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女神様の美容師  作者: 獅子花
美容師 異世界に行く
57/321

57.美容師~ウッカリで受付嬢の逆鱗に触れる

 

 冒険者ギルドに着いたけれど、すぐには入らず壁際からそっと中をうかがってみた。

 受付にはマリーが立っていて、書類に何か書き込んでいるようだった。

 

 約束通り、まだ夕方の範疇(はんちゅう)には入るから特に怒られることはないと思うのだけれど、ちょっと入りにくいというか顔を合わせずらいというか……正直このまま宿屋に帰りたいのだ。

  

 けれど、マリーと約束をしたのも事実だし、そもそもまだ謝罪をしていないのを思い出してしまったので、重い足を無理やり意志の力で動かして中に入った。

 

 すぐさまマリーの視線が僕を射抜いて、ほっとしたような笑顔を向けられる。

 もしかして、もう怒っていないのかな?

 

 だとしたら、わざわざ謝る必要なんてないのかも。

 我ながら自分に甘い考えが頭を(よぎ)るが、今後の為にもきちんと謝っておこうと考えなおす。


「ソーヤさん、お帰りなさい。どうやら無事に魔境から戻ることができたようですね。安心しました」

 

 魔境って……リンダさんの家はそこまで危険な場所なのか?

 家ではなくて、リンダさん本人が、ということなのかもしれないが。

 

 いや、本当の意味で本気になったメェちゃんには勝てる気がしない。

 そんな二人が住む家は、マリーの言葉の通り、魔境と呼んでも間違いではないのかも。


「もう少し来るのが遅かったら、迎えに行こうと思っていたんですよ?」


「僕だって子供じゃないんだからさ、そこまでしなくても大丈夫だよ」


「そうですね。ソーヤさんが子供だったら、ここまで心配しなくてもいいんですが。そもそも、ソーヤさんがもっと毅然(きぜん)とした態度で接してくれればいいんですけどね」

 

 マリーの目がどんどん細くなっていく。

 やばい、これはあの笑顔の兆候だ。

 急いで会話の内容を変えることにする。


「そうだ! ここにマッドウルフの討伐証明があるんだけど」


「そうでした! Eランクの魔物ですから、今までよりも高額買い取りになりますよ。とりあえず、ここに素材も含めて全部出してください」

 

 言われた通りに、右耳と牙を4本カウンターに並べた。


「……1匹分ですね。二匹いたんじゃなかったですっけ? もう一匹分はどうしたんですか?」


「あっ……取り忘れた」


「……一匹分しか取ってないということですね? 牙が4本ありますが、爪は? 眼球は?」


「…………牙だけです」


「………………魔核結晶は?」


「………………取り忘れました」


「……」


「……」

 

 マリーの顔を直視することができず、僕の視界にはだんだん冒険者ギルドの床が増えていく。

 

 あー、やっぱり受付の前はみんなが立ち止まるから汚れているなぁ。

 

 この世界には汚れの良く落ちる洗剤はあるのかなぁ。

 

 とりあえず、指で擦れば少しは綺麗になるかなぁ。

 

 牢屋番とテッドが壁の汚れを指で擦っていた気持ちが今ならわかる。


「ソーヤさん?」


「はい」


「バカなんですか?」


「そうかもしれません」


 バンッ、とマリーが両手でカウンターを叩いた。


「ふざけないでください!! 

 死にそうな目にあいながらマッドウルフを2匹も討伐して、剥ぎ取った素材が1匹分の耳と牙4本なんて、なんの為に命をかけて戦ったと思ってるんですか! 

 魔核結晶だけでも、自分がいくらの損をしたかわかっているんですか?」

 

 まるで自分のことのように怒ってくれるのは嬉しい。

 確かに剥ぎ取り忘れた僕が悪いのだし、かなりもったいないことなのだろう。

 

 でも、一つだけ言わせてもらいたい。

 何の為に命をかけたのか?

 それはもちろん、


「メェちゃんを助けるためだよ」

 

 顔を上げて見つめ返す僕に、マリーがはっとしたように息を飲んだ。

 そして、同時に続けようとした言葉も飲み込んだのだろう。

 大きく深呼吸を一つし、


「そうですね。ソーヤさんはメイちゃんの為にマッドウルフと戦ったんでしたね。まるでお伽噺の英雄みたいですね」


「英雄なんかじゃないよ。英雄だったら怪我なんてしないで、もっとかっこよくお姫様を助けられるはずさ。

 僕は傷だらけのボロボロで、しかもせっかく倒した魔物の素材も、魔核結晶だって剥ぎ取り忘れるくらしだし」

 

 自分で言っていて、間抜けさ加減に悲しくなってきた。

 ただ、そのかわりに僕とメェちゃん、二人の命が助かったとしたら安いもんだ。

 

 あのままあの場所で悠長(ゆうちょう)に剥ぎ取りなんてしていて、新たなマッドウルフに遭遇したら、無事に帰ってこられた保証はない。

 これでよかったんだと思いたい。


「せめて魔核結晶だけでもあれば……」

 

 マリーはまだ諦めきれない様子。

 ブツブツと呟いて、ため息をついている。

 かと思えば、


「カードを出してください」

 

 ぶっきらぼうに右手を差し出してきたのでカードを渡すと、銀色の機械にセットし操作をする。


「マッドウルフの討伐部位は確認しました。

 残念ながら1匹分なので、2匹目はカウントできません。本当はソーヤさんの言葉を信じて2匹にしてあげたいのですが、ギルドの規則もありますので、ごめんなさい」


「いや、討伐部位がないんだから、それは当たり前だよ。冒険者の口頭だけをいちいち信じていたら、討伐部位の意味がなくなるし」


「せめて魔核結晶が2つあれば、ギルマスを説得できたのに」

 

 だから魔核結晶にこだわっていたのか。

 金銭だけを惜しんでいたのかと思っていたのに、違ったようだ。


「マッドウルフ1匹の討伐依頼の完了となります。

 Eランクの依頼になりますのでFランクのソーヤさんはポイントが大量に入ります。2匹確認できれば、一気にEランクに昇格だったんですよ?」

 

 恨みがましそうに見てくるが、そろそろ諦めてほしい。

 僕はそっと目を逸らした。

 

 マリーの視線が頬の辺りに突き刺さっているうちは、意地でも動かないし口を開かないつもりだ。

 

 マリーもそれを察したのか、また小さく息を吐いた。


「カードの更新はしますか?」

 

 もう怒ってないですよ、と告げるかわりに、優しい口調に戻ったので安心して顔を戻した。


「うん、お願いするよ」


「見てもいいですか?」


「もちろん、どうぞ」




いつも読んでいただきありがとう。


誤字脱字、ご指摘頂けると助かります。


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