313.美容師~迷宮を攻略する14
とりあえず、ぐいぐい迫ってくるフィクスさんをなんとか押し戻して宥めつつ、倒した3匹から素材と魔核結晶を剥ぎ取ったまでは良かったのだが、結局は次の階段を下りることなく座らされて説明をさせられた。
拙い説明と言うか、正直僕にもよくわからないことなので、フィクスさんに質問をしてもらい、それに答えを提示することでなんとか納得してもらうことができた。
いや、納得はしてもらえていない。
そもそも、今回の原因? 現象のキモになっているのが僕の≪回転≫スキルのようなので、それを持っておらず、理解できないフィクスさんには納得できるはずがないのだ。
「こうなったら実際にやってみるしかないよね」
そのせいでこうなっている。
10メートル程離れた場所で、フィクスさんが魔言を紡いでいる。
顔の前で孤影を横に構える僕。
この構図だ。
果たして、そう上手くいくのだろうか。
上手くいかなければ、僕はフィクスさんの魔法をこの身で受けることになるのだけれど。
『エアバレット』
強く拒否ができなかった僕が悪いのだろうが、なんの躊躇いもなくフィクスさんが魔法を放ってきた。
けれど……見えない、見えないよ、フィクスさん。
なんとなくで魔力の塊を感じはするが、風の弾丸自体が視認できないのでタイミングを計ることができないのだ。
仕方なく、僕は横っ飛びに体を投げ出して魔法を避けた。
それを見て、案の定ブーブーと文句を言われる。
「なんで避けるのさ、ソーヤ君。さっきみたいにこう、ババンと魔法を弾くところを見せておくれよ」
「そんな簡単に言わないでくださいよ。さっきはなんというか、僕も必死だったんですから。
それにフィクスさんの風属性の魔法だと余計に難しいんですよ。『エアバレット』は無色透明じゃないですか。それが僕の顔を目掛けて飛んでくるとなると、怖くって集中なんてできません!」
「えー、そんなこと言われてもさぁ。わたしは風属性の魔法しか使えないし……そうしたらソーヤ君。自分で自分に魔法を撃って、それを弾くとかにするかい?」
「……それって、凄く馬鹿馬鹿しく思えてしまうのですが」
「うーん、ソーヤ君はわがままだなぁ」
ため息をつきながら、フィクスさんがこちらに歩いてくる。
ため息をつきたいのは僕の方なのだれど、諦めてくれただけで良しとしよう。
「なら、次の魔物が魔法を使う奴だったらちゃんと見せておくれよ?」
「善処します」
「ソーヤ君は言い方が硬いなぁ」
「フィクスさんが軽すぎるんですよ」
「そうかなぁ。そんなことないと思うけど」
首を傾げながらも、地面に腰を下ろす。
「まぁいいか。ではちょっと休憩した後に3階層に出発進行、ということで」
3階へ続く階段を進み、2階とかわりばえのしない風景の迷宮を攻略する。
薄暗く照らされる通路の中、唯一変わったのは魔物の種類。
1階は小鬼、2階は犬鬼、ときて3階に現れる魔物は豚鬼、フィクスさんの言う昔の言葉ではオークと呼ばれる魔物だった。
ゴブリン、コボルト、オーク、もっさんから聞いていた異世界物語やゲームの世界にかなりの頻度で登場する魔物でもある。
ちなみに、フィクスさんは3階層にたどり着くなり、この階の魔物がオークであることを的中させた。
なんでも、オーク特有の匂いがしたらしい。
それがいい匂いというのなら問題はない。
けれど違う。
そう、奴らは臭いのだ。
わかりやすく言えば、動物園のゲートを潜って数メートル進んだ時に漂ってくる匂いに似ている。
なので、3階層に着いた瞬間にフィクスさんが叫んだ。
「最悪だよ! この階の魔物はオークだ!!」と。
実際に目にした感想では、ホブゴブリンを2まわりくらい大きくして、顔の中央には大きな豚のような鼻がついていた。
手にする武器はどこで拾ったのか木でできた棍棒のようなもの。
ただし、知能はホブゴブリンよりも少し高く、力はかなり高いとのこと。
魔物としてのランクはCよりのDランク。
Cランクの冒険者でも頭部に一撃をくらえば、致命傷を負う可能性ありなレベル。
僕としても、さっきまでのお遊び感覚では、とてもじゃないが戦えない。
さすがのフィクスさんも、嫌な顔をしながらだがしっかりとレイピアを構えている。
さて、目の前には10メートル程離れた曲がり角から現れた2匹のオーク。
順当に考えれば、それぞれ1匹ずつが受け持ちとなるのだが……、
『エアハンマー!』
レイピアを持ったまま両手を前に突き出すフィクスさんが声高らかに叫ぶと、2匹のオークが吹き飛んで行って壁にぶつかり、はりつけのような状態からズルリと崩れ落ちた。
1歩前に出て剣を構えたまま数秒見守るが、致命傷だったようでピクリとも動かない。
「ふぅ、疲れた。さぁ、ソーヤ君、剥ぎ取り部位の右耳と魔核結晶の確保を頼むよ。なんて言ったって、わたしの魔法で倒したんだからね。ソーヤ君は横で見ていただけだし、間違いなく剥ぎ取りはソーヤ君の仕事だよね。今回もわたしが一人で倒したのだからさ」
何度も自分がオークを倒したと主張するフィクスさん、これにはある理由がある。
妖精種でエルフのフィクスさんは、人種に分類される僕よりも耳と鼻の性能が良いという種族特性があるらしい。
なので、僕が臭いと思うその何倍もフィクスさんは臭いというのだ。
だからこそ、自分がオークを一人で倒したのだから、剥ぎ取りは僕が一人で行うべきだと訴えてくる。
というよりも、遠回しにそうしてほしいと行動プラス言動で訴えてきた。
というわけで、見的必殺ではないがオークが近づいてくるのをその匂いで僕よりも早く感づき、視界に現れた瞬間には魔言を紡ぎ終わり、こちらに近づくなとばかりに『エアハンマー』をさっきからぶちかましているのだ。
オークに近づくのが嫌だから剥ぎ取りをお願いしたい、そう正直に言ってくれればいいのに。
内心そう思っているのだが、あまりにも必死なフィクスさんが珍しくてついついそのまま泳がしていたりする。
このまま戦闘を続けていけば、いくらフィクスさんでも魔力がもたないと思うのだが……魔力が尽きた時にフィクスさんがとる行動が楽しみだったりしている。




