31.美容師~回転について説明する
シザーや道具の手入れをし、眠りについて翌朝。
目標を再確認したせいか、やる気に満ちあふれていた。
朝食のサンドイッチモドキを食べ、お昼用にサンドイッチモドキを包んで弁当にしてもらった。
今日はキラービーの攻撃を弾く練習をしながら、ノインを探してお金を稼ぐことにした。
グラリスさんへの支払いがあるし、少しずつでも貯蓄を増やすんだ。
それにしても、女神様からの連絡はいつになるのだろう。
目安だけでも聞いておくべきだったな。
神秘的といえる緑色の髪の毛を思い浮かべ、グラリスさんの工房に頼んでいたナイフと短剣を受け取りに向かった。
「できてるぜ。こんな感じでいいのか?」
僕の顔を見るなり、早く手に取って試せと急かされる。
自分の技術に自信を持っているのか、どこまでも職人気質というか。
まずはナイフを指先で軽く掴み、クルッと一回転させてみた。
刃があるのでどうしても先端側が重くなるのは仕方ない。
重心の位置を意識して、何度か繰り返す内に、思うように回せるようにになった。
「なんか気持ち悪い動きだなぁ」
興味深そうに眺めていたグラリスさんが、顔をしかめて嫌そうにする。
そんなこと言わないでほしいけど、見慣れない動きだろうからな。
ナイフを作業代に置き、今度は短剣を同じように回す。
刃の長さと質量が違うので、微調整が必要だが……わりと早く回転できるようになった。
左手にナイフを持ち、両手でそれぞれを回転させる。
グラリスさんから離れて、回転させたまま歩いてみた。
ジャグリングをしている気分だ。
「器用にやるもんだなぁ」
感心したようにグラリスさんが褒めてくれたので、調子にのってもっと動いてみる。
さすがに難しい。
もっと練習が必要だ。
「それでよぉー、クルクル回してんのはわかるんだけどよ。それってなんの役に立つんだ? 見世物芸でもして、金を稼ぐつもりじゃねーんだろ?」
「もちろん、戦う為ですよ」
「それでか? どうやってだよ」
呆れた表情を向けられたので、ちょうどいいと相手をしてもらうことにした。
「では使い方をお見せしますので、そこの棒で軽く殴ってもらってもいいですか?」
「こいつでか? 思いっきりお前を殴ればいいのか?」
「軽くですよ! 上から軽く剣を振るような感じでお願いします」
危ない。
本当にこの世界の人には気が抜けない。
「いいか? いくぞ」
50センチほどの鉄の棒を振り上げた状態で止め、グラリスさんが聞いてきたので、僕は短剣を横にしてを胸の前で構え、「どうぞ」と声をかけた。
「ふんっ!」
「ちょっと!?」
どう見ても軽くではない。
風を切って棒が振り下ろされるのを焦りながらもタイミングをはかり、短剣の刃に触れる瞬間に指先で持ち手を回し、外側に向けて一回転させた。
すると、キーンと音を鳴らした鉄の棒は映像を逆戻しするかのように、振り下ろす前の位置に戻った。
「お前……今、何したんだ?」
棒を構えたまま、グラリスさんは目を丸くして驚きを隠せないようだ。
うまくいってよかったけど……。
微かに痺れる指先で確かめるように短剣を一回転させ、もうワンテンポ遅らせて親指の押し出しは強めにと改良点について考える。
「おい! 今のなんだよ? なんであんな簡単に棒を弾けたんだ?」
「簡単というか……回転の力を利用したんですよ」
「……回転の力ってなんだ?」
どう説明すればいいのか、回転運動の知識ってやっぱりこの世界にはないのか……?
「えーとですね。さっきから見ての通り、僕はこの短剣を回転させていたわけですが、物が回るということは回ることにって力が発生するんですよ。円運動とか回転運動って言うと思うんですけど、知りませんか?」
「知らねーな」
「じゃ、実際に試した方が早いですね。その鉄の棒を貸してもらえますか? で、そっちの端を片手で軽く握ってください。そのままでいいですか?」
両側をお互いに片手で握った状態になったので、鉄の棒を回転させるように捻った。
すると棒はグラリスさんの手の平の中で回転するわけで……。
「っ!? いててっ」
痛そうにグラリスさん棒から手を放した。
「これが回転運動です。この力を利用したんですよ」
「今ので棒を弾けるのか?」
今一理解できないようなので、実演を再開する。
「では次の実験ですね。僕がこうやって両手で棒を回しているので、手の平で触れてみてください」
棒を手の平で挟むようにして、手の中で転がすように回転させる。
「こうか?」
言われるままに手の平を触れさせたグラリスさんの手が、勢いよく弾かれる。
少し痛みを感じたのだろうか。
弾かれた手の平を見つめて、
「もう一回いいか?」
今度は指先でそっと触れたが、同じように弾かれた。
「不思議なもんだな。こんなに小さな棒がクルクル回ってるだけなのに」
実際に体験してみて納得したのか、自分の加工した短剣の持ち手を掴み、回転させようとしている。
「お前みたいにうまく回らねーな」
何度か試してみて、諦めたように短剣を作業台に戻した。
「それは、毎日の努力の賜物ですから」
初めてグラリスさんに誇れるものがあり、ニヤリと笑って見せた。
「ふーん、まぁ、よくわかったよ。ありがとな」
「いえいえ、どういたしまして。というわけで、こっちの短剣も同じように加工してください」
「おう、わかったぜ。同じでもいいけどよ、持ち手の方を重くしたほうがいいんじゃねーか?」
おお、わかっていらっしゃる!
「できますか?」
「そりゃ、それくらい俺にかかればどーってことねーよ」
ニヤリと笑い返された。
刃と持ち手を6:4くらいの重さで試作してみることで合意し、夕方にはできているというので、依頼を受けるために別れた。




