56.美容師~木の棒を避けたら怒られる
今回は短くて、すみません。
「こんにちは」
表にはグラリスさんがいなかったので、工房の奥に声をかけてみると、ガシャンガシャンっと音がして、グラリスさんが勢いよく飛び出してきた。
僕の目の前で立ち止まり、頭の先から足のつま先までを眺めると、持っていた木の棒を振りかぶり、思いっきり振り下ろしてきたので慌てて飛びのいた。
「何するんですか!?」
「何するんですかじゃねーよ! それに避けるな!」
確実に相手が悪いのに、より強く言われると自分が悪いような気がしてくるから不思議だ。
「いきなり殴りかかられたら、誰でも避けるに決まってるじゃないですか」
木の棒を手ににじり寄ってくるのを、後退しながら《観察》スキルで警戒する。
しばらくそのまま相対したが、諦めたようにグラリスさんはため息をついて木の棒を手放した。
「一発くらいぶん殴らせろよ。まったく……心配かけやがって」
背を向けて工房の入り口まで戻り、テーブルの上に腰かけた。
マリーにでも聞いたのだろうか?
どうやら心配してくれていたようだ。
心配かけたのは悪いとは思うけれど……、
だからって、あの勢いで木の棒で殴られたら怪我をしてしまうので、おとなしく殴らせてあげるわけにはいかない。
せめて拳で殴りかかってくれていれば……やっぱり痛いのは嫌なので必死で避けてしまう気がする。
「心配をおかけして、どうもすみませんでした」
せめて言葉でお詫びはしておこう。
「ふんっ、弱いくせに無理するんじゃねーよ! 防具だってボロボロじゃねーか。マッドウルフ2匹とやりあったんだってな」
「ええ、よく御存じで」
「今朝方、マリーが血相変えて飛び込んできたからな……あんまり心配かけるなよ。お前だって死にたいわけじゃねーんだろ?」
「それはもちろん死にたくないですけど」
「なら、今後は気をつけろ。それで、どうする?
胸当てはもう駄目だな。修理するより買いなおした方が早いし安いぞ。
肘当てと脛当ては傷くらいだから直してやる。
右の革の籠手もダメだな。新しいのと交換だ。
左の籠手は傷が結構ついてるな。その籠手がそこまで傷つくなんて、かなり無茶な使い方をしたんだろう?」
「はい。正直この黒曜の籠手がなかったら何度か死んでましたね。グラリスさんに言われた通り、使い潰すつもりで使わせてもらいました。
でも、お陰様で生きて戻ってくることができました」
「そうか……それも外して置いておけ。明日の朝までに綺麗に直しておいてやる」
外した黒曜の籠手を大事そうに受け取り、グラリスさんが感慨深げにそっと撫でいていた。
なんだか邪魔しちゃいけないようなを空気を感じ取り、
「では、お願いしますね」
頭を下げて冒険者ギルドに足を向けた。
背中越しに《聴覚拡張》が、小さな呟きの一部を拾ってくれた。
『……ソーヤを守ってくれてありがとうな』
それは、いつものグラリスさんらしくない、とても優しい声だった。




