281.美容師~呼んでみる
マリーのお説教からようやく解放され、気分を変えてお昼ご飯でも食べようと外に出たら……何故かもう日が暮れるところだった。
時間の経過がおかしい。
何者かに時間を盗まれたのか、はたまたマリーのお説教がそれだけ長時間に渡って続けられたからなのか。
『他人の髪の毛に触ろうとはしません』
1000回言わされたはずなのだが、途中で意識が朦朧としていたし、もしかして数え間違えていて10000回だったのだろうか。
「どう思う? ジスト」
フードの中に話しかけてみるが、返ってくるのは「ぐるぐるぅ」という喉を鳴らす音のみ。
まぁ、いいか。
少し早めの夕飯としよう。
本当は気分転換に友達でも誘ってぱーっと飲みに行きたいところなのだが、如何せん僕にはそんな友達はいない。
いや、決していないわけではないのだけど、マリーだとまたお説教が始まりそうで嫌だし、グラリスさんはきっと僕の武器と防具のメンテナンスをしてくれていそうで邪魔になりそうだし、ゴルダさんは顔に似合わず夜はきちんと家に帰って奥さんの手料理を食べるみたいだし、ケネスさんは……確か依頼で遠方に出かけているはずだ。
それにきっと、何かしらの質問攻めにあいそうで落ち着いて食事を楽しむどころではないだろう。
あとは……、もうフィクスさんくらいしかいない。
とはいっても、フィクスさんの連絡先なんて知らないわけで……でもあの人のことだから呼んだら出てきそうな気もする。
試しに、
「フィクスさーん、夕飯ご一緒しませんかー?」
大声では恥ずかしいので、小声気味で呼んでみた。
5秒、10秒……30秒、その場で待ってみる。
いや、ね、僕だって本気で来るとは思っていなよ、ほんと。
でも少しは期待していたので、残念な気持ちはある。
というわけで、今夜はさみしく一人で食事をとろう、なんて思い歩き出すと、後ろから肩にポンと手が置かれた。
「ソーヤ君、呼んだかい? それで、どこの店にするかな?」
振り返った僕の視界には、片手で長い金髪をハラリとかきあげるフィクスさんの姿。
「あれ? どうしたの? 呼んだよね、わたしのこと?」
「ええと、まぁ、呼んだというか……呼んでみたというか」
「なんだいそれは? もしかしてイタズラかい? 子供じゃないんだから、よくないよ、そういうの。
さっ、まぁいいじゃないか。美味しいお酒と食事がわたし達を待っているよ。どこか行きたいお店はあるのかい? ん、ないのならわたしのオススメの店でいいかな? ソーヤ君は嫌いなものはあるかい? 好きなものはなんだい? わたしはねぇ、大抵のものは食べられるよ」
返事をしない僕に焦れたのか、腕を取って引っ張りながらフィクスさんが話し続ける。
そのまま連行されたお店は、少し金額は高いがとても美味しい料理を出す店だった。
『昨日、思い切り魔法をぶつけたお詫びだよ』なんて言って、フィクスさんが奢ってくれたので、今度は僕がご馳走しようと思う。
その理由は、『風属性の魔法が使えるのを隠していてすみません』でもいいし、『いつも髪の毛を見つめすぎてすみません』でもいいだろう。
なんだっていいんだ、きっと。
冒険者としては先輩で、凄く年上過ぎるけれど、『わたしとソーヤ君は、友人だよ』と言ってくれた言葉が、僕にとってはとても嬉しかったのだから。
この世界に来て、初めてできた同姓の友人なのだから。
貴族の息子、バリスタインに絡まれてから数日。
季節は秋へと様変わりしていくのか、日差しは少しずつ弱まり肌寒い日が続くようになってきた。
この世界にも四季はあるらしく、僕がこの世界に来たのが春の初め頃だったので、ほぼ半年が過ぎたことになる。
ニムルの街があるこの場所では、冬は0度を下回るとのことで、雪の降り積もる日が続き、魔物の活動も減少する為、冒険者稼業も休業に近いものになるそうだ。
だとすると、収入が減った冒険者達はどうするのか?
