52.美容師~幼女の家にお呼ばれをする
「リンダさん、ちょっといいですか?」
「なんだい、ソーヤ。今、この乳臭い娘の相手で忙しいから後にしておくれ。なんだったら、メイと先に家に向かってくれてもいいし」
「何を言ってるんですか! ソーヤさんダメですからね。家に入ったら最後、二度と出てこれないと思ってください! わたしがこの年増から助けてあげますから、安心してここにいてください!」
「年増だって!? あんた誰のこと言ってんだい! まさかあたしのことじゃないだろうね?」
「えー、誰のことですかねー。わたしの前にいるおばさんはピチピチのわたしと比べた年増かもしれないですねー」
ダメだ。マリーのテンションがおかしなことになっている。
口調といい、薄い笑い方といい、煽り方がハンパない。
ついにリンダさんの限界が来たようだ。
マリーの頬に向かって風を切る手の平をなんとか寸前で受け止めた。
避けることも瞬きすることもなく睨みつけるマリーの豪胆さが凄いのは置いておいて、なんとか収集をつけるしかない。
「リンダさん、やり過ぎですよ」
本人も咄嗟に手が出てしまっただけなのだろう。
バツが悪そうに唇を噛み締め、「悪かったよ」と呟いた。
マリーにも、「言い過ぎだよ」と釘を刺すと。
「ごめんなさい」下を向いてしまう。
とは言っても、原因ははっきりしない僕なわけで、マリーは助けてくれようとしただけなのだから、後でお礼を伝えるのは忘れないようにしよう。
改めて、
「リンダさん。僕のことをそこまで信用してくれるのは嬉しいのですが、結婚についてはお断りさせてください」
「そうだよね。こんなおばさんじゃ嫌だよね。つい年甲斐もなく悪かったよ」
「いえ、そういうことじゃなくて、リンダさんはとても魅力的なんですが、僕はまだ結婚なんて考えていないというか、まだやるべきことがあるのでここに定住するかどうかも決まっていないんですよ。
だから今結婚なんて言われても困るというか……リンダさんに魅力がないわけではないので」
「そうかい? あたしにも魅力はあるって言ってくれるのかい? なら、諦める必要はないってことだよね?」
目に力を取り戻し、しなだれかかってくるのをマリーが間に入って防ぐ。
「リンダさん、いちいち触らないでください。ソーヤさんも避けるとかできないんですか? 仮にも冒険者でしょう! 一般人の動きを避けるくらいできて当然のはずですよ」
怒られてしまった。
マリーの言っていることはわかるのだけれど、リンダさんの動きは流れるように自然で、魔物の動きとは違うというかなんというか……言い訳をしょうと口を開きかけ、
「何か文句でも?」
笑顔を向けられ、
「今後努力します」
前向きな発言に変えた。
またもや一触即発な雰囲気を変えてくれたのは、メェちゃんの一言だ。
「ねぇ、お母さん。メェ、おなかすいちゃったよ。まだ帰らないの?」
さすがにマリーもメェちゃんに食って掛かるわけにはいかないようで、再度リンダさんにむやみに触れないようにと注意して、ギルドに戻って行った。
最後にくどいくらいに、
「夕方には帰して下さいね」
何度も念を押しながら。
ーーーー
メェちゃんと手を繋いで歩き、二人の家に向かう。
途中で新鮮な野菜、肉に魚等大量の食材を買い込んだせいで荷物持ちの僕の両手はいっぱいになり、手を繋げなくなってしまったメェちゃんが泣き出しそうに見上げてくるものだから、今は僕の背中でおんぶ状態。
買い物をするたびに店員から、「お父さんと仲良くお買いものかい? いいねぇ」
なんて言われてしまい、それにメェちゃんが、
「そうなの! すっごく優しくて、それに強いんだから!」
満面の笑顔で返すものだから否定することもできずに、苦笑いしかできない。
外堀がどんどん埋まっていってしまう。
リンダさんが、ニヤニヤと笑っているのが気になる。
このままではここらへん一帯のお店の人に、メェちゃんのお父さん認定されてしまいそうだ。
まさかこれも作戦の一環ではないだろうな……。
そうだとしたら……大人の女性は怖い。
かと思えば、両手や両足、体全体をバタバタと動かし、終始話しかけてくるメェちゃんのはしゃぐ姿を見つめるリンダさんからは母性のようなものを感じてしまい、先程までの妖艶な姿とは正反対でギャップ萌えというか、ぐっとくるものがある。
この二人に僕は勝てるのだろうか?
