317.美容師~迷宮を攻略する18
レザーは僕の手のひらの中で横たわり、ほんのりと碧色の光を纏いながら淡く発光していた。
その光を見つめていると、再び、リィィィィン、と音がする。
【女神リリエンデールの加護により、レザーの経験値取得を確認……レベルが上がり、テクニカルスキル《シェーブ》を取得しました】
「シザーじゃなくってレザー……今度はお前が僕に力を貸してくれるのか。新しく覚えたスキルはシェーブ……そうか!!」
カットでシザーではなくレザーを使うのは、いらない毛をそぎ落とす時。
ということは、こいつの才能はそぎ落とす、つまり排除する。
だから、シェーブ!!
そぎ落とし、その存在を無くすことに特化しているのだとしたら……
僕はレザーの柄を握りしめて、レッドオーガに走り寄る。
それで何かをするのは察したのだろう。
フィクスさんが牽制するように、魔法を撃ち出してオーガの動きをその場に留めてくれた。
オーガは見えない風の弾丸をうっとおしそうに両手で払い落し、目の前に現れた僕にも同じように腕を振り落としてきた。
その腕をかいくぐる様にしながら、僕はそっとレザーを腕に添わせるように置き、
『シェーブ』
と呟くと、何かをレザーがそぎ落とすように剥がしていくのがわかった。
追加とばかりに胸の辺りをレザーでひと撫でし、背後に回り込んで背中にも滑らせた。
これで、やるべきことはやったはずだ。
妙な確信を覚える僕を裏付けるように、レザーの纏っていた碧の光が消えていく。
「フィクスさん! 攻撃を! 全力全開でお願いします!!」
叫びながらレザーをシザーケースに戻し、そのかわりに孤影を抜き放ち、オーガの膝裏辺りを狙って斬りつけた。
右手首に鈍い痛みを感じながらも歯を食いしばって振り切り、その結果として紫色の液体が飛び散ったのを確認した。
ナイス、レザー!
あと、リリエンデール様も!!
心の中で喝采をあげ、膝をつくオーガの角を狙って2本の孤影をクロスするように上から叩きつける。
けれど、さすがはAランクのオーガ。
挟み込むように角を斬り飛ばそうとした孤影を、力任せに両腕を重ねて振り上げ、下から弾き飛ばした。
そのまま子供のようにでたらめに腕を振り回すので、危なくって近くにいられなくなり後ろに下がる。
その瞬間、狙いすましていたかのように、空気が震えた。
暴れていたオーガの体が宙に浮いて、そのまま視界から消えた。
「攻撃……全力……全開……これでいいのかい?」
聴覚拡張が、消えそうな呟きを僕の耳に届けてくれる。
その音の元といえば、前傾姿勢で膝に両手を付き、地面まで金髪を垂らした姿。
なんか、金髪のお化けみたいだ。
こんな時なのに、場違いなことを考えてしまい、思わず笑みがこぼれた。
金髪お化けに駆け寄った僕は、
「大丈夫ですか?」
と声をかけたが、返ってきたのはこんな言葉。
「大丈夫かと問われれば、大丈夫ではないと答えたいところだけれど、大丈夫と答えなければいけないのだろうね。でも大丈夫ではないのは確かなことで、だから大丈夫だけれど大丈夫ではないというところだね」
なんだか禅問答みたいで、よくわからない。
とりあえず、苦しそうにしているのは魔力切れということなんだろう。
自分勝手に結論を出し、そういえばオーガはどうなったかな、と吹き飛んで行った赤色を探すと、ゆっくりとだがこちらに向かって歩いてきていた。
フィクスさんの『エアハンマー』で折れたのだろう左腕をブラブラと揺らし、右足を引きずってはいるが、真っ赤な目は爛々と輝いている。
まだまだやる気は十分って感じだ。
さてさて、フィクスさんはちょっと休憩しないと使い物にならなそうだし、ここはもう一息僕がなんとか頑張るとするか。
