279.美容師~怒鳴られる
カルラを殺した相手は思い浮かばないのか?
フィクスさんに尋ねられてはみたものの、やはり僕には思いつかない。
僕のかわりに復讐をしてくれる相手。
僕のことを大事に思っている相手。
そして、カルラを圧倒できる程の実力者。
となれば思いつくのは一人だけ。
「フィクスさん、とか?」
呟くように名前をあげると、ゴルダさんとマリーの目がフィクスさんに向いた。
だが、
「いやいや、待ってよ。わたしじゃないし。
確かに、ソーヤ君に好意は抱いているし、目の前でソーヤ君が嬲られていたらその仕返しくらいはするかもしれないけれど、殺しまではしないと思うな。
それにそもそも、わたしはその時、ニムルの街の中にいたから無理だよ。ほら、例の貴族の息子とやりあっている時、わたしは街の中から駆けてきたよね? そうだよね?」
フィクスさんが僕に同意を求めてくるが、生憎あの時の僕にはそんなこと見えていなかったので、申し訳ないけれど頷いてあげられない。
気がついたら目の前にフィクスさんがいたのだ。
「おい、ソーヤの同意は得られないようだぞ。そこのところ、どーなんだ?」
「嫌だなぁ、もしかして本気でわたしのことを疑っているのかい? さすがにそれはないだろう?
ソーヤ君、勝手にわたしの名前を出した責任を取ってくれないと困るのだけどね」
「えーと、そんなことを言われても僕も困るというか。だって、条件にあてはまるのはフィクスさんくらいしかいないので」
「無理やり条件に当てはまる人を探すからいけないのだよ! 該当者不在!! これでいいじゃないか」
ゴルダさんに迫られるのが本気で嫌なのか、珍しくフィクスさんが叫ぶように言った。
「ちなみにわたしがその時間にニムルの街にいたのは事実だからね! アリバイだってあるし、証言してくれる人だって、探せば何人も出てくるから! だからこの無駄な問い詰めはやめてくれ! 時間の無駄だよ!!」
「ふんっ、まぁ、お前が犯人ではないのはわかっているがな。もしお前がカルラを殺した犯人なら、もっとうまくやるだろうし、あんな現場の残し方はしないだろう?」
「それはそうだろうね。わたしが犯人で自分のしたことを隠したいのなら、死体をあのまま放置はしない。
土の中に埋めるか、風属性の魔法で細かく切り刻んで水に入れて魚の餌にでもするかな。そうすれば、行方不明者一人で終わるだろうからね」
自信ありげに話しているのだが、その内容が酷い。
自分なら完全犯罪ができますよ、と言い切ってしまっている。
それに気がついたのだろうフィクスさんは、
「だからって、わたしではないからね? 本当だよ?」
じーっと見つめてくるマリーに、あたふたと話しかけている。
「まぁ、こんなところで許してやるか。というわけで、カルラを殺した犯人は不明、ということなんだが、実は現場に気になるモノが残されていてな」
「気になるモノですか?」
「ああ、気になるか?」
「ええ、それは気になりますけど」
その言い方に何か含みを感じる。
「ソーヤ、お前、あの首狩り人形はどうした?」
「首狩り人形? それってなんのことだい?」
フィクスさんが横から尋ねてくるので、マリーが説明している。
いるのだが、聴こえてくる言葉に納得がいかない。
だって僕の大事なアンジェリーナのことだと思うのに、
「ソーヤさんの持っている、気持ちの悪い首から上の人形のことです」
なんて言っているのだから。
それに反論しようと口を開きかけるが、それより先にゴルダさんが僕の返事を促してきた。
「持っているか? それともどこかに落としたか?」
その表情が真剣なものなので、フィクスさんの誤解を解くのは後回しにすることに。
「アンジェリーナなら肌身離さず持っていますよ。当り前じゃないですか」
「いや、当り前ではないんだがな」
何故か目を逸らすゴルダさんに、
「出しましょうか?」と尋ねると、
「ああ、悪いがそうしてくれるか? ちょっと気になることがあってな」
と言葉を濁す。
「別に構いませんよ。ついにゴルダさんもアンジェリーナの魅力に気がついたんですね。よければ触ってもいいんですよ。でも、あまり手荒に扱わないでくださいね。髪の毛が傷みますから。はい、どうぞ。
あっ、ゴルダさん、最後に手を洗ったのはいつですか? できれば石けんで手を洗ってほしいというか……いや、あれですよ。別にゴルダさんの手が汚いなんて言っているわけじゃないですよ。ただ、なんというか、エチケットの問題といいましょうか……ほら、一応、女性の顔や髪の毛に手を触れるわけじゃないですか。嫌なら手袋……はないですし、あっ、でも、手袋なんてしたらせっかくのアンジェリーナの髪の毛の滑らかさや艶やかさが伝わらないし……どうしましょうか?
やっぱり、とりあえず手を洗いに行きましょう! 僕もついていきますから大丈夫です。アンジェリーナは逃げませんよ! ここに置いておくので、戻ってくるまではマリーとフィクスさんに見張っておいてもらえますし、あ、でももし強盗でも来て盗まれたら大変だから、やっぱり僕が持っていた方がいいかもしれませんね。そうだ、ということで一回シザーケースの中にしまって――」
「ソーヤさん、一回黙ってください。フィクスさんが引いてます。ドン引きです」
マリーが僕の腕を両手で握りしめて、力強く揺さぶってきた。
そのせいで、手に持っていたアンジェリーナを落としそうになり、危なく両手で抱えなおした。
「ちょっと、マリー! いくら君でもやっていいことと悪いことがあるよ! もうちょっとでアンジェリーナを落とすところだったじゃないか!!」
「そこまで怒ることですか、ソーヤさん!? いい加減、普段の自分を取り戻してください!
ギルマス、もしかして、この首人形って呪われたアイテムなんじゃないでしょうか?
そうです、きっとそのはずです! だって、ソーヤさんがおかしいです。いつももちょっとおかしいですけど、今のソーヤさんはもっとおかしいです。ヤバいです。ヤバすぎです! 誰かなんとかしてください!!」
「ソーヤもマリーもいいから落ち着け!! とりあえず、ソーヤは座れ! そして、俺はその首人形を触らないから手洗いは必要ない。
マリーも静かにしろ! そんな目で俺を見るな!! 俺にどうしろって言うんだよ!? 呪われているかどうかは俺にはわからん。どうしても気になるなら、フィクスにでも聞いてみろ!」
「ソーヤさん、ちょっとそれ貸してください! さぁ、フィクスさん、お願いします!!」
「ちょっとやめておくれよ! わたしに振らないでくれないかな。マリーちゃん、わたしは確かに長くは生きているけど聖職者じゃないから、その首人形が呪われているかどうかはわからないって! やめて、こっちに押しつけようとしないで!!」
「ああ、マリー! アンジェリーナをそんなに乱暴に扱わないでくれよ!! 髪の毛! 髪の毛がフィクスさんの服に引っかかってるから! 切れる!? 髪の毛が切れるから引っ張らないで!!」
「あああああぁぁぁーーーー!!! お前ら黙れ!!!! いいから黙って座れ! さもないと全員ぶっ飛ばすぞ!!」
突然怒鳴りだしたゴルダさんのおかげで、マリーの腕が緩んで、なんとかアンジェリーナを奪い返すことができた。
「ふーふー」と鼻息荒くにらんでくるマリーから隠すように腕の中にアンジェリーナを抱きかかえる。
そのまま、皆が落ち着きを取り戻すまで、数分が必要になるのであった。




