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女神様の美容師  作者: 獅子花
美容師 異世界に行く
34/321

34.美容師~誘拐事件の依頼を受ける

 

 カウンターに背を預け、崩れ落ちるように床に座ったリンダさんが、


「あたしが悪いのよ……」


 消えそうな声で呟いた。


「あたしがあんな奴を信用したから……真面目になるるからやり直したいって言葉を真に受けて、あの子と二人で出かけさせたのがいけなかったのよ。

 あいつがどんなに馬鹿なのか、あたしが一番知っていたのに、簡単に信用するから……」


 乱れていた髪の毛を振り払ったので、正面から彼女の顔が見えた。

 そして僕は気がついてしまった。

 あの人は……あの時の女性だと。


 僕が頭を撫でて泣かせてしまった女の子を庇うように引きはがし、抱きしめていた人だと。

 もしかして……誘われたのはあの女の子なのか!?


「まだあの子が2歳になってすぐの時だったわ……あの人は職場をクビになって毎日お酒を飲んで暴れて、それどころか貯えも全部博打で無くしてしまって、最後には逃げるように家を出て行ったのよ。

 それでもあたしにはあの子がいたからなんとか必死に働いて、あの子にだけはちゃんとご飯を食べさせてあげなきゃって……お父さんはいないけど、その分何倍も幸せにしてあげなきゃって育ててきたのに……」


 彼女の(なげ)きはまだ続いていく。


「あの人は昨日、急に帰ってきたのよ。2年間も何の連絡も無しでいたくせに、帰ってくるなり頭を下げてやり直したいって、反省してるからって、また娘と3人で暮らそうって……あたしだって好きで一緒になった人だったから情もあったし、必死に謝るもんだからつい許してしまったのよ。

 あの子にも父親がいたほうがいいと思ったし。あの人は、すぐに仕事を探すって言ったわ。でも、まずは今まで一緒にいられなかった分、娘との時間を取り戻したいって。

 二人で遊びに行かせてくれって……あたし、嬉しくて。

 昔の優しかったあの人が戻って来たみたいでね。行っておいでって、送り出したのよ。それなのに……」


 彼女の瞳から、涙が溢れ出た。


「全部、嘘だった……あの人が娘と一緒にいてくれるから安心して仕事から帰ってきたら、家のお金が全部無くなっていたの。

 それどころか、どんなに探してもあの子が、娘が見つからないの! いないのよ……」


 むせび泣くリンダさんの肩を、受付嬢がそっと抱きしめた。

 

 泣き声以外音のしない中、二人の男がギルドに入ってきた。


「この人が、例の男が変なことを言っていたと」


 衛兵に促された男が、居心地悪そうに前に出た。


「昨日、酒場で飲んでいたらよぉ。ずいぶんと久しぶりにレゾの奴を見かけたもんだから、お前今までどこに行ってたんだ? って話しかけたんだよ。

 それでしばらく世間話をして、あいつが酔っ払ってきた時にふいに漏らしたんだ。子供の髪の毛を高く買い取ってくれる奴らがいるって知ってるかって。

 俺はそんなもん、聞いたことねーって答えたんだけど、あいつの笑い方が気味悪かったからよぉ、先に帰るべって別れたんだ。俺はそれしか知らねー」


 男が言い終わると、


「もしかして」


 マリーが呟いた。


「何か知っているの?」


 受付嬢に聞かれて、マリーが答える。


「最近聞いた話なんですが、遠くの国でおかしな宗教の噂があるって…‥なんでも小さな子供の髪の毛を切り取って、その子の血で髪の毛を真っ赤に染めるとかなんとか」


「何よその気色悪い宗教は!?」


「ただのタチの悪い噂だとは思うんですが」


「噂ならいいけど、もし本当だったら、その子の命が危ないじゃない!」


 マリーと受付嬢が言い争ってるのを横目に、僕はリンダさんに近寄った。


「あの……僕のことわかりますか?」


「あんたは……」


 ぼんやりと僕の顔を見つめ、


「あの時の!」


 と掴みかかってきたが力無く崩れ落ちたのでとっさに支えた。


「あんたも冒険者だったのね。あんたのランクはDかい? それともEかい?」


「Fです」


「そうかい……」


 リンダさんが何かを諦めるように笑った。


「あの時の女の子があなたの娘さんですか?」


「そうだよ。あたしの可愛い大事な娘さ」


「そうですか……」


 予想が確信に変わったとき、僕の心も決まっていた。

 

 僕は最初に来た衛兵を呼び、話しかけた。


「この人の娘さんを連れた男は、どうしてニムルの森へ入ったんですか?」


「それがな、父親と娘の二人連れが門の外に出て行こうとしたんで、門に立っていた奴がどこに行くのか聞いたんだ。

 そうしたら散歩だと返されたんだが、どうにも娘の様子がおかしかったんで注意して見ていたら、突然父親の手を振り払って、森の方角に向かって走り出したようだ。

 父親はちょっと言い争って喧嘩になっただけだから心配ないのでついて来るなと言ったらしいんだが、それでも同僚が追いかけようとしたら娘を捕まえて森の中に逃げ込んだそうだ。

 同僚は泉のそばまでは追いかけたんだが、男達はそのまま奥に走って行ったので、流石に引き換えしてすぐに応援を呼んで、森の周囲と泉の手前を見張らせている状況だ。

 そんな時にリンダさんが娘がいないと騒いでいたので、あの女の子が娘さんだとわかった。男は森の外には出てこれないから、逃げるとしたら奥に進むしかないけれど、奥にはマッドウルフの縄張りがあるからな。

