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女神様の美容師  作者: 獅子花
美容師 異世界に行く
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4話.美容師~異世界の洗礼を受ける

 

 ……つい30分前の自分を(しか)りたい。

 

 僕は今、走っている。

 歩くのに飽きてジョギングに切り替えたわけではない。

 文字通りの全力疾走だ。

 

 では何故、全力疾走かというと、5メートル後ろを見てもらえばわかるはずだ。

 見た目は灰色のハスキー犬のようなものが三匹。

 飽きもせず僕を追いかけて来る。

 

 かれこれ5分は過ぎただろう。

 横っ腹に痛みはないしまだ足は動くが、そろそろ息が苦しくなってきた。

 

 苦しいなら立ち止まればいい?

 僕だってそうしたい。

 ただ、あいつらを見てほしい。

 ハスキー犬のようなものと例えはしたが、違うのだ。

 

 あの肉食獣のような飢えた目がまず違う。

 そして(よだれ)を垂らしながら口から飛び出した舌に尖った牙。

 噛み付かれたら、一瞬にして引きちぎられる気がする。

 平和な日本では野犬等お目にかかったことはないが、間違いなく犬ではない。

 

 テレビや動物園でしか見たことはないので確信はないけれど、たぶん狼だろう。

 同じ犬科ではあるが比べてはいけない。

 まったくもって違うのだ。


 ああもう、疲れた。

 右手に持ったアンジェリーナが重い。

 けれど放すわけにはいかない。

 手が滑って落としでもしたら、あいつらに玩具(おもちゃ)にされてボロボロにされてしまうだろう。

 僕に残された唯一の相棒をそんな目に合わせるわけにはいかない。

 ではどうするか……どうしよう。


「女神様ー、まだですかー?」


 とりあえず叫んでみた。

 呼吸が苦しくなった。

 イライラする。

 

 余計なことをしてしまった。

 自分の走るスピードが落ちているのがわかるが、狼達は距離を詰めずに一定の距離を保っている。

 きっとこちらが疲れて停まるのを待っているのだろう。

 いつでも飛び掛かれるのに、楽に狩りをする為、わざと追い詰めているのだ。


 あっ、と思った時にはもう遅かった。

 石に(つまず)き、なんとか転ぶことだけは避けられたが完全に足が止まってしまった。

 

 狼達は、獲物を逃がさないように3方向に別れて円の中心に僕が来るように取り囲む。

 ギラギラとした眼差しを受けながら、ウィッグの首に開いた固定用の穴に親指以外の4本を入れ、外から親指とでギュッと握った。

 

 やるしかない。

 逃げられないなら、せめて抵抗ぐらいはしてやる。

 

 そういえば、女神様は死ににくいようにステータスを上げてくれると言っていた。

 確認できていないから本当か嘘かはわからないけれど、走っている時も体が軽かったような気がする。

 

 向こうの世界で見ていたアニメのように、狼くらい殴り飛ばせる力が僕にはあるのだ。

 そう信じよう。

 信じていなければ、立っていられない。

 今にも座り込んでしまいそうだ。

 

 恐怖の為か、ガクガクと震える膝を狼から目を離さないまま左手で撫でる。

 よく見ろ、とにかくよく見ろ。

 

 自分に言い聞かせ、なるべく小さな動きで3匹の狼が視界に入るように位置取りをし、順番に観察する。

 1番大きな狼は1メートルちょっと。それよりも少し小さな狼は1メートルくらい。

 そしてもう一匹はそれよりもさらに小さい。

 

 子供……親子か?

 もう逃げないと思われたのか、ジリジリと狼達は包囲網を(せば)めてきた。

 諦めない僕を見て、


「ウォォンッ!」


 と1番大きな狼が威嚇するように吠えた。

 

 思わず走り出しそうになるが、その衝動を押さえて(とど)まった。

 また逃げたって同じだ。

 もっと疲れて反撃する気力もなくなる。

 向こうの思うツボだ。


「来るなら来い!」


 1番小さな狼が躊躇(ためら)うように父狼を見た。

 父狼がフンっと笑うように鼻息を吐き飛びかかってきたので、とっさに右手を横殴りに振るった。

 黒髪が流れるように風を切る。


「ギャンッ」


 鳴き声がして、父狼が3メートル程吹っ飛んでいく。

 やっぱり力が強くなっているんだ。

 やれる……あと二匹。


 いつのまにか背後に回り込んでいた母狼が目の前にいた。 

 同じように右手に持ったアンジェリーナで、狼の鼻を狙って振り下ろす。


「ギャィンッ」


 ウィッグを奪う為に噛み付こうとしたのだろう。

 大きな口を開けていたので、牙が一本折れて宙を舞った。

 

 子狼は……倒れた父狼の横で心配そうに、父狼の傷から流れる血を舌で舐めている。

 母狼は……フラフラとよろめきながら、2匹の元へと近づいていた。


 このまま殺すべきだろうか?

 今の僕ならできるはずだ。

 

 けれど……子狼が母の元に駆け寄り、「クゥゥン」と悲しそうに鼻を鳴らした。

 先に殺そうとしてきたのは向こう。

 それを返り討ちにして殺しても、こちらに責められる(いわ)われはない。

 

 でも……僕には殺せない。

 小さな子狼の目が、そうさせてくれない。

 昔から子供には弱いのだ。


 「逃げるなら逃げろ! 襲ってこないなら、僕は追わない!」


 いいじゃないか見逃したって。

 被害者自身が納得しているのだから。

 

 狼達はヨロヨロと動きだし、背を向けて逃げて行った。

 僕の言葉を理解したのか、雰囲気で(さっ)したのか引いてくれたようだ。

 

 寄り添う3匹から目を反らし、歩き出した。

 さすがにもう襲ってくることはないだろう。

 

 2度振り返り、距離が空いたので警戒を緩めて背後を(うかが)うのをやめた。

 両手で抱きしめたウィッグから、ポタリと赤い血がたれた。


 

 また1時間くらいたった頃、ジャリジャリと音が聞こえた。

 何かをすり潰すような音だ。

 少しずつ大きくなるので、こちらに近づいてきているのだろう。

 

 立ち止まり待っていると、進行方向とは逆から馬車のようなものが近づいてきた。

 助かった。

 近くの街まで乗せてもらおう。

 それが無理なら情報だけでももらおう。

 

 邪魔にならないように道の端に寄り、馬車が来るのを待った。

 そういえば、言葉は通じるのだろうか?

 (いぶか)しみながらも、


「こんにちは」


 声をかけてみた。


「おや、こんにちは。お一人ですか? よければ街までご一緒に……急いでいるので失礼!」


 馬車の御者席に座っていた小肥(こぶと)りな男の笑顔が急激に引きつり、すばやく馬に鞭を三回。

 馬車は一気にスピードを上げて走り去って行った。


 なんだったんだろう……急に用事でも思い出したのかな。

 不思議に思うが仕方ない。

 このまま歩くとしよう。

 男は街と言っていたし、この先にあるのだろう。

 空はまだ明るい。

 時間がわからないけれど、暗くなるまでには街に着きたいものだ。




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