293.美容師~師匠に泣きつく
師匠の店に着くなり、扉を叩き鍵をガチャガチャと揺らすとバキンと壊れて落ちた。
ポーン、
【スキル≪筋力強化≫を獲得しました】
「もうやだもうやだ」
小声で呟きながらも、ジストを胸の前で抱きしめながら店の奥へ進み師匠を探す。
「ししょー、ししょー助けてー」
泣き声になりつつあるのが自分でもわかるが、それを止めることもできない。
真っ暗な廊下を進むと、頭の中で違う音が鳴った。
これは……≪危険察知≫か?
急いで身構えるがすでに遅く、スッと首筋に冷たいものが触れる。
両手を上げたいところだが、ジストを抱えているので無理。
けれど敵意がないことと身元の証明にはなるのではないか、とそのまま上に掲げた。
「なんだ……ソーヤか。脅かすな」
背中側から聞き覚えのある声が聞こえた。
脅かすなって、現在進行形で驚いているのは僕の方なんですけれど。
「えっと……アイクさんですか?」
「ああ、そうだ。こんな時間にこんなところで何をしている?」
ジストの存在と声で僕だとわかっているのに、首に置かれた刃がどかされることはない。
もしかして、アイクさんはまだ完全に僕のことを信用していないのだろうか。
リンダさんの紹介で師匠に弟子入りしたとはいえ、数ヶ月前に知り合ったばかりなのだから無理はないのかもしれないけれど。
「しかもお前、無理やり鍵をこじ開けただろ? いったい、どういうつもりだ?」
ああ、確かにいくら知り合いとは言え、こんな時間に扉の鍵を壊して入りこめば信用されるはずもないか。
まずは謝罪から入るべきだろう。
「それについてはすみません。僕も混乱して焦っていたというか、切羽詰まっていたというか、上手く説明はできないのですが、本当にすみませんでした」
首に置かれたもののせいで頭を下げることはできないが、申し訳ない気持ちを精一杯言葉に詰めたつもりだ。
「その謝罪はイリス様に直接言うんだな。この建物はイリス様のもので俺のものではない」
その想いが伝わったのかどうかはわからないが、アイクさんが辛辣な言葉を吐きながらだが、やっと短剣を引いてくれた。
「それで? イリス様に用事なのか?」
「はい、そうなんですが……起きていますかね?」
「どうだろうな。これだけこの場で騒いでいるのだから起きてはいると思うが、ちょっと見てくるからいつもの場所で待っていろ」
アイクさんが暗闇の中、足音も立てずに移動していった。
あの人、ただの店舗を任されただけの店員ではないな。
いつも『イリス様』と敬称を付けて呼んでいるのはリンダさんと同じだが、その言葉に込められた響きが違うような気がする。
それにあの身のこなしに、僕の背後をとった時に感じた殺意のようなもの。
師匠とはどんな関係なんだろう。
今度、機会があれば師匠に聞いてみよう。
今は何かについてあまり考えるのはよくない。
きっとそう。
称号の効果が強くなっているのなら、アレの発動も強くなっているはずだから。
部屋に入ると灯りがついていたのでソファに腰かけて待つことにした。
膝の上のジストがむずがるように身をよじって起きそうになったので、頭と背中を撫でてやるとまた眠りに落ちていった。
ジストの頭の毛で三つ編みを作りながら数分待っていると、ガリガリガリ、と何かを削るような音を響かせて、師匠が乗った車椅子をアイクさんが押してきた。
そういえば、あの車椅子の車輪部分を改良できないかと考えてそのまま放置になっていたのを思い出した。
ゴムを車輪部分に巻くことができれば、もっとスムーズに動くし師匠の体にかかる衝撃や負担も減るはずだ。
グラリスさんに聞いてもゴム素材は存在しないみたいだったしどうしたものか。
髪の毛を結ぶ用のゴムや付け毛をとめる用のゴムは少量あったはずだけれど、あれだけでは足りないし。
アイクさんは師匠を壊れ物のように抱きかかえ、そっとソファーに下ろすといつの間に準備していたのか温かなお茶を2つテーブルに置いて部屋を出ていった。
「何かあれば呼べ」
師匠に頭を下げたあと、僕にそう言い残して。
「さて」
小さく呟き、お茶を一口すする師匠。
「ずいぶんと早い時間からどうしたんだい? しかも鍵を壊して入ってきたそうじゃないか?」
「それについては申し訳ございませんでした。修理代はきちんとお支払いするので請求してください」
「そんな些細な金額のことなんてどうだっていいのさ。わたしが聞いているのは、ソーヤ、あんたがそんなにまで焦るナニカがあったのならその理由を教えな、そう言っているんだよ」
さすが師匠、男前だし話が早い。
ならばさっそく聞いてもらおうじゃないか。
というよりも泣きつかせてもらう、と言った方がしっくりくるのだが。
「師匠、今朝起きてから、新しいスキルが増えるしスキルレベルが簡単に上がってしまい困っています」