 おおかた泉の側に隠れていると睨んでいるんだ。

 Cランクのパーティーさえ来てくれれば、すぐに森に入って男を捕まえるんだが、下手にランクの低い冒険者や我々だと、万が一マッドウルフに出くわしたら確実に全滅だからな」


「もし、男が娘を連れて森の奥を抜けようとしていたら?」


「そこまで馬鹿なことはしないだろう。男だって、自分の命は大事だろうし」


「なら、泉の奥に隠れていてマッドウルフに出くわす確率は?」


「零ではないな。泉の手前側ならまだしも、奥はもう縄張りのすぐそばだ」


「さっきの追いかけた人の話だと、泉の奥に逃げて行ったと言ってなかった? そして泉の手前で見張っているということは泉の奥から動けない。進むとしたら奥だけだ」


「それは……!?  マズイな。泉の手前で見張るべきではなかったか」


 衛兵は配置の間違いに気づいて、それを伝える為に飛び出して行った。

 

 これまでの経緯はわかった。

 後は……僕が動くだけだ。


「マリー」


 まだ言い争っていた二人の会話に割り込んで声をかけた。


「マリーの魔物事典、見せて」


「事典ですか? それなら、ここに」


 渡された事典をめくり、目当てのページで情報を得る。


「ソーヤさん、まさか行くつもりじゃないですよね!?」


 僕が読んでいるページがマッドウルフだと気づくと、力付くで事典を取り上げられた。

 でももう遅い。

 必要な情報はすでに頭の中だ。

 

 文字は爪や牙など討伐に関する簡単な言葉や数字くらいは読めるようになったし、マリーの辞典は大事なところや注意するべきところは色が付いているので、文字が読めなくてもわかりやすい。


「ダメですよ! 絶対に行かせません。ソーヤさんなんて、マッドウルフに会ったら一撃で死んじゃいますよ!」


 事典を放り投げ、僕の腕にしがみついてきた。


「でも、あの子が危ないんだ。誰かが行かないと」


「なら他の誰かが行けばいいんです! ソーヤさんが行く必要はありません!」


「誰が行くの?」


 僕が見渡すと、誰もが居心地悪そうに目を逸らした。


「ほらっ、誰も行く人はいないみたいだよ?」


「隣街からCランクのパーティーがすぐに来ます!」


「それはなんてパーティー名?」


「それはまだわかりませんが」


「そもそも隣の街にCランク以上のパーティーは確実にいるの? 

 いいよ、仮にいたとしよう。そのパーティーが依頼を受けてくれる保障はあるの?」


「受けますよ! 子供の命がかかっているんですよ! 普通の冒険者なら絶対に受けるはずです!」


「じゃあ、受けてくれるとしよう。で、その人達はいつくるの? 

 1時間? 2時間? 3時間で来れるの?」


「それは……ここから隣の街までどんなに急いでも6時間はかかりますから……」


 だんだんとマリーの言葉に勢いが無くなっていく。


「それまであの子が無事な保障はないよ。

 マリーも言ったよね。あの子の命がかかっているんだ。

 来るか来ないかもわからない人を待っている余裕なんてない!」


 強い口調で言い切ると、負けずにマリーも言い返してきた。


「だからってソーヤさんが行くことないじゃないですか? どうして見も知らずの女の子の為に、ソーヤさんが危険な目に合わなくちゃいけないんですか?」


 違うんだよ、マリー。

 その子は見も知らずの子なんかじゃないんだ。

 

 僕はその子を泣かせてしまった。

 あの子の泣き顔が、頭にこびりついて離れないんだよ。

 子供は笑顔にさせてあげるのが、僕のポリシーだというのに……。


 僕が無言で見つめ返していると、


「忘れたんですか? ソーヤさんはレベルが上がってないから、普通の人よりもHPが少ないんですよ! マッドウルフの攻撃なんて一撃でも当たったら、死んじゃうかもしれないんですよ!」


 マリーが大声で叫んだ。

 おいおい、僕の秘密をばらさないでくれよ。


「ちょっと、マリー」


 さすがに受付嬢がマリーの腕を引いて注意するが、


「シェミファさんは黙っていてください!」


 マリーが乱暴に振り払った。  


「ソーヤさん……約束したじゃないですか。

 HPが低いんだから、危ないことはしないって。そうだ、わたしの言うことを聞いてくれるなら、あの時のお願いを聞いてあげてもいいですよ。

 その代わり、大人しくここにいてください。どうですか? それならいいでしょ?」


 必死に言葉を繋ぎ見上げてくるが、僕の答えは決まっている。


「……ごめん」


 マリーは絶望したように目を見開き、涙が溢れて頬を伝った。

 僕の腕を両手で抱えて縋り付き、


「やだ、やだよぉ。ソーヤさんが死んじゃう……あの人みたいに帰ってこなくなっちゃう。そんなのやだよぉ」


 子供のように泣きじゃくった。

 僕は心を鬼にしてマリーから腕を引き抜き、シェミファさんに、


「マリーをお願いします」


 と預けた。


「本当に行くの? あなた死にたいの?」


 シェミファさんがマリーを抱き留めたまま冷たい表情を向けてきたので、


「僕は死にませんよ。まだ夢を叶えていないから」


 微笑んで告げた。


「死なないでね。マリーが悲しむから」


「わかってます」


 僕は呟いて駆け出した。




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