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女神様の美容師  作者: 獅子花
美容師 異世界に行く
35/321

35.美容師~ただひたすらに走り幼女を見つける


 最後にマリーの頭を撫でてあげたかったけれど、それは我慢するしかなかった。

 泣いている女の子の頭を撫でられないこの世界は、なんて呪われた世界なんだ。

 序列1位の女神様に文句を言うまでは、死んでも死に切れない。


 今は余計なことを考えるのはよそう。

 少しでも早く、走るんだ。

 

 早く、すばやく、早急に……何でもいいから早く走る為のスキルが欲しい!

 スキル……スキルが!

 

 唯一存在を知覚しているリリエンデール様に向けて願った。

 すると……ポーン、


【スキル 脚力強化を獲得しました】


 ありがとう! リリエンデール様。


 あきらかに走るスピードが増していた。

 

 2倍近い速度が出ているので、腰のシザーケースが暴れて中の物がカチャカチャ音を鳴らしている。

 蓋がしまっているのでこぼれ落ちることはないと思うが、手で押さえていると不思議と力が溢れてきたので嬉しくなった。


 

 しばらくそのまま走ると、前方に衛兵の背中が見えた。

 僕は彼を追い抜き、森の入り口で止める衛兵を無視してそのままニムルの森に突入した。

 

 もうすぐ日が暮れそうで、木々に囲まれているせいか、余計に暗い。

 日中はなかった肌寒さも感じるようだ。


 走るスピードを落とさないまま直進し、泉の手前に着くと、


「止まれ! 止まれ!」


 男が手を振って叫んだ。

 僕は彼にぶつかりそうになりながらも直前で止まり、


「状況……は? 男……と女の子はどこ……にいる?」


 手で胸を押さえて息を整えながら尋ねた。

 足は早くなったけれど、心肺機能が追いついていなかった。


 息が……苦しい。


「その前にお前は何者だ? 見たところ冒険者のようだが、お前が隣街に要請していたCランクの冒険者か?」


 訝しげに聞き返してきたので、面倒を避ける為にも、


「そうだ……依頼を受けて女の子の……救助に来た」


「そうか。それは助かる! でも他の仲間はどうした? お前一人ってことはないんだろ?」


 ポーン、音がした。


【スキル 心肺強化を獲得しました】


 スキルのおかげで、ようやく息が整ってきた。


「ああ、他の皆は遅れて来ている。まずは俺が状況の把握をかねて先行してきたんだ。さぁ、説明を頼む」


 腕利きの冒険者に少しでも見えるように、一人称を僕から俺に変えてみた。

 早くしろと急かすと、男が話し始めた。


「男と女の子は一度こちら側に姿を見せたが、俺達がいるのに気づいて森の奥に引き返して行った。それ以来、姿は見ていない」


「それはどのくらい前だ?」


「そうだな……1時間から2時間は経っていないと思うが」


「わかった。後は俺に任せて下がっていろ。俺は奥に進む」


 どこかに隠れてこちらを見ているか……もしくは奥に進んでいるとしても、まだ追いつくはずだ。


「一人で大丈夫なのか? ここで仲間を待ってからのほうがいいんじゃないか?」


 心配そうに声をかけてくれるが時間がもったいないので、


「仲間への説明を頼む」


 言い残して、泉に沿って足を早めた。

 

 スキルの《視界拡張》を意識するが、薄暗くてよく見えないので、《聴覚拡張》により集中する。



 走りながらマリーの魔物事典で得た情報を、今のうちに整理し直す。

 

 マッドウルフは青黒い毛で覆われた狼で、全長は2~3メートル程度だが、歳を重ねると5メートル程に成長する固体もある。

 

 主な攻撃手段は鋭い爪と革の防具位なら簡単に噛みちぎる牙だ。

 僕のステータスならば、急所に喰らえば間違いなく致命傷になるだろう。

 

 マッドウルフの討伐ランクはEだが、この魔物は集団で狩りを行う習性があり、群れになると討伐ランクはDや数が多ければCにまで上がると言われている。


 Fランクの僕なら1匹が限度かな。

 小さな女の子を守りながらだと、1匹でも無傷で逃げられるかどうかだろう。

 

 まずは見つけるのが先決と目を凝らした。

 

 どこだ? 

 この辺りに隠れてはいないのか?


