282.美容師~森の奥が気になります
「ふぅ、お疲れ様。それにしても、だいぶソーヤ君の剣術も様になってきたねぇ。わたしが教えているせいかもしれないけれど、何より動きが姉上に似てきたよ」
マッドウルフの死体から剥ぎ取り部分と魔核結晶を取り出しながら、フィクスさんが微笑みをよこしてきた。
「姉上っていうと、その、職業が剣舞師のですか?」
僕は僕で、剥ぎ取りを終えた死体を引きずって一ヵ所にまとめる作業をしている。
倒した魔物の放置はダメ。
フィクスさんからもきつく言われているのだ。
きちんと燃やして処理をしないとアンデット化する恐れがあるし、何より森が汚れるのでフィクスさんとしては許せない、とのことだ。
やっぱり森や緑が大好きなエルフからすると、自然を大事にしているのだな、なんて勝手に思っていたりする。
「そうそう、剣舞師の姉上なんだけどさ、本当に踊るように剣を振るんだよね。
ソーヤ君よりもっと細身の、でも長さはある剣なんだけどね、ずいぶん昔に見たきりだけど、覚えているもんだねぇ」
「僕の動き、そんなに似ていますか?」
「うーん、似ているといえば似ているし、似ていないと言えば似ていない、かな?」
「えっと、結局どーいうことなんでしょう?」
「んー、ちょっと待ってね。うまく言葉にまとめてみるから」
そう言いながらも、マッドウルフの死体の山に油をかけて、火属性の魔玉をポイっと投げた。
音もなく燃えていくマッドウルフの死体を眺めていると、
「わかった」
唐突にフィクスさんが呟いた。
「どうかしましたか?」
「ああ、うん。姉上とソーヤ君の違いだよ。
姉上とソーヤ君は両手での剣に剣を持っているのは同じ。動きだしたら流れるように動きを止めずに剣を振り続けるのも同じ。なら何が違うのかを考えていたんだよ。それがね、やっとわかった」
「何が違うんですか?」
「それはだね、ソーヤ君はよく回る」
「回る、ですか?」
「そうそう、ソーヤ君は剣だけじゃなくて、自分自身がくるくる回る。
それに両手に持った剣を、時々手のひらの中でくるくる回しているだろう? 姉上はそんな動きはしていなかったと思う。水が流れ落ちるように、風がそよぐように動いていた。
ソーヤ君の動きにも緩急はもちろんあるんだけど、急に独楽のようにくるくる回るからさぁ。
だからぱっと見は似ているように思えるんだけど、じっと見ているとなんか違うなぁと思ってたんだ。今、その理由がはっきりしたよ。ふー、すっきりした」
満足げに頷くフィクスさんに、「そうですか」と返す僕。
確かに僕はくるくる回る。
あのマッドウルフ大量発生との戦闘で、自分自身に回転スキルを意識してくるくると回っているからだ。
なんだか無性に回りたくなる。
手のひらの中の剣を回すのは当たり前。
相手の攻撃を弾く立派な理由があるし。
なら何故自分自身がまわるのか?
答えは不明。
ただただ回りたいんだ。
回りたくなるのだ。
そのついでに剣を振るうと、勝手に魔物に当たって斬られている。
なんとも都合がいい戦闘スタイル。
これが剣舞師、という職業なのかもしれない。
いや、たぶん違うような気はするんだけど。
「そんなに回っていて目が回らないのかい?」
苦笑交じりにフィクスさんが尋ねてきたが、目は回らない。
むしろ、今日なんて背中側にも目があるかのように背後の魔物の動きがわかったりする。
これも剣舞師という職業の恩恵なのだろうか?
