうか、ソーヤはこれが好きなのかな?
勝手に一人納得して、そのままメイを抱き抱え、横になった。
今はこのまま眠りたかった。
こんなにいい気分になったのは、久しぶりだったから。
誰にも何にも邪魔されたくない。
こんな気持ちになるのなら、ソーヤにもここにいてほしいな。
そうすればもっと幸せな気持ちになるのだろうか。
最後に頭に浮かんだのは、そんな疑問だった……。
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