33.美容師~誘拐事件に遭遇する
危ないところだった。
決して走ったせいではなく吹き出してきた冷や汗を拭い、街の門番にカードを見せて、ニムルの森へ向かう。
やっぱり髪の毛うんぬんを口に出すのはマズイ。
改めて勉強になった。
下手したらまた牢屋送りになるところだった。
気をつけよう。
髪の毛は胸と同じ、髪の毛は胸と同じ……。
自分に言い聞かせ森に入りキラービーを探していたら、短剣を抜きながらふと気がついた。
洗脳のように髪の毛は胸と同じを繰り返していたが、あまりやり過ぎると序列1位の女神様からお許しがでた時に、恥ずかしくて女性の髪の毛を触れなくなりそうだ。
やり過ぎてもダメだ。
程よく、程よく。
短剣を右手で回しているとキラービーがお尻の針を向けて突っ込んできたので、手首を返し短剣を一回転。
キラービーは針を弾かれ、僕の頭上を通り過ぎていく。
一角兎と違って上から斜めに向かって来るスピードが一定なので、タイミングが取りやすい。
方向転換して再び襲ってきたので、今度は斜めに短剣を構え一回転させると、真横を通り過ぎていった。
そのまま角度を変えたり手首のスナップに改良を加えてみたりしていると……キラービーは背中を向けて飛んで行ってしまった。
「あれ、行っちゃった」
まさか、魔物が逃げるとは思わなかった。
それなりに知能があるようだ。
仕方なく、次の練習台を探すことにする。
持ち手が円柱形になったので、ずいぶん短剣を回しやすくなったし力の細かな配分も可能だった。
次は相手の勢いを利用しつつ、受け流す瞬間に回転させてみるか。
イメージトレーニングを重ねていると、キラービーが二匹、木の影に隠れているのがわかった。
短剣を左手に持ち替え、右手でシザーケースの手前に装着していたナイフを引き抜き、そのまま投げた。
ナイフは葉を切り裂きながら進み、キラービーの両目の間に突き刺さり地面に落ちてきた。
もう一匹はすぐさま木の影から飛び出すと、お尻の針を向けて突っ込んできたので短剣で受け流しつつ弾くと、空中で体制を崩したのでそのまま短剣で横薙ぎにした。
ふむ、うまく弾くと空中でも相手の行動を阻害できるのか。
倒した2匹の針と魔核結晶を剥ぎ取りながら、まだまだ練習が必要だな、とバリエーションを考える。
その後、色々と試しつつ、途中で休憩して弁当のパンを食べ、キラービーと遭遇しなくなってきたので頃合いかと練習を終えることにした。
今日の成果としては、キラービーの討伐部位が18本と魔核結晶が18個。
スキルは回転のレベルが2つ上がり、集中と観察が1つずつ上がった。
まずまずといえよう。
足取りも軽やかに街に帰りギルドに向かっていると、なんだか周りの様子が騒がしいような気がした。
普段門の詰め所にいる男が何人も慌てたように走っている光景が目立つ。
何かあったのか?
不安を覚えながらもギルドに着いたので、とりあえず受付で買い取りを頼みつつ聞いてみることにした。
マリーではない受付嬢だったので全て買い取りでと伝え、カードの更新も頼んだ。
手早くカードの操作を終え、報酬をカウンターに並べてくれる。
「あの、何かあったんですか?」
カードを渡してくれた時に聞いてみると、
「どうも子供が行方不明みたいで、まだ帰ってこないんですって」
子供の迷子か……遊ぶのに夢中で、どこかで疲れて眠ってしまったのか?
「それは心配ですね」
「ええ、今詰め所の兵と男達が街の中を探しているみたいなんだけど」
「僕にも何か手伝えることはありませんか?」
「ありがとう。だったらとりあえずギルドの中に居てくれる? もうすぐ情報が集まって来る頃だと思うし」
「わかりました」
話を切り上げてテーブルにつき、果実ジュースを注文して待つことにした。
ついでに更新したギルドカードの内容を確認する。
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名前 ソーヤ・オリガミ
種族 人間 男
年齢 26歳
職業:
レベル:1
HP:20/20
MP:20/20
筋力:16
体力:16
魔力:16
器用:32
俊敏:18
スキル:採取《Lv4》、恐怖耐性《Lv2》、身軽《Lv1》、剣術《Lv3》、聴覚拡張《Lv1》、気配察知《Lv1》、投擲《Lv2》、忍び足《Lv1》、集中《Lv2》
称号:
==
レベルは……やっぱり上がっていないか。
もしかして異世界人だから、この先もレベルは上がらないとか?
