278.美容師~聞きとりをされる
「わたしも同席しますから」
フィクスさんをゴルダさんの隣に移動させて、僕の隣にはマリーが座ることになった。
「まったく、油断も隙もあったものじゃないんですから」
プリプリと怒るマリーから少しずつ腰を浮かして離れようと移動する僕。
「ちょっとは反省とかしないんですか!?」
逃げようとする僕の腕をつかんで引き寄せるマリー。
「また牢屋に入りたいならいつでも言ってください。わたしが証言してあげますから」
「遠慮しておきます」
小声で返すと、
「なら少しは自重することを覚えてください!」
「はい、善処します」
「善処ではなく、必ず守ってください! わかりましたか?」
必ず……返事をするには自信がないので黙っていると、
「返事は!?」
怖い顔で睨まれてしまった。
「……はい」
仕方がない、ここは『はい』と言っておこう。
生き延びる為には仕方がないのだ。
自分に言い聞かせるように心の中だけで呟いていると、
「フィクス様! あたなもこうなることがわかっていて、ソーヤさんを揶揄うのはやめてください!」
お腹を押さえて笑っているフィクスさんも、マリーに怒られている。
けれど流石Bランクの冒険者というべきか、それとも300歳越えの貫禄とでも言うべきか、マリーの猛攻を、
「はいはい、そうだねー。マリーちゃんはいつも元気がいいねー」
なんて、余裕の表情で受け流している。
これにはマリーも勝てないようで、
「もういいです。今後は気を付けてくださいね」
あきらめたようだ。
黙って様子を眺めていたゴルダさんは、
「もういいか? 話を進めるぞ」
羊皮紙をパンと指で叩いた。
「えーとだな、どこまで話したか……カルラの死体を発見したってところからでいいか?」
「ギルマス、最初からお願いします!」
パッと手を上げてマリーが意見するが、どうやらゴルダさんは無視するようだ。
僕とフィクスさんから意見がないのを確認して話し始める。
「カルラの死体はソーヤの説明の通り見つけた。場所はニムルの森の泉辺りだ。マッドウルフの死体から少し離れた場所と報告書には書かれている。ソーヤ、ここまでで間違いはあるか?」
「いえ、それで合っていると思います」
「よし、でだな、幸運なことに、というと語弊があるかもしれんが死体の損傷具合からすると、魔物につけられたような傷はなく、あと、左腕と両足が折れているとのことだ。
その他に細かな傷等はあったようだが、最終的な死因はナニカで首を絞められたことによる窒息死と判断したようだ。こちらでの調査結果は以上となる。
さて、ここからは冒険者ギルドとしての質問だ。ソーヤ、左腕と両足の骨折はお前との戦闘で負ったものか?」
「いえ、違います。昨日も話しましたが、僕は離れた位置から焚かれた麻痺薬で身体の自由を奪われていたので、カルラとの戦闘はありませんでした。
それに僕が覚えている限りだと、気を失う直前の記憶ですが、カルラの左腕も両足も折れていなかったと思います」
「そうか……だとすると、やはりお前が気を失った後にカルラは何者かに襲われたということになるな」
「はい、はーい、質問」
先程のマリーを真似てか、フィクスさんが勢いよく手を上げる。
「左腕と両足が折れていたって言っていたけれど、それはどんな風に折られたとかわからないのかい? 『魔物につけられたような傷じゃない』って、さっき言ったよね? ならそれは人為的なものだと判断するような形跡があったってことだよね?」
「……たしかに」
マリーがピンと立てた人差し指を顎にあてて頷き、「どーなんですか? ギルマス」と答えを迫った。
「ちっ、だからお前は嫌なんだ。変なところに感が鋭い」
ゴルダさんはぼやくように呟き、
「まぁ、待て。まずはソーヤへの聞き取りが終わった後だ」
何故か答えることを後回しにしたようだ。
「単刀直入に聞くぞ。ソーヤ、お前はカルラを殺したか?」
「いいえ、僕はカルラを殺していません」
「ギルマス!?」
マリーがゴルダさんを睨み声を荒げるが、
「わかってるから騒ぐな。形式上、聞いただけだ。
俺だって、ソーヤを信じていないわけじゃないし、もしソーヤがカルラを殺していたとしても、コルラの時と同じく正当防衛が適応されるから罪には問わない。
それを踏まえてもう一度聞くぞ。ソーヤ、カルラを殺ったのはお前か?」
「違います。僕じゃない」
数秒、ゴルダさんは僕の目を見つめ、
「わかった。お前じゃない。冒険者ギルドはカルラを殺したのはソーヤ・オリガミじゃないと判断する」
どうやら信じてもらえたようで、自然と強張っていた手から力が抜けていくのがわかった。
「まぁ、俺もお前が嘘をつくわけはないと思っていたけどな」
苦笑交じりに告げてくるゴルダさんに、
「なら、わざわざこんな風に聞く必要ないじゃないですか! まったくとうとう頭がボケたのかと思いましたよ」
辛辣な言葉をぶつけるマリー。
「うるせぇなぁ。俺だってこんなことしたくねーよ。
ただ、一応冒険者ギルドのマスターとしても、国に対して証言する身としても、きちんと言葉にしなくちゃいけねーことはあるんだ。お前も冒険者ギルドの職員として、覚えておけ」
珍しく真面目な顔をして言葉をかけるゴルダさんに、さすがのマリーも、
「わかりました。すみません、ギルマス」
と頭を下げた。
「ふんっ、いつもそんな殊勝な態度ならいーんだがな」
照れ隠しなのか、余計な一言を言うものだから、
「いつもそんな真面目なギルマスなら、わたし達も嬉しいのですが」
マリーの反撃を食らうことになった。
フィクスさんはというと、ゴルダさんとマリーの会話に入ることもなく、何かを考え込むように俯き気味で黙っている。
かと思えば、ふいに顔を上げてその視線を僕に向けてきた。
「なら、ソーヤ君。君に誰か、相手の心当たりはないのかい?」
「心当たり、ですか?」
「ああ、こいつがまだ何を隠しているのかはわからないが、カルラという冒険者を殺してソーヤ君を殺さなかったということは、少なくても何かしらの理由があるはずだ。それに、ソーヤ君は気絶する前に腕と足を折られていたんだろ?
それが目を覚ました時には治っていた。ということは、その相手はわざわざ君に高価な回復薬を飲ませてくれたわけだ。しかも、まるでソーヤ君がやられた復讐をするかのごとく、カルラの腕と足は折られて殺されていた。
つまりカルラを殺した相手は、ソーヤ君のことを憎からず思っている。というよりも、ソーヤ君のことを大事に思っている、ということじゃないのかい? そんな相手は思い浮かばないのかな?」