フィクスさんを庇うように背中に隠し、魔言を紡ぎ始める。
僕が選んだ魔法はもちろんこれ。
というか、これしかないと言った方がいいかもしれない。
僕の使える最も攻撃力のある魔法。
『アクアブーメラン』
呟き、右手で持ち手を掴む。
そして、
『アクアブーメラン』
左手でも持ち手を掴む。
ここは最後の大盤振る舞い、二刀流ならぬ……ゴロが悪いのでやめておこう。
とにかく、両手に『アクアブーメラン』だ。
魔力がごっそりと減ったのがわかった。
きっとあとで僕も呟くのだろう。
大丈夫なのか大丈夫ではないのかわからない、あの呪文のような言葉を。
右手の『アクアブーメラン』を投擲開始。
もちろん、スキルは上乗せ状態で。
遅れて左手の『アクアブーメラン』も発射。
弧を描きながら飛んで行った『アクアブーメラン右』がオーガの左側から接近する。
それと同時に『アクアブーメラン左』が右側から迫る。
角度を変えて投げることによって軌道を修正したのだ。
これで、ほぼほぼ同時に左右の『アクアブーメラン』がオーガに当たる。
これまでの経験上、避けることではなく迎撃を選ぶと予測したがやっぱりそうだ。
その場で拳を構え、左右の刃を狙い撃つ模様。
そこに、第三の攻撃が現れたらどうだろう。
オーガにだって、腕は2本しかないわけで、その2本で間に合わなければ3本目を出すしかない。
もちろん、相手に3本目の腕があればの話ではあるけれど。
結果、3本目の腕がないオーガは、かわりのモノで僕の攻撃を防いだ。
それは、何か。
答えは頭に生えた1本の角である。
両の拳で左右の水の刃を殴り落とし、右手の孤影を角で迎撃。
でも、僕には4本目の腕があるわけで。
つまり、左手の孤影を遮るものはないのだ。
角で孤影を受ける為に、下を向くような恰好になったオーガには、僕の左腕が視界には入らない。
なので、準備しておいた左手の孤影をオーガの首に目掛けて振り下ろした。
その際、体ごと左に飛び跳ね刃を滑らせるように手首を曲げて引き抜く。
刃を伝わってきた硬い感触は、たぶん首の骨だろう。
ここまでしても、首を断ち切るどころかその骨すら斬ることはできなかったようだ。
フィクスさんではないけれど、ほんとに嫌だ、レッドオーガ。
追撃を食らわないうちにと、逃げるようにフィクスさんの元に駆けていく僕。
恐る恐る振り返ってみると、右手と両膝を地面についたまま、睨みつけるように射貫く2つの赤と目が合った。
「やっぱり、まだ生きていらっしゃる」
そうだとは思っていたけれど、そうではなければいいなと思っていた。
左手に伝わってきた感触には、いまいち手ごたえがなかったから。
身体の中の魔力の残りを計算しながら、大きく息を吐いた。
さっきのをもう一度。
魔力は足りるだろうか。
そもそも、同じ攻撃が通じるだろうか。
今度は、殺られるのは僕の方ではないのか。
頭の中にマイナスのイメージがあふれ出してくる。
それでも、もう一回やるしかない。
このまま見ていても、絶対にあいつは死なないだろう。
それこそ、こそぎ取った驚異的な回復力とまではいかないとしても、Aランク種族の強さに見合った回復はするかもしれない。
そもそも、能力を永続的に奪えるのだろうか?
もし、レザーの力に時間制限的なものがあったとしたら?
今にも、オーガの体から白い煙が立ち上ったとしたら?
間違いなく、僕とフィクスさんは殺される。
だとしたら、この場で考えている暇などないのだ。
残りの魔力が足りなかったとしても、それこそ相打ちのような結果になったとしても。
少なくとも、フィクスさんだけは生かすことができる。
僕だって、誰かを失うのはごめんですよ、フィクスさん。




