51.美容師~幼女の父親になる!?
僕が天井を見上げ打開策を探していると、
気になります!
気配察知が部屋の入口に注意を促したので視線を向けた。
そこには、マリーが隠れるように顔だけ覗かせていたのだ。
助けて、と口パクで伝えると、「ゴホンッ」とわざとらしく大きな咳ばらいをしたので、皆の注目がマリーに集まった。
「テッドさん、状況がよくわからないのですが、説明をお願いします」
「ん、ああ……悪い。経緯はともあれ一見落着ってことだな。リンダもそれでいいんだろ?」
「ああ、それでいいも何も、娘の命の恩人に対してお礼も言わずにあたしは何をやっていたんだろうね。まったく恥ずかしいよ」
照れたようにはにかみ微笑むリンダさんが腕の力を緩めてくれたので、そっと体を押して距離を取る。
メェちゃんはくっついて放れないので、ズリズリと引きずられながら付いてきた。
「名前、教えてくれるかい?」
リンダさんに聞かれたので、
「ソーヤ・オリガミと言います」
一瞬顔色が変わったので、「貴族ではありません」と付け加えると、
「それじゃあ、ソーヤ。一緒にちょっと早めの昼食でもどーだい? メイの命の恩人の為に腕によりをかけて作るからさ。是非ご馳走させておくれ」
さっき朝食がわりのパンを食べたばかりだけど、まだお腹に余裕はある。
何より断られるなんてまったく考えていないだろうメェちゃんの、期待のこもった眼差しから逃げられそうにない。
「そうですね。では遠慮なくいただきます」
「そうこなくっちゃ。さて、食材を買いながら帰るかね。悪いけど荷物持ちを頼まれてくれるかい?」
「いいですよ」
嬉しくて小躍りしそうなメェちゃんに腕を引かれて部屋を出ようとすると、「そうだ!」
テッドが大きな声を出した。
「いいことを思いついたぞ」
一人で満足気に笑っているかと思ったら、飛んだ爆弾発言をしてくれた。
「リンダよぉ、この兄ちゃんを婿にでももらったらどうだ?」と。
「どうせこの嬢ちゃんの様子だと、今後もこの兄ちゃんにベッタリになりそうだろ?
また髪の毛に触れた触れないで騒ぎを起こした時にどうするか考えていたんだけどよ、この兄ちゃんが嬢ちゃんの父親になっちまえばどうだ?
全てすっきり落ち着くと思わねーか? 冒険者に成り立てだが、ソロでマッドウルフを倒すくらいだ。稼ぎも十分だろーぜ」
それを受けたリンダさんはというと、「その手があったか」
小さく呟いてメェちゃんとは反対側の僕の腕を抱え、
「よかったら夕食も食べていかないかい? 遅くなるようだったら泊まっていったらいいさ」
胸を押し付けウィンクを一つ。
「メイ、ソーヤがあんたのお父さんになってくれるかもしれないよ」
「ほんと!? ならお兄ちゃんじゃなくてお父さんって呼べばいいのかな? ちょっと恥ずかしいけど、メェ嫌じゃないよ」
素早い! メェちゃんまで使って、外堀を埋めようとしている。
「待って! ちょっと待ってリンダさん!! メェちゃんも、モジモジしてお父さんって呼ぶ練習しなくていいからっ」
二人を振り払うが、全然話を聞いてくれない。
三人で住むならもっと広い家に引っ越しをしようかとか、妹と弟だったら、どっちが欲しいとか、会話の内容がエスカレートしていく。
テッドは牢屋番にさすがです、とか褒められてうんうんと上機嫌で頷いている。
自分ではいいことをしたつもりなのだろう。
覚えてろ、いつかきっと復讐してやるからな……じゃなくて、今はそんな黒い気持ちを抱いている場合ではない。この状況をどうにかしなくては。
でも僕の話を盛り上がっている二人はまったく聞いてくれないし……
誰か助けて下さい。
救世主、この中に救世主はいませんかー!?
心の中で叫んでいると、
「ダメです! ソーヤさんが結婚なんてダメです! 認めませんよ!」
仁王立ちのマリーが大声を張り上げた。
ああ、マリー、僕はまた君に助けられるのだね。
「リンダさんもそんなに簡単に結婚なんて決めちゃダメですよ! ソーヤさんがどんな人かも知らないじゃないですか」
「どんな人かだって? メイを助けてくれた、優しくて強い人じゃないのかい?
何よりメイも懐いていることだし、根は悪い人間じゃなさそうだ。
確かに細かい性格なんかは知らないけど、それはこれからゆっくり知ればいいことじゃないか。時間はたっぷりとあるんだし、明日の朝には身も心も通じ合ってるかもしれないよ」
ねぇ、あ・な・た、なんて流し目をされても困る。
メェちゃんが真似して、ねぇ、お父さんと恥ずかしそうに見上げてくるので、可愛くて思わず頭を撫でそうになったじゃないか!
撫でた段階で受け入れ確定なんて、恐ろしい罠だ。
「ダメです、ダメダメです! ソーヤさんには結婚なんてまだ早いです! それに今夜は私が先に約束していたんですから、順番は守ってもらわないと、そうですよね?」
マリーに笑顔を向けられた……例の笑顔だ。恐怖耐性が上がりそうなやつ。
意識するより早く、僕の体は首を縦に動かしていた。
「マリーだっけ? あんたには冒険者ギルドで世話になったのは確かだよ、ありがとうね。ただ人の恋路にまで口をだすのはどーなんだい? ちょっとお節介過ぎないかい?」
リンダさんも顔は笑っているのに目が笑っていない。
テッドと牢屋番は……ダメだ、こちらを見てもいない。
二人で背中を向けて壁についた汚れを指でこすっていやがる。
掃除なんて後にして、二人を止めてくれよ。
「お節介ですか? 嫌ですねぇ、そんな気を使っていただかなくても大丈夫ですよ。
私は当然のことをしているだけですから。それに怖い魔物から冒険者を守るのは立派なギルド職員の仕事ですし」
「怖い魔物だって? もしかしてそれはあたしのことかい?
こんなに美人をつかまえて魔物呼ばわりなんて、酷いと思わないかい、ソーヤ?」
妖艶なしぐさで肩にしな垂れかかられて思わず頷くと、
「ソーヤさんっ!」
名前を呼ばれたので、「はいっ!」
姿勢を正した。
マリーとリンダさんが言い争っている傍らで、メェちゃんが怖い笑顔を練習しているのでやめさせた。
あれは覚えちゃいけないスキルだ。
テッドと牢屋番が、コソコソと部屋を出ていこうとしていたので、なんとかしろと詰め寄るが、あとは任せた、と逃げられてしまった。
「待て、卑怯者!」
小声で罵るが、もちろん待つはずがない。
メェちゃんを振り払ってまで追いかけることもできず、見逃すしかない僕の悔しさがわかるだろうか。
リンダさんとマリーの口論はヒートアップし、つかみ合いになる寸前だし、メェちゃんはお母さんがんばれ! って拳を握って応援しているし……僕も逃げてもいいですか、女神様。
……返事はない。
となると、僕がなんとかするしかないのだが……。




