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女神様の美容師  作者: 獅子花
美容師 異世界に行く
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3話.美容師~気がついたら牢屋にいる

 

「……どうしてこうなった……」


 僕は今、牢屋(ろうや)のような部屋にいる。

 正しくは、ようなではない、牢屋だ。

 その証拠に、この部屋の唯一の出入口には太い木で格子状に組まれた扉があり、そこには内側から開かないように外から鍵がかかっている。

 

 扉の外には30歳くらいの男がいて、短い槍を手に持ち、こちらを胡散臭(うさんくさ)そうに見ていた。

 

 冷たい土の上に座り込み、無駄かと思いつつも男に話しかけた。


「すみません、ちょっと」


 男がふいっと顔をそらした。


「お願いしますよ。僕の話を聞いてくれませんか? 

 誤解なんですよ。話せばきっとわかってもらえるはずなんです」


 男は……足早に去って行ってしまった。

 さっきからこうだ。

 何度話しかけても無視され、最後にはどこかに行ってしまう。

 きちんと説明すればわかってもらえるはずなのに。

 

 思わずため息が出てしまう。

 それもこれも、女神様のせいだ。

 こんなことになったのは、あのおっちょこちょいの女神様のせい。

 

 髪をかき上げようとし、血だらけの右腕が視界に入り髪が汚れそうなのでやめた。

 改めて全身を見回してみると、右腕だけではなく体全体に赤黒いものが染みついている。

 手ぐらい洗わせてほしい。

 お風呂はさすがに無理だとしても。


 指の間にこびりついて固まってしまった乾いた血を、爪の先でこそぎ落とす。

 何がいけなかったのだろうか……いや、悪いのは何の準備もないままこの世界に落としてくれた女神様のせいで、ただうまく立ち回れなかった自分のせいで……。

 

 なんだか落ち込んでしまう。

 このまま僕はどうなるのだろうか。

 

 やることがないから、悪いことばかり考えてしまうのだ。

 せめてアンジェリーナ-を返してほしい。

 男が帰ってきたらもう一度話しかけてみよう。

 今度は逃げられないように、うまく話しかけなくては。

 それにはまず誤解を解くことから始めなければ。

 

 誤解、そもそも僕は何の罪でここにいるのだろう?

 罪人のように牢屋に入れられたのだろう……。



 -----


 見渡す限り平原があった。

 草むら、草原、周囲には何もない。

 土と石と草だけ。

 花すらない。

 

 見上げてみれば空は青い。

 ちらほらと雲はあるけれど。

 田んぼや畑があれば、日本の田舎風景のようにも思える。

 けれど、ここは日本ではないのだろう。

 地球でもないのだろう。

 だって地球にいた僕は、死んでしまったのだから。


 右手には抱きかかえていたウィッグがある。

 アンジェリーナと名付けた僕の相棒。

 切れ長の目に高い鼻、長い黒髪。

 スペイン系の美人さん。

 かれこれ二年程の付き合いだ。

 金額にして1万4千800円也。

 

 購入したあとは毛先をカットし整えただけで、主にセット用として使っていた。

 

 モデルウィッグ(首から上のマネキン)には安価なカット用、そこそこ高い汎用(はんよう)のもの、高級な日本髪等を練習するすごく長いもの等結構な種類がある。

 安価なものは髪の質も悪く、毛量も少なく、何よりあまり顔が良くない。

 なんというか、いかにも適当に作りました、みたいな感じだ。

 ただ値段的には2,000円~3,000円程度なので、たくさん使う消耗品だからしょうがない。

 

 今まで何体のウィッグを使い潰してきただろう。

 金額に直して計算するとよくわからない汗が出てくるのでやめよう。

 

 何が言いたいかというと、ウィッグは値段が上がる程顔の作りが良いものが増え、髪の毛の質も良いということだ。

 メーカーごとに顔の造形にも違いがあり、同じメーカーの同じ種類のウィッグでも微妙に個体差があったりする。

 

 たまに浮気をして別メーカーの物を購入したりもするけれど、ここ数年の僕はこのメーカーのこの種類のウィッグを好んで購入していた。

 

 中でもお気に入りのウィッグが、このアンジェリーナだ。

 そうそう、アンジェリーナというのは僕が付けた名前だ。

 

 美容師にもウィッグに名前を付ける人と付けない人がいるが、僕は付ける人の部類に入る。

 なんとなく親しみがわくし、何より技術を磨く為の大事な相棒なのだから、歴代のウィッグにもつけてきた。

 

 カットウィッグはすぐに使い切ってしまうので別れが早く、適当な名前をつけてしまっていたので、ごめんなさい、と改めて思う。

 ということで、今の僕の一番のお気に入り、大事な相棒、アンジェリーナの紹介を終わろう。


 

 幅3メートルくらいの道が前後に真っ直ぐ伸びている。

 目を細めても、前も後ろも道の先は見えない。

 

 さて、どちらに行ったらいいものやら。

 とりあえず人のいる所を目指したい。

 食べる物も、飲み水さえないのだ。

 

 女神様はまたすぐに呼んでくれるとは言っていたけれど、あの様子ではいつになるかわかったものではない。

 馬鹿正直に待っていて三日程もほおっておかれたら、このままでは飢え死に間違いなし。

 

 街や小さな村でもあれば、少しの食料くらい恵んでもらえるかもしれない。

 ただ、問題は、どちらに行けばよいのか、ということ。

 ここで間違えたら、当てのない旅を永遠に続けることになる。

 慎重に選ばなければ。

 

 誰か通りかかってくれるのが1番だけど、すでに10分は経つがその(きざ)しはない。

 諦めて、自らの足に頼るとしよう。

 幸い、長年立ち仕事をしていることだし、普通の人よりは体力もあるはずだ。

 あとは、自分の勘を信じよう。


 よし、と一息ついて歩き出す。

 前か後ろか、もちろん前だ。

 始めくらい前に向かって歩きたいし、いきなり後ろを選ぶよりはマシな気がするし……なんだかこの先から沢山の気配がするような気がする。


 

 そのまましばらく進んだ。

 体感時間にすると1時間くらいだろう。

 

 不思議とあまり疲れはないが、気分転換に地面に座って空を仰いだ。

 相変わらず空は青い。

 太陽のようなものも浮かんでいてポカポカと温かい光が射している。

 

 寒くも暑くもないということは、季節は春か秋なのだろうか?

 四季があるのかすらわからないが……本当に異世界とは思えない。

 まだ信じられないくらいだ。

 何か異世界らしいことでも起これば信じられるのだけど……。


 

 異世界と言われてすぐに思いつくのは、漫画やアニメ、小説の世界だろうか。

 仕事が終わって家に帰ると深夜アニメが毎日のようにやっていたし、学生時代は漫画や小説も友人に進められてそれなりに読んでいた。

 

 それに顧客の元田(もとだ)さん、通称もっさんから借りたオススメの異世界転移モノのライトノベルを読んでいたばかりなので、その知識が役に立ちそうだ。

 まずは、


 「ステータス」


 ……何も起きない。


 「えーと、ステータスオープン。メニュー、ヘルプ、アイテム」


 視界も切り替わらないし、ウィンドウも開かない。


 「さて」

 

 苦笑しながら呟いて、立ち上がる。


 軽い腰を手の平でポンと叩き、歩き出した。

 異世界らしいことでもないだろうかと。

 なんでもこい、と楽しみに思いながら。




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