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女神様の美容師  作者: 獅子花
美容師 異世界に行く
286/321

286.美容師~洗礼を受ける

 

「おや? そうなのかい? わたしが知る限りではリリエンデール様の序列は第七位だったと思うんだけどねぇ。どうやらわたしの情報はだいぶ古かったようだ。失礼したよ、シスター」


「いえいえ、わが女神様の信者でないのならば、ご存知ないのも仕方ないのかもしれません。それに……きっとあなたは『法神』か『武神』、もしくは『美神』の信者なのではないですか?」


「そうだね、確かにわたしは『法神』様の信者だよ。でもそれが何か関係あるのかい?」


「ご自分の崇める女神様の神殿に頻繁に通われていれば、序列が変わったこともすぐにわかるのではないですか? まぁ、冒険者の方ですとあまり熱心に神殿に行くこともないかもしれませんが。

 それにわが女神様の序列が第七位から六位に上がったのも、そこからさらに五位に上がったのも、つい最近と言ってもいいくらいの時期なので、神殿関係者ではない方はまだあまりご存知ないのです。もちろんわたくし達リリエンデール様を崇める関係者は、それこそ狂喜乱舞の状態ですけどね」


 シスター達が集まって狂喜乱舞している光景……見たいような見たくないような、微妙な感じだ。


「そうなのかい。ちなみにこんなことを聞いていいのかどうかはわからないけれど、差し支えなければリリエンデール様の序列が急に2つも上がった理由はなんなんだい?」


「それは……正直わたくし達にもわかりません。ある朝、いつものようにリリエンデール様の女神像に日課のお祈りを捧げていた我が神殿の最高司教にお告げがあったそうです。

『この度、序列が第六位にあがりました』と。もちろんそれは聖国ローゼンにある石板【女神の序列】でも確認されました。第五位に序列が上がった時も同様のことが起こったそうです。

 女神様方の序列が変動することは、この世界の長い歴史の中でも稀にあったことではあります。その際、女神様から最高司教等にお告げがあったことも。

 ただ、こんなに短期間で連続して序列が上がることは珍しいので各神殿の最高司教が集まり、過去の文献等を紐解いて調査はしたそうですが、最終的には理由まではわからなかったそうです」


「ふーん、まぁ、そういうものなのかもねぇ。いずれにせよ、シスター達リリエンデール様を崇める関係者は喜ぶことであり悲しむことではないので良かったのだろうねぇ。その分、第七位に落ちてしまったハイマケーシュ様を崇める神殿関係者達は涙で袖を濡らしているだろうけれど」


「そうですね。女神様方の序列が全てだとはわたくし達も考えてはおりません。ただ、自分が崇拝する女神様の序列が上がれば、それはやはり嬉しくはありますし、喜びは隠せません。もちろん隠すつもりもありませんが」


「久しぶりにわたしもブランシェアラ様の神殿に祈りにでも行こうかねぇ。確か、最後に立ち寄ったのはずいぶんと昔だったような気がするよ」


「それは良いことですね。是非、そうされるのをお勧めします。

 わたくし達は信じる女神様こそ違いますが、同じように他の女神様のことも崇拝させていただいておりますので、その発言は本心から嬉しく思いますよ。それこそ、我が女神様の信者になっていただければ、一際嬉しく思いますが」


 最後の一言と共に、僕に流し目をよこすシスター。

 もしかして、あの扉の裏で僕らの会話を聞いていたのかもしれない。


 まだ僕がどの女神様の信者ではないことを知っているのかも。

 たぶんそうだ。

 微かに、獲物を狙うような視線を感じる。


 でも別に、今の僕にとって悪いことではない。

 だって僕は、リリエンデール様の神殿で洗礼を受けてみようかと思っていたのだから。

 この流れに乗ってみるのもありか。


「あの、シスター。リリエンデール様の洗礼を受ける為には何か事前に手続きとかは必要ですか?」


 突然話しかけた僕にシスターは一瞬身構えたが、僕の言葉を理解したとたん、その眼に輝きが増したような気がした。


「いえ、いえいえ、洗礼を受けるのに何も手続きや準備等は必要ありません。ぱっと、それこそぱぱっとできますし終わりますよ。少々お待ちください。いえ、ほんのちょっぴりお待ちください。わたくしが光の速さに負けないくらいのスピードで準備を終えますので」


