50.美容師~幼女のおかげで牢屋から出される
シャキシャキシャキシャキ……親指を動かす。
300からは増えないのをもう一度確認し、シザー7をしまった。
気配察知が誰かが来るのを教えてくれたので、マリーが戻ってきたのかと謝罪のポーズを急いで整えた。
もちろん土下座だ。
日本人なら最大級の謝罪はこれしかない。
正座で頭を下げてそのまま待つと、足音が牢屋の前で止まった。
僕は顔を上げて、
「さっきはごめん」と口にしようとしたが、訪問者に先に声をかけられてしまった。
「お兄ちゃん、変な格好してどーしたの? また何か悪いことをしたの? メェが一緒に謝ってあげるから大丈夫だよ」
ニコニコと笑うメェちゃんが、牢屋の前にしゃがみ込み隙間から手を伸ばして、おいでおいでをしていた。
「なんだメェちゃんか」
足を崩して、牢屋の入口まで移動した。
小さな手がグーパーグーパーしているので、握手をして立ち上がらせてあげる。
「どこか痛いところはないかな? ここへは一人で来たの? リンダさんは一緒じゃないの?」
「メェ、どこも痛くないよ。お母さんは向こうでおじさんとお話しててつまらないから、お兄ちゃんを探しに来たんだ」
「そっか。怪我もないみたいだし、安心したよ」
「それよりお兄ちゃん、早く出てきなよ。出てきてメェとご飯を食べてから、遊ぼ。
特別に秘密基地に連れてってあげるから。でも、お母さん達には内緒だよ」
秘密基地か……子供の頃は友達と集まって僕も作ったな。
でもメェちゃんの秘密は秘密ではないから、リンダさん達は当然知っていそうだし、秘密ではないのだろう。
「はやくはやく」
急かされていると、牢屋番とテッド、続いてリンダさんが連れだってやってきた。
「メイ、あんたいないと思ったら勝手にこんなところまで入って。ダメだろう! 危ないじゃないか」
「だってつまんないんだもん。それにお兄ちゃんがいるから危なくないよ」
リンダさんに怒られているメェちゃんは首を傾げて理解していなそうだ。
「見ておくれ、説明したようにこの有様さ」
リンダさんが肩をすくめてテッドに言うと、
「ほー、たいしたもんだな、兄ちゃん。偉く懐かれちまって。
まぁ怖い魔物から守ってくれた王子様だもんな。考えてみれば、子供が懐くのも無理はねーか」
牢屋番も苦笑いして僕の手を引っ張るメェちゃんを眺めている。
「どーしたもんかね、まったく」
疲れたようにリンダさんがため息をつき、メェちゃんを持ち抱えて後ろに下がった。
現状を説明すると、こうだろう。
確かに僕はメェちゃんの頭を撫でた。髪の毛に触れてしまった。(注 二回目です)
けれど触れられた本人でありメェちゃんは何とも思っていないのか、牢屋から出て早く遊ぼうと騒いでいる。
こうなると保護者である母親のリンダさんが判決を下すべきなのだろうが、彼女としても魔物と戦ってまで娘を守り連れ帰ってくれた相手に対してどう接するべきか決めかねている様子だ。
お礼を言うべきなのか、娘の髪の毛に触れた事を責めるべきなのか……その葛藤が顔に出ていて外からもよくわかる。
あなたのせいよ、と視線にのせて軽く睨まれるくらいは諦めよう。
確かに僕さえきちんと節度を持った行動をしていれば、こんなことにはなっていなかったのだから。
リンダさんだって、気持ち良くお礼を伝えて終われただろう。
「なぁ、嬢ちゃん。ちょっといいか?」
テッドがリンダさんに抱えられて頬を膨らませたメェちゃんに話しかけた。
「嬢ちゃんは、この兄ちゃんをどうしたい?」
「どうって? 早くここから出してあげて。お兄ちゃん、メェを守るために怖い魔物と戦って疲れてるんだから、美味しいご飯を食べさせてあげないと」
そうでしょ、お母さん? と、リンダさんを見るが彼女は困ったように視線を反らした。
「どうしてみんなでお兄ちゃんをイジメルの!? メェのこと助けてくれたんだよ! 凄く強くてかっこよかったんだから!」
拘束から 逃れようと両腕を振り回す。
「なぁ、嬢ちゃん。たしかにこの兄ちゃんは嬢ちゃんのことを怖い魔物から守ってくれたさ。それは凄いことだな」
「だったら、褒めてあげればいーじゃない」
