316.美容師~迷宮を攻略する17
『大気に宿るマナよ、我が呼び声に答え、風を集めよ。集え、集え、渦巻け、渦巻け、敵を閉じ込め、鋭き刃となりて切り裂け。トルネード!』
暴れていたオーガの周囲に、魔素が集まってきたかと思えば、暴風が吹き荒れて紫色の血が高く渦巻いていく。
「これは……上位魔法?」
呟いた言葉に、
「そうだよ」
ちょっと自慢気に、フィクスさんが答えてくれた。
「わたしが使えるとっておきの上位魔法さ。これでだめなら、正直お手上げだね。
と言うよりも、もう魔力も残りわずかだし、手を上げるまでもなく、あとは殺されるのを待つだけだろうね」
ゴォォ、という風の唸る音に混じって、オーガの悲痛な叫び声が聴こえてくる。
これが聴こえなくなれば無事に倒せたということなのだろうけど……僕の≪聴覚拡張≫は、こんな時でもしっかりと働いてくれるから困る。
少しずつ弱まってきた竜巻の中から、しっかりと両腕で頭を抱えるように守っているオーガの姿が見えてきた。
そして、風が消えるとともに、ゆっくりと腕を下ろし射殺さんばかりの目で僕達を睨みつけるオーガ。
「うわぁ、まだまだ死にそうにないじゃないか。ごめん、ソーヤ君。こんなことに君を巻き込んでしまって」
儚げに微笑むフィクスさんは、そう言いつつも僕を守るように前に出る。
「なんとか相打ちに持ち込めればいいんだけど、ちょっと難しいかもしれないなぁ。
せめてもう片方の目も潰すくらいまでは……ああ、だからオーガの相手は嫌なんだ。せっかく潰した右目が、ほとんど回復してるじゃないか」
傷ついたオーガの体からは、蒸気のように白い煙が立ち上っていた。
あれが、フィクスさんの言っていた反則的な回復力の効果なのだろう。
「あれからわたしも必死に努力したつもりだったんだけどねぇ。これでアイツの敵が討てるなんて、思ってしまったのが間違いだったのかな。大切な誰かを失うのは、わたしはもうごめんなのに」
フィクスさんは大きく息を吸って吐き、右手に持つレイピアをヒュンと一振りした。
「再生するならするで何度でもすればいい。再生できなくなるまで切り裂いてやる」
自らの言葉を表すように、フィクスさんは怒涛の勢いでオーガを攻め立てた。
もちろん僕だって、黙って見ていたわけではない。
フィクスさんの動きに合わせて、休む暇もなく両手に持った孤影を振るっていた。
それでも、オーガの回復力には敵わなかった。
立ち昇る蒸気と共に身体中についた切り傷は綺麗に治り、潰れていた右目も元通りのあり様だ。
僕達だって攻撃を食らってはいないので無傷ではあるが、体力面ではそうもいかない。
二人して息切れしているし、何より精神面がヤバい。
あんなに攻撃をしたにも関わらず、無傷の相手が目の前にいるのだ。
これには僕だって愚痴の一つくらいこぼしたくなってしまう。
その場から動かないオーガから距離を取り、フィクスさんと目が合うとお互いに顔をしかめた。
「これがBランクとAランクの違いですか?」
「うん、まぁそうだね。その中でもレッドオーガはまた別物と言えるけど。この回復力さえなければ、まだね」
「その回復力も、これでもう品切れとかは?」
少しずつ薄くなって消えていく蒸気を見て、自分でも都合が良いなぁ、なんて思いながら聞いてみるが、
「いや、昔に戦った経験からでよければ、あと2~3回くらいは欠損部位の回復ができるだろうね。腕とか斬り飛ばしても生えてくるよ、きっと」
苦笑交じりに答えながらも、時折咳きこみながらも大きく肩を上下させて息を整えるフィクスさんを横目に考える。
回復力、回復力か。
それさえなければ、確かに相手を傷つけることはできた。
僕の『アクアバレット』は効かなかったけれど、『アクアブーメラン』なら当たればなんとか。
それに、レイピアや孤影でも切り傷くらいなら無数に負わせたし、失血死だってある。
となると、フィクスさんの言う通りにオーガの回復力だけをなんとか取り除きさえできれば勝ち目はあるのだ。
だがしかし、言うのは簡単だけれどやるのは難しい。
こうなってくると、もはや神頼みしかないわけで。
僕にとっては、女神様であるリリエンデール様頼みしかないわけだ。
というわけで、絶体絶命のピンチです。
何とかしてもらえませんか? リリエンデール様。
シアンにアンジェリーナも頼むよ。
なんて、心の中でお願いしてみると、頭の中で期待通りの音が鳴り、これまた都合のいいことに、腰に巻いたシザーケースから碧色の光があふれ出す。
「言ってみるもんだな」
小声で呟いて、孤影を鞘にしまいアレを待つ。
そして、リィィィィンと澄んだ音が響き、僕の待ち望んでいたコエが聴こえる。
【シアンより???への足りない経験値の譲渡を開始……80……90……95……100%――女神リリエンデールの加護により???の覚醒を開始します……】
よし、きた!
待ちきれない僕は、シザーケースの蓋を開けて右手の指を差し入れた。
向こうから吸い付くように、自然と薬指がその輪の中に通る。
けれど、その感触が思い描いていた物とはちょっと違う。
引き抜いた僕の右手にぶら下がっていた物は、銀色に光るシザーではなく黄色いプラスチックの持ち手が付いたレザー、いわゆるカミソリだった。




