表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
女神様の美容師  作者: 獅子花
美容師 異世界に行く
319/321

319.美容師~我が目を疑う

 

 崩れ落ちるようにその場に座り込んだ。

 ゆっくりと体を後ろに倒し寝転がる。

 目を閉じて眠りたい衝動を抑えるのに多大な精神力を必要とした。


 右手を持ち上げて顔の前に移動させ、ソレを見る。

 光はすでになく、見慣れた銀色のシザー7がある。


 開いてみたがキズや刃こぼれひとつない。

 頼もしい相棒だ。

 申し訳程度に布で拭ってシザーケースに戻した。


 ここでやっと目を閉じる。

 ふぅー、と深く息をつく。


「なんとか生きてる」


 呟くと、押し殺していた疲労がのしかかってきた。

 もう動けないし、動きたくない。


 眠りを押し返す力はすでにない。

 少し、ほんの少しだけだから。

 自分に言い訳していると、


「ソーヤ君、こんなところで寝ると風邪をひくよ。っていうか、わたしを一人にして眠るのは勘弁しておくれ」


 サラリと鼻先を柔らかなものがくすぐる。

 目を開けると、金色が揺れていた。


「触りますよ?」


「いいよ。それくらいはご褒美の範疇にはいるだろうさ。うるさいマリーもここにはいないしね」


 隣に座ったフィクスさんが、自分の髪の毛を束にして僕の鼻先をくすぐってくる。


「では遠慮なく」


 顔を持ち上げて、その毛先をぱくっと咥えた。

 悔しいけれど、腕に力が入らないのだ。

 でもこんなチャンスは滅多にないし、せめてもと思いこんな行動に移ったわけで。


「ソーヤ君……さすがにこれにはわたしもひくんだけど」


「らいひょうふでふ。ぼふもひょっとひうへまふはは」


「わたしの髪の毛を口に入れたまましゃべるのはやめておくれよ」


 もごもごするたびに、口の中を毛先がくすぐってこそばゆい。


「はい、おしまい」


 フィクスさんが髪の毛を引き上げようとするので、唇に力を入れて抵抗するが、


「マリーに言いつけるよ」


 効果抜群の言葉に一切の抵抗を放棄することにした。


「うわぁ……ベトベトする」


 嫌そうに自分の毛先を見つめるフィクスさんに、


「それに関しては、全面的に謝罪します」


 潔く自分の非を認める僕。


「なんならシャンプーしてブローすることも謝罪として要求します」


「それはソーヤ君にとっては謝罪ではなくご褒美なんだよね? 要求とか言っちゃってるし」


「そうとも言えます」


 はぁ、とため息を吐くフィクスさん。

 けれど、寝そべったままの僕に対して、深く頭を下げてきた。


「ソーヤ君、ごめんね。あと、ありがとう。君のおかげで、わたしは今も生きている。こうして他愛もないおしゃべりをすることができる。

 この先、わたしにできることがあったら何でも言ってほしい。命をかけてこの借りを返すことをわたしは誓おう」


「やめてくださいよ。僕だってフィクスさんに助けられてこうして生きているんですから。

 ちなみに最後のレイピアの投擲にはかなり助けられました。というか、あれがなければたぶん僕の方がやられていましたね。だからお互いに貸し借りなしのイーブンってことで終わりにしましょう」


「いや、でもそもそもここに誘ったのはわたしのほうだし、それに今回のことは全面的にわたしに責任があるというか――」


 それでもなお続けるフィクスさんの言葉を遮るようにして、僕はこう言った。


「なら、その責任の代償として、僕が好きな時に好きなだけ髪の毛を触る権利をください!」


「いや、わたしは別にかまわないのだけどね。ソーヤ君がそれを望むのならいいのだけど。

 ただ……マリーがなんというか。ちょっと戻ってから相談させてもらえるのなら」


「さきほどの言葉を撤回させていただきます」


 戦術的撤退とはこのことだろう。

 僕はあえての沈黙を守ることにした。




 それから、無言で身体を休めることに集中し、水分と軽い食事をとって回復を促した。

 今はレッドオーガの討伐部位や魔核等をフィクスさんに教えてもらいながら剥ぎ取っている最中だ。


「よし、こんなところだろうね。ほんとうは丸ごと持ち帰りたいところだけれど、さすがに2人では持てる量に限界があるし諦めるしかないか」


 残念そうにしながらも、その手には大きな魔核を持ち、満面の笑みを浮かべている。


「ずいぶんと大きな魔核ですね。それに色も鮮やかというか」


「そうだね。さすがレッドオーガといったところかな。

 あとは迷宮のコアをどうするかだけど、これは街に戻ってゴルダに相談するしかないね。ギルドだけではなく、領主辺りにも指示を仰がないといけないだろうし、いずれにせよ私達が勝手にどうこうするわけにはいかないかな。この国全体の問題でもあるしね」


「そんなに大規模な話になるんですか?」


「うーん、そうだね。じゃあ簡単に説明しておこうか」


 そう言いながら、壁に埋まったコアに歩いていくフィクスさんの後を僕も追いかける。


「迷宮っていうのはさ、無限に湧いてくる資源としても活用できるのはわかるかい? その階層によって出てくる魔物が決まっていて、その素材を倒せば倒しただけ得ることができる」


「はい、それはわかります」


「今回、私達はこの迷宮と踏破したわけだけど、本来こんな簡単にコアにたどり着くことはないのさ。

 この迷宮が生まれたてだっていうのは話したよね? 本来の育った迷宮だと階層はもっと深くて、魔物の他に資源を回収できる採取場所や採掘場所があったりする。それは草や花、鉱物等の貴重な資源もあったりとか。

 迷宮のコアさえそのままにしておけば、迷宮はどんどんその階層を広げていく。その中に希少なモノを得られる場所や魔物が生まれる可能性があるとしたら?」


「それはまるで宝箱のような存在ですね」


「そう、面白い言い方だけど間違いではないね。ソーヤ君の言葉を借りれば、迷宮は無限の可能性を秘めた宝箱とも言える。

 逆にコアをこの壁から外してしまえば迷宮は消滅する。もちろん、このコアはとんでもなく価値があるから売ることで巨万の富を得ることも可能だよ。

 ただ、とりあえず私達は迷宮のコアをこのままにして、どうするべきかゴルダに相談しようと思う。勝手に外したりしたら、それこそゴルダに何を言われるかわからないからね」


「そういうことですね、了解しました。僕にもそれで依存はありません」


 僕は確かにフィクスさんの提案を了承した。

 それなのに……



 一瞬の出来事だった。

 目の前の光り輝くコアが消えてしまったのは。



 

「ソーヤ君、見たよね?」


「いえ、見てないです。僕は何も見なかったです。フィクスさん、どうしたんですか? 何かあったんですか? いえ、いいです。何も話さないでください。口を閉じて一切の言葉を発しないでください。僕は何も見ていないし何も知りません」


「いやいや、さすがにそれはないだろう? だってソレ、君のでしょ?」


「やだなぁ、フィクスさん。何を言っているのか僕にはさっぱりですよ。さぁ、そろそろ帰りましょうか。いやぁ、やけに疲れる散歩でしたね。街に帰ってお風呂に入って美味しい物でも食べてのんびりしましょうよ。ああ、僕が何でも好きなものをご馳走しますから……何でも、何でもいいんですよ、だから……どうかこのことはご内密に。とくにマリーにだけは言わないでください」


 ゆっくりと僕はその場に土下座することになった。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