その代わりに、この世界の人よりもスキルを取得しやすい?
それはそれで納得できるような気はするが、考え方によってはかなりマズイのではないか?
マリーも言っていたけれど、今の僕のステータス値は普通の冒険者よりもちょっと高い位しかないし。
いくらスキルがこのまま増えていったとしても、HPの低さは死に直結する。
HPを増やすスキルが存在するのであれば話は別だけど……。
思い悩んでいると周りが騒がしくなってきた。
ギルドの入口から詰め所の兵が駆け込んできて、受付嬢に息を整えながら話しかけている。
ここでは会話の内容が聞こえないな。
こんな時はスキルの出番。
聴覚拡張を意識すると、ポーンと音が。
【スキル 聴覚拡張のレベルが上がりました】
……便利過ぎる!
「そんな!? 今日に限って……今はギルマスもキンバリーさんもいないのに!」
焦ったような受付嬢の声が聞こえた。
「とにかくすぐに腕の立つ冒険者を集めてくれ! 早くしないと手遅れになる」
うろたえる受付嬢に兵士が怒鳴るように告げたが、
「腕の立つ冒険者って言ったって……ランクCクラスのパーティーでもなければ無理よ! EクラスやDクラスの人数をいくら集めたって逆に危険だわ。
それに冒険者のほとんどは依頼で街を出ていて残っていないの」
「ちくしょう! なんでこんな時に!」
悔しそうに呟き、兵士がカウンターを拳で殴りつけた。
どうやらかなり状況はよろしくないようだ。
そのまま聞き耳をたてていると、階段から下りてきたマリーが受付に近づき会話に加わった。
僕も詳しい話を聞こうと席を立ち受付に向かっていると、女性が一人ギルドに飛び込んでくるなりカウンターにすがり付き、
「お願い! 依頼をしたいの! 冒険者にあの子を連れ戻してもらって! あの男からあたしの娘を取り戻して!」
「リンダさん、落ち着いて」
衛兵が宥めようとするが彼女はそれを振り払い、
「お願い。すぐにでも依頼書を作って! 報酬はいくらでも出すわ!」
マリーと受付嬢は顔を見合わせ、先輩だからだろうか、受付嬢が申し訳なさそうに言った。
「リンダさん、それが……今の内のギルドにはその依頼を受けることができる冒険者がいないのです」
「どうしてよ!? そこにも、そこにもいるじゃない。剣や槍を持った立派な冒険者がいるじゃないの!」
「確かに冒険者はいます。ただ……この人達には難しい。
あなたの娘さんの連れ去られた場所がやっかいなんです。
よりにもよってニムルの森に逃げ込むなんて。それも泉を越えて真っ直ぐに逃げたとなると、マッドウルフの縄張りに入ってしまった可能性が高いんです」
冷静に、受付嬢が言い含めようとする。
「今、隣街の冒険者ギルドに人をやって、Cランク以上の冒険者パーティーを派遣してくれるように要請しています。
私達にはその人達が依頼を受けて来てくれるまで、無事を祈ることしかできません。本当に申し訳ございません!」
受付嬢は唇を噛み締め、勢いよく頭を下げた。
遅れてマリーも頭を下げる。
彼女達も心情は複雑なのであろう。
でもどうすることもできず、せめて頭を下げたのだ。
これ以上マリー達に頼んでも無駄だと悟ったのか、リンダさんが周りで見守る僕達に向けて叫んだ。
「お願いよっ! 誰か、誰でもいいからあの子を助けて!
お金ならいくらでも払うわ。今はないけれど、一生かけてでも払うわ!
あたしにできることならなんだってするから」
必死な目を向けられるが、誰もがその視線から顔を逸らした。
かわいそうだとは思っても、自分の命を捨てることはできない。
無言の回答がそこにはあった。




