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女神様の美容師  作者: 獅子花
美容師 異世界に行く
36/321

36.美容師~狼と交渉し幼女の許しを得る

 

 男は女の子の首にナイフを突きつけたまま、後ろに下がっていく。

 注意深くこちらから視線を逸らさないので、僕も動くことができない。 

 

 ナイフを投げるか……この距離ならスキルもあるし当てる自信はある。

 ただ、もし外れて女の子に当たったら。

 それを考えると、行動に起こすことができなかった。


 このままこうしているわけにはいかないし、どうすればいいんだ。

 足を踏み出すべきか、ナイフを投げるべきか決め切れずにいると、男に黒い影が飛び掛かった。


「ぐぁっ!?」


 男が叫び声をあげて、影に押し倒される。

 マッドウルフか!?


 女の子から手を放したので駆け寄ろうとすると、もう2匹の影が飛び出してきた。

 

 3匹も……これはダメかもしれないな。

 思わず諦めそうになるが、せめて女の子だけでも逃がしたいと足を早めた。


 すると、僕と女の子の中間辺りに、影が1匹立ち塞がった。

 助けを求める男の声が聴こえるが、せめて1匹を相手していてくれと見捨てる。

 

 やるしかないか!

 覚悟を決めて短剣に手を伸ばし、戦う相手をよく見ようと目を凝らした。

 

 ……灰色の毛か? 

 青黒ではない。

 

 こちらを睨みつけていたのはマッドウルフではなく、普通種の狼のようだ。

 これならまだ戦える。

 やる気を取り戻し短剣を引き抜くと、


「ウォン」


 最後の1匹が吠えた。

 

 その狼は……女の子の真横にいたのだ。

 ここからではとても間に合わない。


 動きを止めた僕に、


「ウォン」


 女の子を地面に前足で押さえ付け、もう一度狼が吠えた。

 なんだと言うのだ。

 抵抗するなとでも言ってるつもりか?

 これでは人質を取る相手が変わっただけじゃないか。


 どちらにしろ、このままでは二人とも狼の餌になるだけだ。

 もう一匹が戻って来る前にしかけるしかない。

 

 女の子を押さえている小柄の狼にはナイフを投げて、全力で目の前にいる狼には短剣で切り付け――小柄の狼? 

 

 3匹?

 もしかして、あの親子か?

 

 初めてこちらの世界に来た時に襲ってきた狼か。

 逃げろと叫んだら、大人しく逃げてくれた。

 

 こちらを警戒する目には知性のようなものも感じる。

 グラリスさんの所で会った冒険者達も言っていた。

 

 普通種の狼は頭が良いと。

 この狼達は僕の強さを知って、警戒しているんだ。

 だったら……、


「その女の子を返してくれないか? もう一人の男はお前らにくれてやる。その子さえ返してくれれば、俺はお前達に危害を加えない」


 こちらの気持ちを表すように、短剣も籠手に収納した。


「なぁ、俺の言っていることがわかるか? お前達も怪我をするのは嫌だろう? 

 さっきの男で満足して、その子供を返してくれ。頼む! 俺もお前達を殺したいわけじゃないんだ!」


 ……悩んでいるのか? 

 2匹の狼はどちらも動こうとしない。

 もしくは父親が戻って来るまで時間稼ぎをしているのか。

 

 ただ、この狼達は不思議と僕の頼みを聞いてくれるような気がした。

 何故だか説明はできないが、ふとそう感じたんだ。

 

 狼が目を逸らさないので、僕も見つめかえした。

 そのまま数秒が過ぎ、母親狼が、


「オン」


 一声鳴いた。

 

 当然その意味がわからない僕はとっさに動くべきかどうか迷うのだが……子供狼が女の子の体から前足を退けた。

 そして鼻先を女の子に押し付け、僕の方に移動させる。


「わかってくれたってことでいいのか?」


 問い掛けると、母親狼は僕に興味を失ったかのように子供の元に走り寄った。

 

 女の子はガタガタと震えながら、小さな手で地面をかき、少しずつこちらへ這いずってくる。


「近寄るぞ。いいな!」


 自分の取る行動を相手に告げてから、一気に近づき女の子を抱き上げた。

 

 2匹の狼は黙って僕達を見つめ、動かなくなった男を口で咥えて引きずる父親狼が戻って来ると、それぞれ一声ずつ吠えて背を向け走って行った。

 

 父親狼は、こちらを一瞥し男を引きずり2匹の後を追って行った。


「なんとか乗り越えたか……」



 女の子を抱えたまま、地面に座り込む。

 全身、汗でビッショリだった。

 

 あの時あの狼の親子を逃がしていなかったら……そんなことを考えたが、これでよかったと思いたい。

 

 ナイフを突きつけた男がこの子を刺していたかもしれないし、あのまま逃げられてしまったかもしれないのだから。

 

 とにかく、この場所を離れよう。

 泉のそばまでい行けば、衛兵達がいるはずだ。

 

 嘘をついて突破してしまったので、ギルドにいた衛兵には怒られるかもしれないが、この子が無事なのだから、最終的には許してもらえるだろう。


 

 腕の中の女の子はまだ震えていた。

 無理もない。

 実の父親から殺されそうになって、次は狼に食べられそうになって……連続でそんな経験をしたのだから。


「大丈夫かい?」


 声をかけると、女の子が僕を見上げた。


「お兄ちゃん……あの時のお兄ちゃん?」


 じゃっかん怯えを感じるのは気のせいだと思いたい。


「そうだよ。あの時はごめんね。僕の住んでいた所ではね、髪の毛を触っちゃダメっていう決まりがなかったんだ。

 だから知らなくて、君の髪の毛を触ってしまった。本当にごめんね」


「……お母さんが、髪の毛をお母さん以外の人には触らせたらダメだって、いつも言うの。勝手に触ってくる人は怖い人なのよって。だからそんな時は大きい声で助けを呼びなさいって」


「うん、そうだね。君のお母さんが正しいよ」


「それはどうしてなの? お母さんに聞いても、そういう決まりだからって言うの」


「それは……とても偉い人がそういう風に決めたみたいなんだ」


「ふーん、でもお兄ちゃんの住んでいた所には、そんな決まりはなかったんでしょ?」


「そうだね。僕の住んでいた所では、そんな決まりはなかったよ」


「そっか。知らなかったんならしょーがないよね。お兄ちゃん、ごめんなさいしてくれたし、メェは許してあげるよ」


 腕の中で見上げる女の子がニパッと笑った。

 

 メェっていう名前? 

 メイかな?


「ありがとう。許してくれて嬉しいよ」


 思わず頭を撫でてしまいそうになり、僕は馬鹿なのかと慌てて手を引っ込める。


「さて、じゃあ帰ろうか? お母さんも心配しているしね」


 メェちゃんを立たせて、自分も立ち上がった。

 

 許してもらえたことでだいぶ心も落ち着いたし、可愛い笑顔も見れて気力は満タンだ。

 後はこのまま帰るだけ……そう気を抜いた瞬間に奴は現れた。

 会わないで済みたかったが、そうはうまくいかないようだ。




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