287.美容師~もじもじされる
「えーと、どうしてリリエンデール様がいるのですか?」
「どうして? どうしてって言ったのかしら? それはこっちのセリフだわ。どうしてソーヤ君があんなところにいるのかしら? おかげでびっくりしてコッチに呼んじゃったじゃないの」
頬を膨らませて何やら怒っている様子のリリエンデール様。
顔を赤くして、握った両手をブンブンと体の横で振っている。
「あんなところというのは、リリエンデール様の神殿のことですか?」
「そうよ! まさかソーヤ君がわたしの神殿にいるなんて!! わたしの神殿で洗礼を受けるなんて珍しい人がいるもんだなぁ、なんてちょっぴり覗いてみたら、聴こえてくる名前にびっくりだわ! あー、焦った。久しぶりにこんなに焦ったわ」
ぶつぶつと呟くリリエンデール様についていけずに、僕は落ち着くのを待つしかない。
「あー、焦った。焦った焦った」
焦った焦ったと壊れたラジオのように繰り返すリリエンデール様に、仕方なく僕は問いかけることにした。
じゃないと話が進まない気がしたのだ。
「何をそんなに焦る必要があったのですか? 僕にはリリエンデール様が何に焦っているのかさっぱりわかりませんが?」
「何に焦っているのかって? それは……」
何かを言いかけてその言葉を飲み込むように口を閉じ、
「とりあえずソーヤ君、そんなところに立っていないで座ったらどう? 今、お茶を用意するから」
人差し指をくるくるーと回すと、テーブルの上に紅茶が現れた。
微かに湯気がたっていて入れたてのようだ。
どうやら僕はリリエンデール様にとって困ったことをやらかしたらしい。
よくわからないけれど、ここは一つ、男らしく謝っておくことにする。
「えーと、なんか、困らせてしまってすみません」
「困らせてというか……いきなりで焦ったというのが本音なんだけれど……ソーヤ君、本当にわたしの洗礼を受けるのね?」
「ダメですか?」
「ダメではないわ。ええ、ダメなんてことはないのだけれど。だって……ソーヤ君、わたしの加護を持っているじゃない? だから――」
――たぶん……付いちゃうし。
小声でぼそぼそ呟いている。
ん?
なんだ?
何が付くって?
≪聴覚拡張≫が働いたようだが肝心なところが聴こえなかった。
首を捻りリリエンデール様を見つめていると、なんだか煮え切らない態度でもじもじとし始めてしまった。
ほんのりと頬を染めて、上目使いでちらちらとこちらをうかがってくる。
なんだろう。
ただただ、とてもかわいい。
しかも、話し方までいつもと違う。
「えっーとー、そのー、どうしてソーヤ君はわたしの洗礼を受けるのかなーって」
どうして?
だって、フィクスさんが冒険者ならだいたいみんなどの女神様かの洗礼を受けているって言うし。
「ほらっ、女神だって他にもいろいろいるじゃない? ソーヤ君がその中からわたしを選んだ理由? 根拠? っていうかなんでかなーなんて」
理由? 根拠?
他に女神様の知り合いなんていないし、どうせどの女神様かの洗礼を受けるのならばリリエンデール様でいいかな、なんて軽い気持ちだったのだけれど、それに顔見知りな分、優先的にご利益がありそうだし。
まぁ、これは言わない方がよさそうだ。
「僕は他の女神様ではなく、リリエンデール様の洗礼が受けたいと思ったのですけど」
なので、ずばっと直球で攻めてみた。
「それに、僕はすでに洗礼を受ける流れになっていますし。というか、すでに受けている最中ですし。あれって今から辞められるのでしょうか?」
「……そうよね。洗礼の儀式は始まってしまっているものね。そんなにソーヤ君がわたしを求めているのなら、仕方ない。仕方のないことなのね」
リリエンデール様は下を覗くような素振りを見せて、「わかったわ」と力強く頷いた。
「こうなったら女は度胸よ! そうでしょ? ソーヤ君もそう思うでしょ? 思うわよね?」
両手を机について身を乗り出し、顔を近づけてくる。
ここで『いいえ』と言えればいいのだけれど、僕の答えはもちろん『はい』だ。
なんだかわからない圧力に逆らえる雰囲気ではない。
「そうね、そうよね。いいじゃないの、悪くないじゃないの、他でもないソーヤ君だものね。誰でもないソーヤ君なんだから、いいのよ。うん、そう。いいのいいの。ソーヤ君だって、わたしの『祝福』を貰えるんだからラッキーじゃない。もしそれでアレが付いちゃってもいいじゃない! そうそう。そういうことにしておけばいいのよ。元から誰かを選ぶのならソーヤ君しかいないって、わたしも思っていたじゃないの。これがあの有名なやつね、最初から決めていました! ってやつね」
リリエンデール様は早口でまくしたて、自らに問いかけ自らで答えて納得している。
だが、ちょっと待って。
今、何か聞こえてきてはいけない言葉があったような。
「どうせソーヤ君はわたしの『加護』だって持っているんだし、いっそのこと最初から『祝福』もあげていたと思えばいいのよね。そうよね、そうしましょう。ということでくるくるー」
にっこり微笑んだリリエンデール様が僕の顔の前で人差し指をくるくるーと回す。




