41.美容師~女神様の復讐をとめる
目を開けると、何故かリリエンデール様がいた。
どうやら眠ると同時に呼ばれたようだ。
ただ気になることがある。
いつもの透き通るような微笑みではなく、ニヤニヤと意地悪そう笑顔を浮かべているのだが。
「ソーヤ君に一つ聞きたいのだけどいいかしら?」
「はい、僕に答えられることなら」
「ソーヤくんはわたしが呼ぶ時はいつも牢屋に入っているけど、本当は悪い人なのかしら? それも趣味なの? だったらごめんなさい。謝るわ」
「趣味じゃないですし、たまたまですよ! たまたまリリエンデール様が僕を呼ぶ時に限って、僕が牢屋にいただけです」
「そう、そうなの。でもこの世界にきた短い間で三回目だと思うのだけど、たまたまわたしの呼ぶタイミングのせいにするわけなのね。うんうん」
腕を胸の前で組んで、頷いている。
なんかこの女神様、キャラが変わってきてないか?
もっと清楚でおしとやかな感じだった気がするのだが。
まぁ、いいか。
話しを進めよう。
「ところでリリエンデール様、こうして僕を呼んでいただいたということは、手紙の返事が来たのでしょうか?」
「そうよ、手紙ね。来たには来たわね。読む? はい」
「いいんですか?」
紅色の紙を渡してきたので読んでみようとしたのだが……読めない。
これ、何語なんだ?
この世界の言葉とも違うし、日本にいた時にも見たことない。
しいていえばギリシャ文字と象形文字を足したような……とにかく判別不可能だ。
「どう? 酷いと思わない? いくら向こうは序列1位でこちらが七位だからって、さすがの私もイラッときたわ」
何やら憤慨の様子だが、僕にはさっぱりなので、
「あのリリエンデール様、文字が読めません」
「あら、読めないの? なら受け取らなければいいのに」
あっさりと言われ、僕もイラッとしたよ!
でもリリエンデール様に怒るわけにはいかないので、心の中だけに留めておく。
「えーとね、なら簡単に内容を要約すると、こうね。『わたくしの定めた禁忌についてあなたにとやかく言われる覚えはありません』以上ね」
「……」
相変わらずの訳しっぷりだけど、これって完全に相手にされていないよな……門前払いということか。
「悔しいからどうしてやろうかと考えていたのよ。あなたにも一緒に考えてもらおうと思って呼んだのよ」
「あの……どうしてやろうかというと?」
「どうしてやろうかはどうしてやろうかよ。
とりあえず、美味しいお菓子を贈る振りをして、中に何個が激辛の物を混ぜてやろうかしら。ちょうどあなたのいた世界で、世界一辛いとかいう謳い文句の緑や赤の実を手に入れたのよね。
あとは箱を開けたら、激臭が溢れるのもいいわね。あれ、見た目が果物なのに、どうしてあんなに臭いのかしら? 不思議だわ」
唐辛子?
ハラペーニョ?
臭いのはドリアンか?
嫌がらせの内容にしか聞こえないんだけど……。
「あの、リリエンデール様?」
「何かしら? 今ちょっと忙しいのよね。
あらかじめ切り込みを入れておいたのを箱に密閉するか、切った瞬間に臭いをぶちまけるのか悩んでいるんだから。
そうだ、あなたの意見も取り入れなくちゃね。どうする?
どっちにするか特別に決めて良いわよ。あなたにも関係があることだし、これはあなたの復讐でもあるのだから」
そう……僕に関係して、僕の将来に関することなのだから、こんなことをしてはいられないし、悪戯の助言をして怒らせでもしてら、ますます話しを聞いてもらえなくなるので、何とかリリエンデール様を宥めて復讐はやめてもらった。
「もうっ、嫌がらせの一つでもしてやればスッキリするのに」
頬を膨らませ、リリエンデール様が不満そうにする。
「すっきしても根本的に解決しないというか。そのあと、どうするんですか? 僕の願いは?」
「……スッキリするだけじゃダメかな?」
……は?
リリエンデール様は今、なんて言った?
「嫌がらせの一つでもして、スッキリして。それで新しくこの世界を楽しむっていうのは……ダメかな?」
「……」
「やっぱり……諦めきれない?」
ノリだけで有耶無耶にしようとしていたわけか。
キャラまで変えての行動だったようだが、無理だよ、リリエンデール様。
「ダメなわけね」
言葉を発せず真っ直ぐに見つめる僕を眺め、諦めたようにリリエンデール様は椅子に座った。
「あーあ、うまくいくかと思ったのに。ねぇ」
どこからともなく飛んできた緑色の小鳥に小さく話しかけている。
「ソーヤ君も座ったら。今、お茶を用意するから」
テーブルに頬杖をついて、指先をクルクル。
湯気をあげる茶色の液体が入ったティーカップがテーブルの上にあらわれた。
「どうぞ。熱いから気をつけてね」
息を吹きかけて飲んだ味は日本にいた時と変わらなくて、
「紅茶?」
懐かしさが込み上げてきた。
「あなたのいた世界から送ってきてもらったのよ。美味しいし、香がいいわよね」
リリエンデール様は一口飲んで、
「んー、美味しい」
微笑みを浮かべた。
そのままお互いに無言で紅茶を楽しみ、僕のカップが空になると、
「さて、じゃあわたしはめげずに手紙を書くとしますかね。
辛いのも臭いのもやめて、紅茶の茶葉でも贈ることにするわ」
うーん、と両手を上げて伸びをし、
「じゃあ、また連絡するわね。送るわよ」
僕に向けた指先をクルクルしそうになるので、
「リリエンデール様、ストップストップ!」
指先の延長線上から逃げ出した。




