301.美容師~迷宮を探索する2
フィクスさんは水だけを飲み、僕は水と干し肉も少しだけ食べた。
どのくらい迷宮の中にいるつもりなのだろうか?
それによっては持ってきた水の配分も考えなければ、などと思い、次の瞬間には自分は水属性の魔法で飲み水を出せることに気がついた。
一人で苦笑している僕を見て、
「どうかしたのかい?」
と聞かれたので、
「水が無くなったら出しますから、遠慮しないで言ってくださいね」
と答えると、フィクスさんはニヤリと笑った。
たぶん、僕の苦笑の理由が判明したのだろう。
ただ、それについては言及してこずに、
「その時は頼むよ」
意地悪そうな笑顔だけが余計だった。
しばらく進むと、
「止まって」
横に伸びたフィクスさんの手が僕の肩に触れた。
「前方に出るよ。2匹……3匹か」
緑色の小鬼が、5メートル位離れた場所に急に現れた。
さっきの小鬼と同じく、キョロキョロと周りを見ている。
それにしても、フィクスさんはどうして小鬼が出てくるのがわかるのだろうか?
これも才能の差だとしたら仕方がないが、経験の差なのだとしたら、いつか僕にもわかる日が来るのかもしれない。
「ソーヤ君、1匹お願い」
そう言い残すなり、フィクスさんが金髪をなびかせて駆ける。
「あっ、とりあえず魔法はなしでねー」
ついでのように言われた縛りプレイに一瞬身体が硬直するが、
「了解です」
遅れて僕も後に続いた。
3匹の小鬼の真ん中を右からフィクスさんが薙ぎ払うと、運よく錆びたナイフで受けた小鬼は左端の小鬼にぶつかり、絡まるようにして仲良く飛んで行った。
振り返りざまにウィンクを一つ飛ばしてきたので、わざとナイフで受けさせたのかもしれない。
頷き返して、僕は右の小鬼を相手取ることに。
強くはないそうだが、初めての魔物だから慎重にいこう。
自分に言い聞かせて、右手の孤影で相手の手首を狙った。
「グガァ」
小鬼はナイフで受けようとしたようだが、上手くいかずにナイフごと手首を切り落とされて悲鳴をあげる。
けれども、武器が無くなったことなど気にしないかのように、左手で掴みかかろうとしてきたので一歩後ろに下がりながら剣先で首を狙った。
すんなりと小鬼の首を切り裂き、返り血を浴びないように距離を取る。
さて、フィクスさんに加勢はいるだろうか?
目を向けてみると、すでに角をナイフでくり抜いている。
さすがに僕の戦闘が終わってからの剥ぎ取り行為だと思いたい。
僕が苦戦していれば、当然助けてくれたものだと。
「小鬼との初戦闘はどうだった? 今までとそんなに変わらないだろう?」
「はい、まだ武器を持った相手と戦うのには違和感がありますけれど、動きもそんなに早くないですし、なんとかなりそうです」
「スケルトンだって武器を持っていたよ?」
「ああ、でもあれはなんとういうか……生きているものではない人形のようだったので」
「ふーん、そういうものかな。まぁ、いいや。たぶんこの階は小鬼ばっかりだと思うから、どんどん先に行こうよ」
ナイフを宙に投げてクルクルと回し、何故だかこちらに放ってくる。
「ソーヤ君も自分で倒した小鬼の剥ぎ取り、よろしくねー」
小鬼の額にナイフをあてることに、ほんの少しの躊躇を感じながらも角を剥ぎ取り、借りていたナイフをフィクスさんに返した。
「ん」と小さく呟いたフィクスさんが、ナイフを受け取り腰の後ろに装着してある鞘に戻す。
再び先に進み、フィクスさんが「止まって」と言うと小鬼が現れ、それを倒してはまた進む。
それの繰り返しで時間が過ぎていく。
現れる魔物は1匹だったり2匹だったり3匹だったり、その時によって違うが、一番多い時でも3匹が今のところ最高だった。
時計がないのでどのくらいの時間がたっているのかはわからないが、空腹を感じてきたので外が暗くなる時間帯だと思われる。
迷宮の中は通路ばかりのようで、時折6畳から20畳くらいの広さの部屋があったりした。
そこではほぼ魔物が現れて戦闘になるので、魔物と戦う為の部屋だと僕は勝手に思っていたりする。
ただ何故か、次に入った10条くらいの少し小さめな部屋では、魔物は出てこなかった。
首を傾げて辺りを見回していたフィクスさんは、一度頷き地面に座り込む。
「久しぶりだから疲れたなぁー。今日はここで野営にしようか?」
「やっぱり泊まり込みですか? いったん外に出るとかは?」
「んー、それでもいいけど、またこの場所まで戻ってくるが面倒だし。ソーヤ君は迷宮の中では眠れないタイプ?」
「眠れないタイプ? と聞かれても、そもそも迷宮の中に入るのが初めてですし、当然迷宮の中で眠ることが初めてなので眠れるかどうかわからないです。いやまぁ、たぶん大丈夫かとは思いますが」
僕自身も疲れは感じているので、お腹さえ満たされれば横になって眠ることはできそうだ。
野営自体も初めてではないし、その時もぐっすり眠ることはできた。
なんだか懐かしくなり、ケネスさん達と野営した時を思い出す。
『狼の遠吠え』や『千の槍』、『炎の杯』のみんなは元気だろうか?
ケネスさんは……性格にちょっと問題はあるけれどいい人ではあるし、ランドールさんやシドさん達は歴戦の戦士って感じ。
カシムさんやランカはお調子者で一緒にいると楽しい気分になれる。
最初は絡まれていたトイトットとも、最後は仲良くなれた。
機会があればまた会って、お酒でも飲みたいものだ。
「ニヤニヤしてどうしたの? 何か嬉しいことでもあったのかい? あっ、もしかしてレベルが上がったとか?」
野営の準備、とは言っても毛布を地面にひくぐらいなのだが、少しでも寝心地のいいように場所を選んでいたフィクスさんが聞いてきた。
「いえ、レベルは上がっていないです。ちょっと思い出し笑いな感じで」
「ふーん、そうなんだ。ソーヤ君にしては珍しい笑顔だから気になったんだけど、内容とか聞いてもいいかな?」
こちらに委ねるようだが、本人は聞く気満々のようで、毛布に横になって両肘をつき、手のひらを組んで顎を乗せている。
その表情からはわくわく感が醸し出され、とてもじゃないが内緒です、なんて答えられない雰囲気だ。
「そんなに面白い話でもないですよ」
フィクスさんと向かい合うように自分の毛布をひいて、一応断りを入れてから語ることにした。