 泉の奥側に着いたので周りを見渡すが、男と女の子の影はない。

 

 やっぱり奥に進んだのか……嫌な予感ほど当たるというが、正直当たってほしくなかった。

 この先に進めば、マッドウルフと遭遇する確率がぐっと上がることになる。

 

 ただ、ここまで来て躊躇うことなどない。

 絶対にあの子を無事に連れて帰るんだ。

 

 その為には、どうすればいいか考えろ!

 

 こう見えても、迷子の子供を見つけるのは得意な方だ。

 ショッピングモールの中の美容室で働いていた時には、何度か親とはぐれた子供を保護したこともある。

 

 親と離れてしまった小さな子供……意識があるとすれば必ず呼ぶはずだ。

 信頼する相手に助けを求めるはず、声を出すはずだ。

 

 無意識にシザーケースの蓋に嵌め込まれたトルコ石に手を触れていた。

 ……ということは、聴覚拡張!

 ポーン、


【スキル 聴覚拡張のレベルが上がりました】


 ポーン、


【スキル 集中のレベルが上がりました】


 頼む! 

 声を出してくれ!


『……お……あさーん』


 聴こえた! 

 こっちからだ!


 右前方に全力で走り出すと、女の子を引きずりながら走る男が視界に入った。



「止まれ!」


 大声を出して、男に呼びかけると、振り返った男が、チッと舌打ちして女の子の背後に周り首に腕を回した。


「ここは危ない! とりあえず泉の近くに戻らないか?」


 ゆっくりと歩みよりながら、周囲を警戒する。

 ここはすでにマッドウルフの縄張りの中かもしれない。

 今は気配を感じないけれど、あまり長居はしたくない。


「うるせー! こっちに来るな! それ以上近づいてみろ、こいつを殺すぞ!」


 男が取り出したナイフを女の子の首にあてがった。

 女の子は恐怖のせいで身動きができないようだ。

 でも、この状況で暴れられるよりはいいだろう。

 

 それにしても、どうしてこんなことを……彼はあの子の父親のはずなのに。

 屋台の前で女の子の頭を撫でていたじゃないか。


「どうしてこんなことをするんだ? その子はあたなの娘だろう? 

 実の娘にナイフを向けるなんて、何を考えているんだ!」


「何って? 別に何も難しいことは考えてねーぜ。

 こいつが邪魔で逃げられないなら、人質にして殺してやろうってな考えだ。そうすればお前は近づけねーだろ?」


「自分の娘を殺す? 正気か? そもそもどうしてこんなことをしたんだ? 家族3人でやり直すんじゃなかったのか?」


「やり直す? お前こそ正気かよ。俺はなぁ、ただ金が欲しかっただけなんだよ。

 お前は、子供の髪の毛を高く買い取ってくれるって知ってるか? 

 なんでも赤色が混じった髪の毛は、より高額になるらしいぜ。

 そんな話を聞いてよぉ、思い出したんだよ。

 ああ、確かあの子供の髪の毛は茶色だったけど赤色が混じっていたなぁ、ってよ。だから、こいつを迎えに来たんだよ。

 俺の子供だったら、父親の為に髪の毛を切るくらい別にいいだろ? それで大金が手に入るんだからよぉ」


 男は嫌らしい笑みを浮かべながら、乱暴に子供の髪の毛を撫でた。


「ちょっと謝ったぐらいで、あの女だってコロッと騙されてくれて、笑いを堪えるのに必死だったぜ。子供と二人きりで出かけたいって言ったら、小遣いまでくれるんだぜ。

 まぁ、ありがたくいただいたけどな、家中の金ももちろん。それで時間を潰す為に、こいつと屋台を冷やかしたりしたんだけどよぉ、こいつってば全然笑わねーんだぜ。

 まったく可愛くねぇ。ただこの髪の毛だけは別だけどな。なんて言っても、俺の金の為の大切な髪の毛だからな――おっと動くなよ。

 それ以上少しでも動いたら、こいつを殺すぜ。このまま連れて歩くのも面倒だし、よく考えれば、髪の毛だけ切って逃げればいいんだしよぉ」


 僕は……今まで感じたことがないくらいの怒りを持て余していた。

 まったく笑わない? 

 それはお前が愛情を示さないからだ。

 

 門の前で女の子の浮かべていた表情の意味がわかった。

 

 子供は正直なんだ。

 自分に対して良い感情を抱いているかどうかは、本能で理解している。

 

 だから、大人は子供にまず笑いかけるべきなんだ。

 そうすればきっと、その子も笑ってくれるはずだから。



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