308.美容師~迷宮を探索する9
曲がり角から湧き出してくる犬鬼目掛けて、魔言を紡ぎ魔法を放つ。
『エアハンマー!』
フィクスさんよりかは若干劣るが、風の衝撃が犬鬼を吹き飛ばしていく。
「あー! ソーヤ君がわたしのマネをした!! ズルだズル―!!」
後ろで叫んでいるフィクスさんに、
「置いていきますよ」
声をかけて、再び魔言を紡ぐ。
とりあえず、角の辺りで迎え撃つことにするか。
魔力の残量もあるし、もう一発だけ撃って、あとは剣と体術で凌ぐとしよう。
孤影で突き、切り払い、進路の邪魔になるものは蹴り飛ばし、なんとか角の位置をキープ。
そして、通路の奥に向けて準備していた魔法を解き放った。
『アクアウェーブ!!』
濁流が犬鬼を押し流して、後続と纏めて流れていく。
今の内にと息を整え、腰のポーチから初級の魔力回復薬を取り出して口にくわえた。
≪気配察知≫と≪危険察知≫で見る限り、まだまだ続々と魔物の気配がこちらに向かって移動してきているようだ。
こうなると、フィクスさんとの勝負が早めに決着がついて良かったのかもしれない。
ここからは個ではなく協力しないと、途中でガス欠を起こす可能性が考えられる。
ブーブーと文句を垂れていたフィクスさんが、僕の左隣に陣取って通路の奥に視線を飛ばしている。
小声で呟いた魔言は、探知ようのものだろう。
若干顔をしかめて、
「ちょっとやばいかなー。わんさか来るね」
なんて苦笑している。
「ここからは協力体制でいきませんか?」
「んー、仕方ないねぇ。ソーヤ君がそう言うのなら、わたしとしては是非もないさ」
「とりあえず、地面を凍らせますね」
先程撃った魔法のお陰で、通路の奥まで地面が濡れている。
それを利用して、地面に薄い氷の膜を張っていく。
こちらに向かって駆けてきていた犬鬼の集団が足を滑らせて転び、その勢いを殺しきれず壁にぶつかりながらも無防備な背中を晒したまま到着。
フィクスさんが冷静に背中側から心臓を一突きしてとどめを刺していく。
「おーおー、ソーヤ君。なかなか味な真似をするじゃないか。確かにこれは使えるねぇ」
絶命した犬鬼の首元を掴み、フィクスさんがポイポイと背後に放り投げていく。
「邪魔者はこちらにどーぞー」
細い腕なのに、どこにあんな力があるのだろうか?
驚いてみている僕に、
「ほらほら、ソーヤ君も邪魔だから後ろに投げちゃって!」
固まっている僕の前に倒れたままの犬鬼にレイピアの剣先をぶっさし、器用にぽいっと投げている。
「そんな使い方して大丈夫ですか? レイピア折れますよ?」
「いやいや、そんじょそこらの安物ではないからねー。この程度なんてことはないさ」
「そんないいものなら尚更やめた方がいいんじゃないですか? 作った人が見たら泣きますよ?」
「そうかい?」
「ええ、たぶん」
「そんなことより、またまた来たようだよ。ソーヤ君、あそこの剥がれている個所の氷を張りなおしておくれ!」
レイピアの剣先で示された場所に、魔言を紡いで冷気を飛ばす。
あらかじめ濡れている水を利用しているのでそれ程の魔力は使わないですむが、このまま永遠に続けるのは難しいだろう。
ただでさえ、僕の魔力量は少ないわけだし、自分でやっておいてなんだけれど、体が冷えて筋肉が固まってきたのでできれば動きたい。
「フィクスさん、寒いのでもうちょっとしたら乱戦希望です」
「ん、オッケーだよ。実はわたしは寒いのが苦手でね。これはこれで楽なんだけれど、物足りなさもあるし、なんだか待つのは性に合わないんだよね」
滑ってきた犬鬼の背中に何度か剣を突き刺し、死体の背中を借りて前方に移動しながら、下がった体温を上げる為にも久しぶりに全力で暴れることにした。
何かあったら頼れる相手もいるので、安心なのだ。
ちなみに、罰ゲームは絶対に受けさせてやろうと思う。
もしくは、貸し1にするかは後で決めよう。
フィクスさんと2メートル程感覚を開けて横に並び、前後左右に一歩くらいの移動に留めて向かってくる犬鬼を撃退する。
倒しても倒しても襲い掛かってくる犬鬼は脅威ではあるが、どの個体も手にしているのは錆びた短剣やナイフくらいなので防具を付けている個所であれば当たったとしてもなんとか対処はできる。
むき出しの顔や首さえ守れば致命傷には至らない。
だからこそ、少しくらいの無茶ならできるというものだ。
目の前に積み重なってできた犬鬼の死体がいよいよ邪魔になり、≪脚力強化≫を全開に意識した右足で思い切り蹴り飛ばした。
幸い足首を痛めることはなかったが、できればもうやりたくないと思わせる程度の痛みを感じた。
死体ではあるが元仲間のくせに、犬鬼達は器用に身をかがめて避けるので苛つく。
数の暴力に負けないように、右手に孤影、左手にも孤影と二刀流で奮闘していたが、レイピア1本で対処して、左手で犬鬼を殴りつけているフィクスさんがあまりにもかわいそうで片方を貸してあげた。
そのかわりに、僕の左手には変形させた『アクアブーメラン』が握られている。
通常は剣の代わりに、チャンスがあれば投擲して一気に数を減らすことにしていた。
広いとは言えない通路に密集している犬鬼は、面白いように水のブーメランに断ち切られ、血を流して倒れていく。
ただし、運よく戻ってきたとしてもかなりの水が無くなって折れそうな程細くなっているし、運が悪いとどこかで消滅して戻ってこないし、再び魔言を紡いで水の刃を生み出さなくてはならないし、あまり頻繁に投げられないのでストレスが溜まっていたりもする。
頭の中では何かのスキルを取得しているのか、スキルのレベルが上がっているのか時折音がしているが、目の前の情報処理で忙しく聞き流している為よくわからない。
とりあえず、この戦闘が終わってノートを見る余裕があれば確認してみようと思う。




