30.美容師~特注の武器を依頼する
「なんと言うか、気持ちのいい人達ですね」
「だろ? まだDランクで燻ってるが、そろそろCランクになってもおかしくねーはずだぜ」
「Cランクか……」
Fランクの僕にはまだまだ先の話だ。
「で、今日はなんだ? 武器か? 防具か?」
「それが……」
長剣が扱いづらいこと、短剣をメイン武器にしたいこと、もしあるならば円柱形の握りがいいこと、ナイフが欲しいこと等を伝え、
「せっかく長剣を選んでもらったのにすみません」
と頭を下げた。
黙って僕の話を聞いていたグラリスさんは、
「どうして謝るんだ? お前が使う武器だろ。好きな物を使えばいいじゃねーか」
不思議そうに首を傾げる。
「そういうものですか?」
「そういうものだろ。相変わらず、変わった奴だな」
金づちの柄の部分で、頭をポカリと殴られた。
加減されていたので痛みはないが、つい殴られたところをさすっていると、
「で、円柱形の持ち手の短剣にナイフだっけか?」
「ありますか?」
「あるわけねーだろ、そんな変なもん。いったい、何に使うんだ? って、武器として使うんだろーけどよー、大丈夫なのか? 本当に」
「大丈夫だと思いますよ。少なくても僕には使いやすいと思います」
「そうかよ」
グラリスさんは短く呟いて、工房の奥に入っていった。
出てきた時には、両手に短剣とナイフが握られていた。
「この二本はどうだ? こいつでよければ、持ち手を円柱形に加工してやるよ」
「ナイフだけでいいんですが。短剣はこれがありますし」
籠手からナイフを出して作業台に置くと、
「冒険者としてやって行くんなら、予備の武器くらい身につけておけ。短剣一本じゃ、心許ないだろ」
「ナイフがありますけど」
「馬鹿かお前は!? ナイフなんて剥ぎ取り用に毛が生えたくらいの品物だぞ。
投擲ならまだしも、攻撃を受け止めたりしてたら、すぐに折れてダメになるのくらい、わかんねーかなー」
わかりませんでした。
ナイフで攻撃を受け止める気でいた僕は馬鹿でした。
「悪いことは言わねーから、短剣をメイン武器にするなら、短剣の二本持ちにしとけ。代金ならまけてやるからよー」
ということで、ナイフと短剣をそれぞれ一本ずつ購入することにした。
手持ちのお金が少ないので、長剣を買い取りしてもらい、足りない分はツケでいいとまで言ってくれた。
なんとも、見かけによらず優しいものだ。
「とりあえず、このナイフと短剣から仕上げるぞ。身を守るもんは必要だから、1本はそのまま使っとけ。終わったら交換でいいだろ?」
「はい、それで構いません」
「持ち手の加工だけだから、明日の朝までには仕上げておいてやるよ。それよりよー、その籠手はどうだ? 使いにくいとかあるか?」
「いえ、すごく使いやすいですよ。手首を動かすのにも邪魔になりませんし」
「なら、いーんだけどよ」
満足気にグラリスさんが頷いたので、
「明日、ギルドに行く前に取りに来ます」
お願いしてその場を後にした。
宿屋に帰り、女将に一角兎の肉を一匹分渡すと大層喜ばれて、夕食に焼いたものを出してもらえたので、いつもより豪華だ。
スパイスの類が余り行き通ってないので仕方ないが、美味しいけれど、どこか物足りない。
早く自分の家を持って自炊をしたいものだ。
部屋に戻り、久しぶりにシザーに触れた。
ロールブラシをクルクルと回して気がついたのだか、どうも指の感覚が鈍っていたので、開閉の練習だけでもしようと思った。
7インチの1番大きなシザーを目の前で横に構え、ゆっくりと開閉させる。
動かすのは動刃の親指だけ。
静刃の薬指側は動かさない。
毎日、仕事終わりにはよくやっていた、個人練習のようなものだ。
無心で開閉を続ける。
シャキシャキシャキシャキと聞き慣れた音が部屋に響き……100回で終了。
刃こぼれがないか刃の具合を確かめ、シザーケースに納めた。
理容師だった父親の形見のシザーで、美容師が使うには大きめだが、今ではスムーズに扱える。
ロングヘアーを大きなシザーでスライドカットするのは、かなりカッコイイと同僚やお客にも評判だった。
今度は1番小さなシザーを抜いた。
美容師だった母親の形見で、5インチのシザー。
6インチ前後を使用するのが一般的な中で、かなり小さめなコイツを母親はトリミングシザーと呼んでいた。
父親の大きなシザーのことは、刈り上げシザーとも。
刈り上げシザーは文字通り、父親は刈り上げをするのに使用していた。
トリミングシザーを使用する母親は、丁寧に傷んだ髪の毛の先端や枝毛を切り落としていた。
『これで傷んだ毛はなくしたから、栄養をたっぷり取って、元気になるのよー』
と、まるで植物に語りかけるように微笑みながら。
目を閉じると浮かんでくる、両親の働く姿。
あの頃が1番幸せだった。
小さいながらも自分の店を持ち、忙しくても楽しそうに働く両親とそれを見ていた僕。
僕もあんなお店を持ちたかった。
持てるはずだった……。
やめよう。
まだ僕は諦めたわけじゃない。
今はやるべきことをしているだけだ。
この世界で生きていく為に力を付け、お金を貯めるんだ。
いつか、自分の美容室を開く為に。
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