 聞きとるのが難しいくらいの早さで口を動かし、シスターは扉の奥に駆け込んでいった。


『いたっ!?』


 そんな声が聞こえたが、あのスピードだ。

 きっとどこかにぶつかったんだろう。


「えーと、ソーヤ君。いいのかい? なんかここで今から洗礼を受ける流れになっているようだけど」


 心配そうなフィクスさんが、


「貰うものは貰ったし、なんなら今のうちに逃げるかい?」


 シスターが消えた扉をチラチラ見ながら僕の腕を取る。


「大丈夫です。実際、洗礼を受けてみようと思っていたので。早めに準備して終わるのであれば、僕としても助かりますし」


「そうかい。女神様の洗礼を受けること自体は反対しないのだけれど、本当に洗礼を受けるのはこの神殿でいいのかい? なんだかわたしがソーヤ君を焚きつけたみたいで心が痛むよ」


「別にフィクスさんに言われたからそうするわけではないですよ。僕がこの神殿の、リリエンデール様の洗礼を受けてみようと思ったからそうするんです。

 それに、万年最下位だったのが、六位、五位と短期間で上昇しているんですよね? なんだか縁起がいいような気がしませんか?」


「そう言われてみると、そうかもしれないね。うん、悪くないかもしれない。もともと『奇神』の信者は学者に多いとさっき説明したけれど、昔は冒険者にも結構たくさんいたらしいからね」


 ふーん、そうなのか。

 今度リリエンデール様に会ったら聞いてみようかな。


 なんて考えていると、ズバンッと扉を蹴飛ばしたシスターが両手いっぱいに祭具のようなものを抱えて走り寄ってきた。

 いくら両手が物で塞がっているとはいえ、聖職者たる者が扉を足で蹴り開けていいのだろうか。


「はぁ、はぁはぁ……よかった。逃げないでちゃんといてくれた」


 しかも荒い息を吐きながら、小声で呟く言葉を≪聴覚拡張≫が僕の耳に届けてくれる。

 なんだろう。

 ちょっと怖くなってきて、後悔しはじめてきた。


 僕はこの神殿で洗礼を受けてもよいのだろうか?

 微かに血走った目で僕を見るシスターに、さすがのフィクスさんもドン引きしているようだ。

 いつもの笑顔が作れずに、崩れた苦笑になっている。


 部屋の端に置いてあった木製の机をこれまた器用に右足の脛でひっかけて引きずるように動かし、リリエンデール様の石像の前に移動させると、シスターは腕に抱えていた祭具を並べ始める。

 それを指さし確認し、準備が整ったのだろう。


「さて……では洗礼の儀式をはじめましょうか。えーと、そういえばお名前をお聞きしておりませんでした。教えていただいてもよろしいでしょうか?」


 一度「こほんっ」と小さく咳払いをして、にっこりと微笑みを浮かべる。


 ここで色々に対して突っ込むことはもちろんできる。

 できるのだが、それをしたからといってどうなるか? と問われれば、それはやっぱり何も生み出すことはないだろうし、僕も「こほんっ」と咳払いをして気持ちを作り直した。


「僕の名前はソーヤ・オリガミです。ちなみに貴族ではありません」


「ご丁寧にありがとうございます。今回ソーヤ・オリガミ様の洗礼を行わせていただくわたくしは、序列第五位のリリエンデール様を信仰する神殿において司祭の位をいただいておりますラルーチェと申します。どうぞ宜しくお願い致します」


 両手を胸の前で重ねて合わせ、深々と頭を下げられたので、僕も同じく頭を下げる。

 横目で伺ったフィクスさんは、僕達から離れて壁際に移動したようだ。


「さて、それではソーヤ・オリガミ様の洗礼をこれより行わせていただきます。どうぞお気持ちを楽にして、目を閉じて軽く俯き加減で、そう、そのような感じで結構です」


 ラルーチェ司祭は僕の腕や体に手を当てて姿勢を矯正してきたので、力を抜いてされるがままになる。


「では、はじめます。女神リリエンデール様の洗礼を受けし者の名はソーヤ・オリガミ――」


 ドキドキして自分の名前を聞いた瞬間、僕の意識は移動していた。




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