315.美容師~迷宮を攻略する16
「オーガって、フィクスさんができれば戦いたくないって言っていた、あのオーガですか?」
「そうだよ。中でも一番手ごわいレッドオーガが出るなんて……わたしにあの時の借りを返せってことなのかね」
「借り? あの時?」
「こんな状況で話すことじゃないね。とりあえず実体化した瞬間に、二人で魔法を叩きこんでみようか。後は臨機応変にいくよ!」
「わかりました。指示出しをお願いします!」
弧影を左手に魔言を紡ぐ。
どの魔法にするか迷ったが、一番使い慣れている『アクアブーメラン』にしよう。
横から聞こえる魔言でわかったが、フィクスさんも『エアハンマー』に決めたみたいだ。
「ガァルルァー!!」
僕達を見つけたオーガが叫んだ。
耳に聞こえる音だけでなく、圧力となって体にも響く。
もしかして魔物特有のスキルだったりするのかもしれない。
両手を前に突き出したフィクスさんが、先に撃てと視線で合図をくれたので、肩の上で握りしめていた『アクアブーメラン』を≪回転≫を意識した≪投擲≫で思い切り振りぬいた。
投げっぱなしで回収するつもりはなかったので、無色透明の水の刃が空気を切り裂いて飛んでいく。
その的であるオーガの両手には武器がない。
ならば体ごと避けるしかないはずなのに、視認できないせいなのかどっかりと足を開いて待ち受けている。
当たる! と思った瞬間、オーガが握りしめた拳で宙を殴ると、パンッと音がして、水がはじけ飛んだ。
爆発するように飛び散る水を見て、
「……嘘だろ」
思わず、言葉がこぼれてしまう。
力づくで『アクアブーメラン』を壊したのか?
「やっぱりダメか」
呟きながら、フィクスさんが両手から『エアハンマー!』を繰り出した。
さすがに面での衝撃は殴り飛ばせないようで、両腕をクロスさせて数メートル後ろに下がったがダメージらしきものは感じられない。
「時間がないから簡潔に説明するよ。オーガの攻撃は両手両足を使った格闘のようなもの。それに噛みつきと頭の角による頭突き。いわゆる脳筋タイプだから魔法は使用してこないはずだよ。
ただかなり力が強いから、一発喰らったら骨や内臓は損傷すると思った方がいい。わたしは目を潰すことに専念してみるから、ソーヤ君は首を狙ってくれ! それが難しいようなら足の膝裏辺りを頼んだ」
早口で要点だけを伝えて、レイピアを構えたフィクスさんが金髪を靡かせて駆けていく。
脳震盪くらいは起こしたのだろうか。
両腕を下ろしたオーガは少しふらつき、二度三度と頭を振っている。
でも、フィクスさんの『エアハンマー』を受けて脳震盪レベルとは、どれだけ打たれ強いのだろう。
左手の孤影を右手に持ち替えて、すばやく魔言を紡いでいく。
魔素が集まる感覚で僕が魔法を撃つことがわかったのだろう。
フィクスさんが左斜めに進路を変えて、僕の『アクアバレット』の射線を開けてくれたので、5つの『アクアバレット』をオーガの頭部と足を狙うように撃ち、それを追いかけるように僕も走り出した。
レッドオーガは右手の一振りで『アクアバレット』3つを吹き飛ばし、両足を狙った2つはかなりずれて腰の辺りに当たったが、ダメージどころかよろめきもしなかった。
威力のない魔法では牽制にもなりはしないのか。
落ち込んでいる暇もなく、フィクスさんのレイピアをうっとおしそうに殴りつけ、魔法を撃った犯人である僕に向かって、両手を振り上げたオーガが駆け寄ってきた。
手のひらの中で孤影の束を握り直し、両足を肩幅に開いて迎え撃とうとしたが、近づいてくるオーガの迫力に足が竦み膝が震えた。
あんなに太い腕を孤影1本で受け止められるのだろうか?
脳裏に浮かんだ疑問に、体が勝手に答えを出した。
すばやく左手がもう一本の孤影を引き抜き、右手の孤影に添わせるように平行の形に刃を置いた。
向こうが2本なら、こちらも2本だ。
あとは使えるものは使う。
久しぶりだけれど、スキル全開放で!
くる、くる、くる……来た。
振り降ろされる両腕を少し斜めに傾けた2本の孤影で受け止めた瞬間、それぞれを手のひらの中ですばやく回すと、オーガの体が両腕と一緒に右側に流れた。
近くでタイミングを計っていたのだろう。
そこに風のように颯爽と現れたフィクスさんが、レイピアの切っ先をオーガの右目に突き入れる。
「ギャオォォ」
予期せぬ痛みの為、反射的に振り回したオーガの右腕がフィクスさんの側頭部をかすって、少ないない量の金髪を千切り飛ばした。
こんな時なのに、僕の視線はオーガではなく宙を漂う金色に固定されてしまう。
「ソーヤ君! 早く離れて!!」
慌てて背後に飛びのくと、オーガがその場で両手をやたらめったら振り回している。
僕達にとっては運よく、右目の血が左目にも入って、視界を塞いだようだ。
「チャンスだね。使うならここか」
僕の隣に移動してきたフィクスさんが、レイピアを腰に戻して聞いたことのない魔言を紡ぎはじめた。