「褒めたいさ。それこそ酒でもおごってやりたいくらいだ。けどな、この兄ちゃんはいけないことをした。わかるか?」
優しく、言葉を選んで諭すように話す。
こんな芸当もできるのか、と僕は驚きを隠せないでいた。
自分のことを話されているというのに。
「いけないこと? 何をしたの? 誰にしたの? メェも一緒にその人にごめんなさいってしてあげるから教えて。ねぇ、おじさん、誰に謝ればいいの?」
「誰にというかな……嬢ちゃんになんだが」
「メェに? メェ、なんにもされてないよ。怖い魔物から助けてもらっただけだよ」
そうだよね、と顔を向けられるが返答に困るのでやめてほしい。
「嬢ちゃんはこの兄ちゃんに髪の毛を触られただろ? その……頭を撫でられただろ? 嫌なことをされたんだろ?」
メェちゃんがビックリしたように目を見開いて、リンダさんの腕から飛びだし僕の前に来るなり小声で、
「お兄ちゃん、どうして喋っちゃったの? メェ、内緒だよって言ったのに」
怒られてしまった。
理不尽だ……僕が話したのではなく寝ぼけた君が話したんじゃないか。
ただそんなことをいい大人が言えるはずもなく、
「ごめんね」
罪を被るしかなかった。
一連のやり取りを見ている大人達はというと……そりゃ苦笑いしかないよね。
「いいか嬢ちゃん。教会の決めた教えには他人に髪の毛を触らせてはいけない、という決まりがある。知ってるな?」
「知ってるよ、知ってるけど……でもあの人は、メェの髪の毛を触ったよ!
お母さんも見てたけど何も言わなかった。どうしてあの人はよくてお兄ちゃんはダメなの?」
たぶん父親のことだろう。
「あの人に触られるのはメェ嫌だった。お母さんがニコニコしてるから我慢してたけど、メェは凄く嫌だったの!
でもお兄ちゃんに触られるのは嫌じゃない、優しく撫で撫でしてくれたら、怖い気持ちもどっかに飛んで行ったみたいになくなったよ。
かわりに気持ちよくて安心して眠くなっちゃったけど」
「メイ、ごめんよ。そうだよね、あんな男に大事なメイの髪の毛を触らせるなんて、お母さんが馬鹿だったよ。嫌だったのに我慢させてごめんよ」
リンダさんがメェちゃんを抱きしめて泣き崩れる。
つられたようにメェちゃんの目にも涙が。
昨夜のことを思い出したのだろう。
嫌だった、怖かった、もうお母さんに会えないかと思った、お兄ちゃんが助けてくれたんだ、としきりに繰り返している。
残された僕達男どもは、その光景を見守るしかない。
テッドが鍵のかかっていない牢屋を開けて、「出ろ」と言ったので、メェちゃんとリンダさんの元に向かった。
「リンダさん、大事な娘さんの髪の毛に二度も触れてしまい、申し訳ありませんでした。
ただ、決してやましい気持ちはありませんでした。
許してもらえるとは思いませんが、僕にできることがあればなんでも言ってください。可能な限り償いたいと考えています」
頭を下げて言い切ると、グスグスと鼻をすする音がした。
そして、
「顔を上げておくれ」
リンダさんの声に従うと、衝撃を感じ力一杯抱きしめられた。
「ありがとう。娘を助けてくれてありがとう。
森に走ってくれてありがとう。
あの男から取り返してくれてありがとう。
狼から守ってくれて、魔物からも守ってくれてありがとう。
わたしの大事な宝物を取り戻してくれてありがとう」
正直、殴られるのを覚悟していたので、現状に理解が追いつかない。
胸は当たっているし、いい匂いはするし……恥ずかしくて顔が赤くなってるんじゃないだろうか。
「お兄ちゃん、メェからもありがとう。大好きっ!」
腰にメェちゃんまでしがみついてきた。
リンダさんに両腕ごと抱きしめられているので、ますます身動きが取れなくなった。
助けを求めるようにテッドに視線を向けるが……手の平で顔を覆って男泣きしている。
使えねぇー。
牢屋番は……、「クッ」とか呟いて涙が零れないようになのか天井を見上げている。
カオスか……誰か助けてくれよ。
僕も一緒になって泣けばいいのか。
誰も状況を変えてはくれず、ただ時間だけが過ぎていった。
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