297.美容師~探索をする
フィクスさんは一本道の通路をズンズン進み、分かれ道にぶつかっても迷う素振りもなく向かう進路を選んでいる。
マッピングとかしなくていいのだろうか?
フィクスさんは地図を見ているわけでもないし、なんとも気軽に歩いていくので少し心配になってきたので声をかけてみる。
「あの、フィクスさん、道順はわかるのですか?」
「んー? いや、適当に歩いているだけだよ」
「目的の場所があるとかではなくて?」
「うん? とりあえず適当に探索してみようかな、と」
「前回来た時はどうだったんですか?」
「えーとねぇ、たしか適当に歩いていたら魔物が出てきたから戦っていたのかなぁ……正直、あんまり覚えていないんだよね」
えへへ、と笑うフィクスさんに思わずため息をついてしまう。
そもそも、ここへ誘ったのはフィクスさんじゃないか。
「僕らがここに来た目的ってなんでしたっけ?」
「それはもちろん魔物を倒してレベルを上げる為だね」
「でも、魔物出てこないんですけど?」
「うーん、そうだねぇ。出てこないねぇ。どこに行っちゃったんだろう」
立ち止まって小さな声で魔言を紡ぎ始めたので、何か魔法を使うのだろう。
僕は邪魔をしないように話しかけるのを我慢する。
背後を警戒しながら待っていると、
「うん、こっちの方だね、たぶん」
先程までよりも幾分急ぎ足で歩みを進めていく。
「ソーヤくん、あと5歩くらい歩いたら、トーチを前に飛ばしてくれるかな」
「わかりました。飛ばします」
前方に浮かぶ光の塊に意識を向けて、10メートル程先に移動させた。
すると暗闇の中、石の壁際にひっそりと立ち尽くす骸骨を灯りが照らす。
「ほら、いたじゃないか。さすがわたし」
嬉しそうに振り返り、腰の剣に手をかけるフィクスさん。
これが魔物?
≪気配察知≫にも≪危険察知≫にもまったく反応を示さなかったぞ。
ここで死んだ誰かの、ただの骸骨じゃないのか?
「どうする? ソーヤ君がいくかい? それとも初めてだから見学するかい?」
「えーと、では見学でお願いします」
「オッケーオッケー、じゃあそこで見ていておくれよ。ああ、一応後ろの警戒はよろしくね」
ポーチから出した聖水を抜いたレイピアの刃に数滴落とし、滑るように骸骨に向かっていく。
近づいていくうちに、置物のようだった骸骨がゆっくりと動き出し、目の部分に赤い光が灯る。
いつのまにかその右手には錆びた剣が握られていて、カタカタカタ、と顎を鳴らしながら骸骨が剣を振り上げた。
その動作は意外に早く、魔物だと気がつかずに横を通り過ぎていたら不意打ちを食らっていたかもしれない。
「スケルトンに聖水はもったいないかもだけど、武器がレイピアだから一応保険でね」
言いながら、フィクスさんが横なぎに剣を振るった。
上体を逸らすだけで骸骨の剣を避けながら、二度三度と攻撃を加える。
左右の腕を肩の位置で切り落とし、最後に首をはねると石の地面の上をコロコロと頭蓋骨が転がっていく。
その頭蓋骨をブーツの踵で踏み砕き、
「うん、こんなもんかな」
フィクスさんが剣を鞘に納めた。
「やっぱり聖水があると断然楽だよねー。刺突で脛骨を狙うのもありだけど、面倒だし疲れるし、結構硬いしさー」
硬いと言いつつも、足で踏みつぶしていたのだけど。
「そんなに硬いんですか? とてもそんな風には見えませんでしたが」
砕かれた骨の欠片に視線を向けると、
「ああ、これは身体から離れた後だからそうでもないよ。身体につながっている状態だと硬くて離れると脆くなるのさ。
スケルトンには本来、大剣とか槌とか叩き壊す系の武器の方が相性がいいんだよね。ソーヤ君の長剣ならまだしも、わたしのレイピアなんてほら、叩きつけるのには向いていないでしょ?」
確かに、切れ味は良さそうだし突くのには向いていそうだけど、刃の幅はあまりにも少ない。
「そこで取り出したるはじゃじゃーん。聖水でございます。これを刃に一振りするだけで、聖なる力によって刃が触れた場所の悪しき力を消し去り、強度が落ちるので割と簡単に切り落とせるのです」
効果音まで付けてポーチから聖水の瓶を取り出し、目線の高さまで持ち上げる。
「なのであるのとないのとでは、面倒くささが大いに違うのだよ。
ちなみにスケルトンと戦う時は、さっきみたいに首を切り離して頭蓋骨部分を砕くか、直接胸の奥にある魔核結晶を狙うんだよ。もしくは、鈍器で身体中を砕きまくるかだね。何か質問はあるかい?」
「いえ、大丈夫です」
「うん、よろしい。では取るものだけ取って先に進もうじゃないか」
倒れていた骸骨の胸の位置を足で踏み砕き、フィクスさんが小さな魔核結晶を拾い上げた。
「小さいけど、ないよりはマシな感じかなー」
手のひらの上で転がすようにもてあそび、腰のポーチにポイっと投げ入れる。
暗くてわかりづらいが、その色味は紫のようにも青のようにも見えた。
骸骨、いやスケルトンはランクEもしくはDということだ。
とりあえず、マッドウルフと同じくらいの強さと認識しておくことにしよう。




