300.美容師~迷宮を探索する
「こっちはあんまり行きたくないなぁ」
「あっちはなんだか嫌な予感がする」
「んー、なんとなくこっち」
フィクスさんの感なのかスキルなのかわからないモノを頼りに僕達は迷宮を進んでいる。
何故か僕の≪危険察知≫には反応していないので、フィクスさんのスキルの方がレベルが高いのかもしれない。
でも、まるっきり間違いではないと思うのだが、ほぼ気分で決めているように感じるのだ。
本当に罠があるのかどうかはかかってみないとわからないし、確かめようもないけれど疑いだけが残る。
それでもマッピングはフィクスさんがしてくれているし、僕は後ろをついて行っているだけなので、文句を言うことはできない。
別に文句を言うつもりもないのだが、どこか引っかかるのは仕方がない。
それにしても、
「魔物、出ないですね」
心の中で呟いていたが、ポロリと言葉に出してしまった。
「んー、出ないねぇ」
それにフィクスさんが反応して答えてくれる。
黙って歩いているのにも飽きてきたので、これを機に会話を続けてみることにした。
「迷宮って、魔物いないんですか?」
「いや、いるよ、普通に」
「ならこの迷宮が普通じゃない?」
「んー、どうなんだろうねぇ。なんとも言えないかなぁ」
「上にいたのがスケルトンだったから、迷宮の中もスケルトンとか、アンデット系の魔物が出るんですかね?」
「どうかな……なんとも言えないなぁ」
金髪が揺れる背中に話しかけているが、返ってくるのは同じようなものばかり。
結局、フィクスさんにも何もわからないということだ。
呆れているわけではないが、ため息が出てしまう。
最初の頃の緊張感なんて、とうの昔にどこかへ飛んで行ってしまった。
そのまま数分歩き続けていると、ふいにフィクスさんが立ち止まる。
「どうかしましたか? もしかして行き止まりですか? さっきの路地まで戻って、右に曲がってみます?」
「いや……ソーヤ君の待ちわびた魔物が出てくるっぽいよ。たぶん、ほらそこ」
フィクスさんの指さす場所に視線を向けるが、何もいないように見える。
もしかして、無色透明なゴースト的な魔物とか?
「ちょっと下がろうか。気配的には、そんなに強い魔物ではないと思うんだけど一応ね」
フィクスさんの手が伸びてきて、僕の肩をそっと押してくる。
5歩程下がり、横に並んでフィクスさんの視線の先を見つめる。
すると、急に緑色をした人型の物体が現れた。
その頭頂部は僕の胸より下の位置くらいなので、150センチ程度だろうか。
上半身は裸で、腰の辺りにボロボロの布を巻きつけているくらい。
良く見ると、おでこに小さな突起がある。
「ふーん、小鬼だねぇ。ま、気配からしてそんなものかと思ったけれど」
腕を組み、キョロキョロと辺りを見回している存在を眺めてフィクスさんが呟く。
「あれって、魔物ですよね?」
「うん、そうだね。ソーヤ君は初見かい? ランクEの魔物で小鬼だよ。迷宮ではよく出てくる魔物で、低階層ではお馴染みの存在とも言えるねぇ」
「ランクEってことは、そこそこ強いんですか?」
小鬼と呼ばれる魔物はやっと僕達に気がついたようで、「ギガァ」と歯を剥いて威嚇してきた。
「うーん、わたし達からしてみると、別にそうでもないかなぁ。獣型や虫型なんかと比べると、人型っていうだけでランクが1つ上がると考えるんだよね。ほらっ、右手に錆びたナイフを持っているだろう? 人型の特徴としては、武器を扱うことが特徴だねぇ。あとは、知能もそれなりにあったりする。
小鬼程度だと、獣型よりちょっとマシな程度だけれど、ランク上位の人型の魔物なんかだとわたし達よりも高い知能を持っていて、思わぬ罠に嵌められたりするから、結構やっかいだったりするよ」
ふむふむ、とフィクスさんの説明を聞いて勉強になるなぁ、と頷きつつも右手で孤影を抜いて警戒だけはしておく。
いつの間にか、フィクスさんも右手でレイピアを抜いて切っ先を小鬼に向けていたりする。
お互い向いあって警戒していた僕達と魔物だが、先に動いたのは小鬼の方だった。
「キシャァー」と高い声で叫びながら、右手のナイフを振りかぶり裸足で駆けてきた。
「見ててごらん」
そう言うなり、フィクスさんが一歩前に出て、レイピアでナイフを下から掬い上げるように迎撃した。
小鬼の持つナイフは簡単にレイピアに押し負け、小鬼の手を離れてクルクルと宙を舞って飛んでいく。
衝撃で手首を痛めたのか、小鬼が左手で右手を抑え、武器を無くしたことで恐怖を覚えたのかゆっくりと後ろに後ずさる。
その時、ふわりと風を感じ、視界いっぱいに金色が広がった。
「ね、簡単でしょ?」
振り返ってそう呟いたフィクスさんの剣先は、小鬼の額を貫き絶命させていた。
相変わらず早いなぁ。
流れるような剣技には驚きを通り越して感嘆してしまう。
「特に剥ぎ取って利益の出るものはないから討伐部位くらいだね。ちなみに、小鬼の場合は額にあるこの角だよ」
フィクスさんは額にナイフの先を刺してクリっと回し、茶色の角を指先で摘まんだ。
「ほら、こんな感じで。触ってみるかい?」
手のひらに置かれた小鬼の角は、言われなければ角だとは思えない。
親指の第一関節くらいの長さで、角の先は尖ってもいないし、ちょっと太めの枝が短く折れた物に見える。
「珍しい?」
「ええ、変わった感触です」
フィクスさんに返そうとすると、「記念にあげるよ」と言われたので、いらないとも言えず腰のポーチに入れておく。
「とりあえず小休憩で。水分補給をしてから先に進もう」