マリーに聞いてもわからないので、フィクスさんの姉上に聞いてみたいものだ。
「よし、こんなもんかな。ソーヤ君、大丈夫だと思うけど、一応水かけといてくれる」
「わかりました」
魔言を紡いで、死体の燃え跡に水をかける。
「森が燃えたら一大事だからね」
誰に言うでもなく、一人呟くフィクスさん。
その言葉に、「そうですね」と律義に返事を返す。
「それで、どうします? もう街に戻りますか?」
「んー、そうだね。まだ時間的には早いけど、最近マッドウルフを倒し過ぎたから、この辺りはもう全滅に近いかもしれないね。
昨日は5匹、今日なんて朝から森の中をうろついているのに、3匹だもんね」
「そうなると、明日からの討伐は他の魔物にしますか?」
「とは言ってもねぇ、この辺りにはEランク以下の魔物ばかりだから、正直ソーヤ君の修行には物足りないんだよね」
「そうなんですか。じゃあ、またアンガスの峠道にでも行きますか?」
「いやー、わたしはあまり行きたくないなぁ。嫌いなんだよね、あいつら硬いばっかりで楽しくないし」
眉間に皺を寄せるフィクスさん。
その言葉に、僕の眉間にも同じように皺が寄る。
「ああ、特攻甲虫ですか。確かに僕も好きじゃないです。土蜘蛛、また沸いてないですかね?」
「こないだ、結構な勢いで狩りつくしちゃったからねぇ。たぶん、いても数匹くらいじゃないかな」
「数匹の為にあそこまで行くのはちょっと」
「だよねぇ。さて、どうしようか……いっそこのまま、ニムルの森の奥へでも行ってみるかい?」
考え込むように宙を見つめていたフィクスさんが、ニヤリと悪い微笑み方をしてきた。
「この森の奥ですか? そういえば、マッドウルフの縄張りがあるから行くなとはマリーから聞いていましたけど……もしかして何かあるんですか?」
当然、僕としては気になるわけで。
【気になります】
うん、わかってる。わかっているから。
頭の中のコエを宥めつつ、視線でフィクスさんに続きをお願いする。
「ソーヤ君、ホラー系とか平気かな?」
「ホラーですか? ものにもよりますけど……肉体アリの奴ですか? それとも霊的な奴ですか?」
「うーん、どっちかと言えば肉体アリかな、でも霊的な奴もいないことはない……と思う」
「なんだか曖昧な表現ですね。一体、この森の奥に何があるんですか?」
「ソーヤ君、君って口は堅い方かい?」
「なんですか急に? 自分では軽くはないつもりですけど、フィクスさんが誰にも言うなって言うなら、なるべくそうするつもりですよ?」
「なるべく……なるべくかぁ……煮え切らない答えだよねぇ。
うーん、どうしようかなぁ。言っちゃってもいいかなぁ……でもゴルダにばれるとめんどくさいっていうか、怒られるっていうか……でも別にわたしが悪いわけでもないしなぁ。
ああ、でも、『なんで早く俺に報告しないんだ!』とは、絶対言ってくるよなぁ」
僕の答えが気に入らなかったのか、首を傾げながら悩むようにぶつぶつと呟いている。
『誰にも絶対言いません!』
そう言いきれればいいのだが、もし悪事の片棒を担ぐようなことだったら嫌だし、何よりマリーにばれたら……あの笑顔と迫力で追及されたら黙っていられる自信がないのだ。
守れない約束はしたくはない。
だからわざとあんな答え方をしたわけで。
それに、さっきフィクスさんの口から洩れた言葉、
『ゴルダに怒られる』、『なんで早く俺に報告しないんだ』
この2つのキーワードから連想されるものは、決して良いものではないはずだ。
だとしたら、僕はニムルの森の奥のことなんて、きれいさっぱり頭から消し去って忘れたふりをした方がいいはずで、絶対にそのはずなんだけど――
【気になります! 気になります!!】
あー、やっぱりこうなるんだよなぁ。
わかっていた、わかっていたはずなんだけど。
「わかりました、フィクスさん。たぶん、きっと、できる限り誰にも言いません。だから僕にその秘密を教えてください」
「うーん、『たぶん』に『きっと』に『できる限り』かぁ。
『絶対に!』とは言ってくれないのかな? できればわたしとしては、その言葉を聞いておきたいんだけど」
「わかります。わかりますよ、フィクスさん。僕だってその言葉を使いたいんです。でも、でもですね、『絶対に!』とは言えません。だって……マリーが怖いんです」
こうなったら正直に告白するしかなかった。
それが僕にできる誠意だと思うから。
「マリーちゃんか……確かに怖い、怖かったよねぇ、あの時」
いつを思い出しているのだろう。
フィクスさんが遠い目をしてどこかを見つめている。
「わかった。なら、たぶん、きっと、できる限りは誰にも言わないでほしい。もちろん、ゴルダにもマリーちゃんにもだよ? 守れるかい?」
『守れるかい?』と言ってはいるが、秘密を守らせるには大分緩い制約になっている。
フィクスさんもそれに気がついてはいるのだろう。
苦笑交じりに告げてくる表情には、悪戯っ子のように輝く瞳があるのだから。
「善処します。なるべく、守れるように、ですが」
「頼りないなぁ。でも、まぁいいか。
よし、決めた。ソーヤ君にわたしの秘密を話そう! とは言っても、わたし個人のことではなくて、わたしが知りえた秘密のことだけどね」
「ええ、では聞かせてください。この森の奥のことを」




