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女神様の美容師  作者: 獅子花
美容師 異世界に行く
289/321

289.美容師~縋りつかれる

 

「――女神リリエンデール様、ここに、新たにあなた様の敬虔なる信者となります、このソーヤ・オリガミに、どうか祝福をお与えください」


 瞼を開けた。

 神殿の床と儀式で使う神具が置かれた机が視界に入る。

 そして、それら全てを塗りつぶすような翠の光が……。


「なっ!? この光はなんですか?」


 ラルーチェが驚いて机にでも手をついたのだろう。

 ガタガタと何かが床に零れ落ちる音が聞こえる。


 眩しくて目が開けられないので、自然と左腕を上げて顔の前に掲げた。

 すると、左手の甲に焼けつくような熱さを感じた。


 なんだ?

 右手で左手の甲に触れてみるが、熱いだけで痛み等は感じない。


 そのまま10秒程で光は薄くなり消えていった。

 そこには壁際で自らを庇うように背中を向けているフィクスさんと、右手を守るように抱え込む僕。

 そして、「何が、いったい何が」と呟くラルーチェ。


「ソーヤ君、大丈夫かい?」


 慌てて駆け寄ってきたフィクスさんが、僕の体に触れて怪我等がないか調べてくれている。


「左手がどうかしたのかい?」


 ぐいっと左腕を掴まれ、抵抗する間もなく右手の覆いを引きはがされた。


「これはっ!?」


 僕とフィクスさんが目にしたのは、左手の甲に淡く輝く花の模様。

 先程の光と同じく翠色に輝いている。


 それが形を崩して一本の線になり、うねうねと左手首の方に移動し、手首をぐるっと軌跡を描くように巻き付き、ぱっと弾けた。

 その光の名残を示すかのように、僕の左手首には草で編んだような翠の腕輪が巻かれていた。


「ソーヤ君、もしかして女神様の祝福を賜ったのかい?」


「えぇ! そうなのですか?」


 鼻息も荒く二人が尋ねてくるが、祝福どころかもっとやっかいなものを賜ってしまった。

 もちろん、そんなことをこの二人に言えるはずもないのだけれど。


「えっと……よくわかりませんが、もしかしたらそうなのかもしれません」


「それは……それは!!」


 ラルーチェが僕の左腕を両手で掴んで持ち上げ、匂いを嗅ぐかのように自分の顔を手首に近づけてきた。


「これが……リリエンデール様からの祝福の証なのでしょうか?」


 腕輪と僕を交互に見て聞いてくるが、どう考えてもそちらの方が詳しいのではないだろうか。


「シスターラルーチェ、あなたこそ、それをご存知なのではないですか?」


「いえ、でもきっとそうなのでしょうね。

 先程の光はわたくしの背後から、つまりリリエンデール様の石像から放たれたものでしょう。そして、洗礼を受けたソーヤ様の左手首に残されたその腕輪。まさしくリリエンデール様の祝福を受けた証とも言えます」


 話しているそばから興奮してきたのだろう。

 僕の左腕を掲げ持つように頭上に掲げ、自らは深く頭を下げていく。


「えーと、シスターラルーチェ、手を放してもらえないかな」


「ソーヤ様、どうかわたくしのことは、ラルーチェと呼び捨て下さい」


 がばっと顔を上げて見つめてくる目が怖い。


「えー、いやぁ、でも。神殿の司祭様を呼び捨てにするなんて恐れ多いというか」


「何をおっしゃいますか、ソーヤ様! 我らが信仰するリリエンデール様から唯一の祝福をお受けになった御身は、我が神殿の大司教様よりも尊いお方です。もはや、リリエンデール様の現身とも言えます。一介の司祭であるわたくし等、召使いのごとくお扱下さい!」


 なんか、扱いがすごい。

 司祭を召使いにって、僕は神にでもなったのだろうか。


「他にいないのですか? そのリリエンデール様の祝福を受けた人は?」


「はい、リリエンデール様の祝福を受けたお方は、確かここ数百年程いなかったと聞いております」


「そうですか。そんなに女神様の祝福を貰うことは珍しいのですね」


「その通りでございます。他の女神様を祭る神殿でも『運がよければ洗礼の際に女神様の祝福を頂ける』等と巷では言われておりますが、もちろん滅多に頂けるものではありませんし数年から数十年に一度の割合くらいかと……それがわたくしの行う洗礼で、まさか本当にリリエンデール様の祝福を受けるお方が現れるなんて……ああ、リリエンデール様、なんと幸福なことなのでしょうか。ありがとうございます」


 ありがとうございます、と連呼するラルーチェから腕を引き抜こうとしているのだが、ぴったりと吸い付いたように離れない。


 腕輪に額を押し付けるようにしてくるので、ラルーチェの前髪が腕に触れてくすぐったいし。

 思わず触りたくなるのでやめてほしい。


 横目でフィクスさんに助けを求めるが、さっと目を逸らされた。

 ちくしょう。

 ここでこそ、王族の力を発揮してくれればいいのに。


「あのー、ラルーチェさん、そろそろ放してほしいなーなんて」


 恐る恐る話しかける僕の言葉はラルーチェには聞こえていないのか、


「こうしてはいられません。すぐにローゼンの大司教様に報告しなくては! 準備! 準備を!!」


 僕の腕を掴んだまま、踵を返して扉の奥に向かっていく。


「ちょっと! ちょっと痛いってば!! いい加減にしないと、僕だって怒りますよ!!」


 叫ぶ僕に、


「ああ、これはソーヤ様。つい興奮してしまいまして、申し訳ございません。どうか、どうかお許し下さい!!」


 さっと床に膝をつき、流れるような動作で土下座されてしまった。

 もう、どうしていいのかわからない。


 再度フィクスさんに助けを求めようとしたが……さっきまでいたのにいない。

 キィーと音がして振り返ると、扉を開けて外に逃げようとするフィクスさんと目が合った。


「フィクスさん! こんな状況で置いていかないでくださいよ!! 逃げないでください!!!」


「やだなぁ、ソーヤ君。逃げる、なんて言い方が悪いなぁ。僕は時間を無駄にしない為にも、今のうちに食料や水を確保しようかなー、って思っただけだから」


 決してソーヤ君を置いて逃げようとしていたわけじゃないんだよ?

 そう言い訳しながらも、すすすっと扉の向こう側に身体を移動させていく。


「ああ、待って! 待って!! ゴルダさんに言いつけますからね!」


 子供のようなセリフだと自分でもわかっているけれど、他に浮かばないので仕方がない。

 けれど、フィクスさんは片手を上げて「じゃっ、あとでね」と扉の向こうに消えていく。


 さらりと流れる金髪の毛先が見えなくなる前に、僕は最後のカードを切ることにした。


「マリーに言いつけますよ!!!」


 数秒後、盛大に顔をしかめたフィクスさんが戻ってきた。


「ソーヤ君、それはずるいよ。反則じゃないかな」


「この際、ずるくても反則でもなんでもいいですよ。お願いですからなんとかしてください」


 もはや恥ずかしさなんて金繰り捨てる勢いだ。

 目の前で土下座をするシスターラルーチェを、僕にはどうしていいのか見当もつかない。


「申し訳ございません。どうか、どうかお許しを」


 いつのまにか、両手で僕の足を掴んで頭を擦りつけられているし。


 ああ、誰か、誰でもいいから助けてほしい。



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