5話.美容師~???族と間違われる
そこからまた小1時間。
やっと建物が見えてきた。
街を守る城壁のようなものが横に伸びていて、道の延長上に門がある。
門の脇には二人の男。
身長より高い槍を持っている。
こちらに気づいたようだ。
右側の男が槍の先を向けて僕を指し、左側の男に何か言った。
僕はようやく街に着いたことに安堵し、小走りに門に駆け寄った。
「こんにちは。中に入りたいのですが」
なるべく人好きのするような仕事用の笑顔を心掛ける。
こういうのはわりと得意だ。
だてに接客業で慣らしていない。
けれど、二人の男は何かを食い入るように見つめ、同時に口を開き叫んだ。
「みんな集まれ! 情報の通りの男が来たぞ! 首狩り族だ!」
……なんだ、それ。
もしかして僕のことか?
「おとなしくしろ! まずはそれを置け。いいか、ゆっくりだ。ゆっくりと動け」
2本の槍が突き出され、思わず条件反射で両手を上げた。
「それ? これ?」
「そうだ、なんてことをしやがるっ! かわいそうに、そんな状態にしやがって。今すぐその首を置くんだ!」
右側の男が激怒し、槍の先で地面を叩いた。
「ああ、これ? 違うんですよ、これは」
そうか、ウィッグを人の首と勘違いしているのか。
そうだよね、あまり見たことがない人はビックリするよね。
友人の部屋のクローゼットの中に隠したり、泊まりに来た友人を驚かせる為に真っ暗なバスルームにわざと置いたりと、よくイタズラをしたものだ。
思い出した記憶と重なる男達の慌て振りに少し笑ってしまって、勘違いを正そうと、よく見えるようにウィッグを男の目の前に掲げた。
そう……髪はボサボサに乱れ、肌や髪に血がこびりついた、変わり果てた姿のアンジェリーナを。
怖っ。
何このホラー映画に出てくるような物体。
こんなもの見せられたら、見慣れた同業者だって引くって。
「あのですね、これは人形の首でして」
焦って近づいたのが悪かったのだろう。
お腹の辺りに衝撃を感じて息がつまり、徐々に視界が薄れていった。
そして……今に至る。
気がついたら牢屋にいたわけだ。
まさしく、こうしてこうなったわけだ。
やることもないので、手の平、指と指の間についていた血の塊を落とすのを続けていると、足音が聞こえてきた。
男が帰ってきたのだろう。
いや、足音がずれている。
他にも人がいるのだろうか?
見慣れた牢屋番の男、その後ろに2メートルくらいの体の大きな男が続いてきた。
その後ろには、身長160センチくらいの小柄で痩せた男。
計3人。
大柄な男は半袖の薄手のシャツを着ていて、鍛えているのであろう筋肉が服越しにもわかる。
小柄な男は牢屋番と並ぶようにして、大柄な男の斜め後ろに控えて立っている。
「早くここから出してもらえませんか?」
やっと状況が変わった。
話を聞いてもらえそうだ。
「ここから出す為には、色々と話してもらわなきゃならん」
大柄な男が言った。
「何を話せばいいのでしょうか?」
「まず、お前は何者だ? どこから来た? ここへは何の用だ? 身分を証明できるものは?」
矢継ぎ早に質問される。
「えーと、まず僕は織紙奏也といいます。
門の前の道の向こうから……ここへは、食糧と水を求めて来ました。身分を証明できるものはありません。
あと、できればここで何日か生活ができると助かります」
順番に答えた。
「オリガミソーヤ?」
うん、イントネーションがおかしい。
「織紙が家族名で、奏也が名前です」
「ソーヤ・オリガミか。名前が二つってことは、お前は貴族か」
「違います。僕の住んでいた所では、二つが普通でした」
「変わった所だな。道の向こうから歩いて来たと言ったが、遠いのか?」
「遠いというか……」
なんて説明したものか。
不安な気持ちが顔に出たのだろう。
「見慣れない格好をしているし、髪の毛や目の色も……もしかして、海を渡ったあっちの大陸から来たのか?」
勝手に想像してくれたようだ。
「まぁ、そんなところというか」
ありがたく乗っからせてもらおう。
大柄な男が、「おい」と小柄な男を呼ぶと、小柄な男が、両手でウィッグを見せてきた。
アンジェリーナだ。
別れた時と変わらず髪はボサボサで、蜘蛛の巣に飛び込んだみたいに乾いた血で顔に張り付いている。
「そもそも、こいつはなんだ?」
「これはアンジェリーナです。僕の仕事道具、相棒です」
「これを仕事で使うのか?」
気持ち悪そうに血をまとったアンジェリーナの髪を指でつつく。
「ええ、狼に襲われたせいで今はそんな状態ですけど。洗えばきれいになりますし」
「お前、狼に襲われたのか?!」
「そうなんですよ。怖くて夢中でアンジェリーナを振り回していたら、偶然顔に当ったみたいで、血を流して逃げていきました。
そのせいで、アンジェリーナが血だらけなんです」
大柄な男は首を傾けながらしばらく僕を観察するように眺め、
「どう思う?」
小柄な男に聞いた。
「嘘をついてるようではないですね」
「俺もそうは思うんだがな」
大柄な男が、困ったように頭をかき、
「お前はどうだ?」
牢屋番に尋ねた。
「特に暴れたり、おかしなこともしませんでしたね」
「そうか」
僕はそのやり取りを見守りつつも、女神様はまだなのか、と心の中で思った。
「よし、最後の質問だ」
考えても答が出なかったのだろう。
大柄な男が少し意地の悪そうな笑顔を浮かべ聞いてきた。
「お前は首狩り族なのか?」
だから、違うって……。