当然稼げる別の場所に移動するらしい。
僕はどうやら暇を持て余したフィクスさんの友人兼弟子的な立場に認定されたようで、ほぼ毎日フィクスさんに誘われて魔物を狩りに近場へ出かけている。
もちろん、師匠と行う魔法の勉強もあるので、午前中から午後にかけてフィクスさんと出かけ、それが終わると夕方にかけて師匠の家に行く日々だ。
フィクスさんに師匠を紹介するかどうかは、かなり悩んだ。
というよりも、今でも悩んでいるのだが、不思議とフィクスさんは僕の魔法の師匠について聞いてくることはしない。
もしかしてマリーが話したのかとも考えたが、マリーは師匠との約束を守り、ゴルダさんにも話していないという。
だとすると……フィクスさんのことだから、僕の後をつけて師匠の正体には感づいているけれどあえて黙っている、という予想もできる。
相変わらず、謎な存在だ。
あんな気さくな感じなのに、国に戻れば王子様だというし。
そんなこんなで、僕は今日も冒険者ギルドで待ち合わせたフィクスさんと適当な依頼を受けるわけで。
少し時間には早かったので、ギルド内のテーブルについて飲み物を頼むことにした。
生温い果実水を貰って、こっそりコップの内部に氷を作る。
本当に魔法って便利だ。
一口飲んでリンゴのような甘味に思わず目元が緩む。
フィクスさんはまだ来ないようだし、この時間を利用してステータスのチェックでもしよう。
シザーケースの中から手帳を取り出してページを捲る。
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名前 ソーヤ・オリガミ
種族 人間 男
年齢 26歳
職業:剣舞師
レベル:2
HP:40/40
MP:40/40
筋力:26
体力:26
魔力:28
器用:52(+4)
俊敏:29(+4)
テクニカルスキル:シザー7 6300/???
《Lv1》カット
《Lv2》チョップカット
テクニカルスキル:トリミングシザー
トリミング
ユニークスキル:言語翻訳《/》、回転《Lv7》、観察《Lv7》、好奇心耐性《Lv2》、調色《Lv4》、意思疎通(普通種)《/》
スキル:採取《Lv5》、恐怖耐性《Lv4》、身軽《Lv5》、剣術《Lv6》、聴覚拡張《Lv5》、気配察知《Lv5》、投擲《Lv5》、集中《Lv7》、忍び足《LV5》、脚力強化《Lv5》、心肺強化《Lv3》、精神耐性《Lv1》、調合《Lv1》、《魔力操作Lv5》、《水属性魔法Lv5》、《危険察知Lv3》、《氷属性魔法Lv5》、《風属性魔法Lv4》、麻痺耐性《Lv2》
称号:女神リリエンデールの加護+2
装備:シザーケース、月刀弧影×2、黒錘丸×2、黒夜叉の胸当て、黒曜の籠手、黒夜叉の籠手、黒夜叉の脛当×2、シガー、
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多数のマッドウルフとの戦闘にフィクスさんとの模擬戦? それから日々の特訓?
それらの影響か、スキルは軒並みレベルアップしている。
それに剣舞師という新しい職業も増えた。
こっそりマリーに聞いたところ、珍しい職業で余り情報はないとのことだが、偶然居合わせたフィクスさんがこの職業について詳しかった。
なんでも身内に同じ職業を持つ者がいるらしく、文字通り舞うように剣を振るう強者だと言うので、とりあえずお試しで選んでみることにした。
フィクスさんから指導を受けているせいか、風属性の魔法の腕も上がり、師匠からは大分よくなったと褒められているし、僕って結構強くなったんじゃないか、なんて自惚れてしまいそうだ。
それでもやっぱり、フィクスさんと行う模擬戦では完全に負け越している。
その内訳は、0勝18敗。
剣だけでも勝てないし、魔法のみでも勝てない。
当然、剣も魔法も何でもあり、でも負けている。
僕の鼻っ柱は伸びるたびにへし折られているのだが、これでよかったのかもしれない。
いくらたくさんのスキルを持っているとはいえ、まだまだDランクのひよっこなのだから。
ああ、そう。
レベルに関しては未だ2のまま。
まったくもって変わらない状況が続いている。
これに関してはフィクスさんに隠し通すことはできずに相談済み。
マリーとゴルダさんにも相談したが、誰もが首を捻るばかりで解決の糸口もない。
ただ、僕にしてみれば半ば諦めの境地にいるので、あまり気にしていない。
HPが低いとしても当たらなければいいのだ。
そう思うしかない。
MPが少ないのは、最小で最適な魔力効率を学ぶ為の修行だと思え。
そう師匠から言われているし。
あとあと、ジストとはあれ以来良好な親子関係を築けていると思う。
いつのまにかユニークスキルに追加されていた≪意思疎通(普通種)≫のお陰で、なんとなくだがジストの言っていることがわかるし、僕の言葉も伝わっているようだ。
きっと、決められなかったリリエンデール様からのお礼だろう。
いつだったか、そんなようなことを言っていたし。
「いやぁ、待ったかい、ソーヤ君」
片手を上げてにこやかにフィクスさんが登場したので、手帳を閉じて出かけるとしよう。
さて、今日はどんな依頼を受けて何の魔物を倒すのだろうか。