マリーの言うとおり、あれよあれよという間に、メェちゃんのお父さんになっている自分の姿が想像できてしまい、深いため息をついた。
夜までには絶対に帰ろう。
深い決意を胸に誓った。
「そこを右……次の角を左、そのまま真っ直ぐ」
メェちゃんのナビに従い二人の自宅に到着。
木造建ての一軒家だ。
中に入ると、8畳程のキッチン&リビングの部屋と寝室兼メェちゃんの部屋の1LDKタイプ。
初級から中級層の家族が暮らす一般的な造りの家らしい。
やはりお風呂等はなく、あとは汲み取り式のトイレがあるくらい。
申し訳程度に板で衝立があり、花柄のカーテンで視界を遮っている。
今までは家族2人暮らしで特にお客などが来ることがなかったので、これでも困らなかったとのこと。
一緒に住むのなら、もうちょっと内装をいじらないとね。
なんてリンダさんが意味深なことを言ってくるので聞こえない振りをしてスルーしたら、手ひどい反撃を受けた。
メェちゃんに何やら耳打ちしているかと思えば、顔を輝かせたメェちゃんが走り寄ってくるなり、
「お母さんが夜の為にはもう一部屋あった方がいいなら、引っ越してもいいよ、だって」
「……」
「夜になると部屋がもう一ついるの? 何に使うの? お兄ちゃんわかる?」
なんとも言えない表情で呆ける僕を見て、リンダさんがクックックと笑いをかみ殺している。
ねぇねぇ、と服の裾を掴んで聞いてくるメェちゃんに、
「それよりお腹が空いたね。メェちゃんはどう?」
「メェもおなかすいたよ。ぺっこぺっこだよ」
「だよねー。お母さんのご飯はおいしいんだよね? メェちゃんは何が好きかな?」
「メェはねー、お肉を焼いたやつも好きだけど、お魚を焼いたやつも好きかなー。お母さんの作るごはんなら、なんでも好きー」
両手を拳にしてブンブンと振り回す。
「リンダさん、期待していいんですか?」
「ああ、待ってな。すぐにあたしの料理でソーヤ胃袋をメロメロにしてやるからね」
袖まくりをして買ってきた食材をテーブルに並べ、料理に取り掛かる。
四角い木材のテーブルとシンプルな背もたれのついた椅子が3脚。
リンダさんとメェちゃん、あとは……父親の分か。
他の2つと比べると新品同然で、買ってきたばかりなのだろう。
傷や汚れが見当たらないし、値札がついたままだ。
この椅子を買って家に戻ってみれば、娘と父親はおらずお金も持ち去られていたと。
リンダさんの気持ちを思えば、触れられないな。
一人思い悩んでいると、
「新しい椅子があってよかった。お兄ちゃんの席はここね」
メェちゃんに手を引かれて、真新しい椅子に連れて行かれた。
自然と目があったリンダさんは一瞬悲しそうに眉を寄せ、値札をすばやく千切り取ると、
「メイ、その椅子はソーヤ専用だから。メイがソーヤの名前を書いてあげな! ソーヤの名前くらい書けるだろ」
「うん、メェ勉強たくさんしてるから書けるよ! 待っててね、すぐに書いてあげるから!」
隣の部屋に駆け込んでいく。
「いいんですか? 椅子に名前なんて書いて」
「いーんだよ。本当なら捨てたいくらいだけど、ソーヤが使ってくれるんなら、買っておいてよかったと思えるしね。
ただ、思い出すのも嫌だから、ソーヤの名前を書いておけば、ソーヤ専用に買ったということさ。さて、じゃああたしは料理に取り掛かるから、メイの世話は頼んだよ」
「ええ、それくらいお安いご用ですよ。代わりにおいしいご飯をお願いしますね」
「まかしときな。食べれないものや苦手なものはあるかい? もしくは食べたい物とか」
「特にないですね。お任せしますよ」
読んでいただきありがとうございます。
誤字脱字、ご指摘頂けると助かります。
感想、評価等頂けると、更新の励みになるので、嬉しいです。
※最新話の下部から行えます。
今後とも宜しくお願いいたします。




